“宇宙牛プロジェクト”で一石三鳥って?

“宇宙牛プロジェクト”で一石三鳥って?
和牛の飼育頭数で全国一の鹿児島県でいま、“宇宙牛プロジェクト”が進められていると聞きました。
「宇宙」と「牛」っていったいどんなつながりが?
しかも、このプロジェクト、「一石三鳥」というんです。
(鹿児島局記者 猪俣康太郎)

衛星から電波を牛が受信!?

「“宇宙牛”に会うことができます」

鹿児島大学農学部の後藤貴文教授から、こう言われた私は県東部の志布志市にある牧場に向かいました。
牧場に着いて放牧された牛をみるとのんびり草を食べているだけに見えましたが、その首に、スマートフォンより少し小さな装置がつけられていることに気づきました。
この装置、実は去年、種子島から打ち上げられたH2Aロケットに搭載されていた「みちびき」などの人工衛星から、電波を受信しているというのです。
受信した電波で牛の位置を測定。

畜産農家のスマートフォンには、現在の牛の正確な位置が、随時、送られてくる仕組みです。
鹿児島大学 後藤教授
「放牧地の牛のこの1時間以内の動きを示しています。
“宇宙牛プロジェクト”とも言っているんです」

“宇宙牛プロジェクト”のねらいは

“宇宙牛プロジェクト”のねらいは何か。

プロジェクトに参加している志布志市の農業法人を訪ねました。

この農業法人では3年前から農家の高齢化で増え続ける耕作放棄地を有効に活用しようと、肉牛の放牧を行っています。
放牧している耕作放棄地はおよそ40か所に増えましたが、ひとつひとつの面積は狭くしかも分散しているため、毎日見て回るのは一苦労でした。
農業法人さかうえ 世良田 農場長
「本当だったら北海道みたいに何十ヘクタールとか、大きい牧場で飼育したいんですけど、中山間地は本当に畑が狭いので大変です」

離れた場所から効率よく

そこで始まったのが“宇宙牛プロジェクト”です。

鹿児島大学と慶應義塾大学、北海道大学のほか、大手広告代理店やJAXA=宇宙航空研究開発機構なども協力しています。

代表を務める鹿児島大学の後藤教授は、人工衛星などを使って離れた場所から効率よく牛を管理できる技術の確立を目指しています。

衛星で監視できるのは牛の位置情報だけではありません。

牛の首についた装置には、体の傾きを感知する機能も付いていて、牛にケガなどの異常が起きたときも把握できるといいます。

さらに衛星からは放牧地の画像を撮影。
画像を比較することで、牧草の生え具合を確認し、エサ不足になっていないかチェックすることもできます。

ただ、もし牧草地の草が足りなくなっても心配はいりません。

後藤教授のチームは、離れた場所から自動的にエサを与えることができる装置も開発しました。
音が鳴ると集まって来るようにしつけた牛にエサをすべて自動で与えることができその様子もカメラで撮影しスマホで確認できます。
現在、志布志市の農業法人から放牧地1か所を借りて、5頭の牛を対象に実証実験を行っています。

牛の首に付ける装置の値段は2万円程度ですが、全自動でエサを与えることができる装置は後藤教授が企業に特別に発注して作ってもらったために1台700万円以上します。

実証実験の中でも装置のコストを抑えるための検討を進めることにしていますが今後、プロジェクトが広がり装置が普及していけば価格は抑えることができると考えています。
鹿児島大学 後藤教授
「牛を飼っていると毎日、牛から離れられないんです。
これからの持続的な生活様式にあったような生活ができる農家さんをつくりたいなと思っています」

一石三鳥の効果が期待

“宇宙牛プロジェクト”が進むと次の3つの効果が期待できるといいます。
1.「人手不足の解消」
2.「耕作放棄地の活用」
3.「飼料の削減」
牧草や雑草などを主なエサにすることで、ウクライナ情勢や円安で高騰している輸入飼料を減らすことができます。

また放牧で牛が自由に歩き回るため、肉も赤身が多く、本来の味わいや香りが強くなるといいます。

“宇宙牛プロジェクト”もまだ始まったばかりでコストをどう抑えていくのかなど課題はありますが後藤教授はプロジェクトを進めていくことで新たな畜産のあり方を提示できるのではないかと考えています。
鹿児島大学 後藤教授
「衛星からの情報であったりIoTであったり、そういう技術できめ細かい飼養ができるんじゃないかと考えています。
どのくらいの広さの草を与えながら、どのくらい補助飼料をあげればビジネスとして成り立つような肉量と肉質がとれるのか、そのデータをとっていきたいと思います」

1次産業で進むデジタル変革

牛は草を食べるだけでタンパク質を作ることができる存在です。

世界の人口が増え続ける中、輸入飼料に頼らずに畜産を行っていくためには、放牧の有用性について考えていくことは重要だと感じました。

そして、1次産業とデジタルとはあまり関係がないと思っていましたが、取材を進めていくと、実は活用できる部分もたくさんあることに気づきました。

鹿児島県をはじめ国内の1次産業は、人手不足や高齢化などの問題に加えて、急速な円安や燃料価格の高騰などいま、めまぐるしく変わる国際情勢の荒波にさらされています。

新たな技術の活用が、こうした問題の解決につながっていくのか、取材を続けていきたいと思います。
鹿児島局記者
猪俣 康太郎
平成16年入局
前橋局・函館局、ニュース7などを経て現所属
現在は遊軍キャップで経済などを取材