安倍元首相銃撃から1週間 容疑者の人物像は 警備の問題点は

安倍元総理大臣が銃撃されて死亡した事件から15日で1週間がたちました。
なぜ、このような未曽有の事件が起きたのか。
警察は襲撃を防ぐことができなかったのか。容疑者の人物像は?
これまでわかってきたことをまとめました。

献花台には朝から多くの人

奈良市の大和西大寺駅近くの現場周辺に設けられた献花台には、事件から1週間となる15日も、朝から多くの人が訪れました。
時間とともに献花に訪れる人の列が長くなり、午前11時半の時点では100メートル以上にわたって続きました。

また大阪 岸和田市から訪れたという80代の男性は、「事件から1週間がたち、やっと来ることができました。この間、事件のことを考えていましたが、事件を機に、今後の日本の在り方を一人ひとりが考えなければいけないと思っています」と話していました。

奈良県警察本部長ら 事件現場訪れる

15日の午前5時すぎ、奈良県警察本部のトップ鬼塚友章本部長と、捜査を指揮している山村和久捜査一課長が、奈良市の大和西大寺駅近くの事件現場を訪れました。
鬼塚本部長は献花台に花を手向けたあと、安倍元総理大臣が襲撃された現場周辺を20分ほど見て回っていました。

鬼塚本部長は、銃撃地点からおよそ90メートル離れた立体駐車場の壁に見つかった銃の弾が当たったような跡を山村一課長の説明を受けながら確認したあと、献花台で再び手を合わせていました。

自民党本部でも多くの人が献花

東京 永田町の自民党本部の敷地内に設けられた献花台と記帳台には、朝から多くの人が訪れ、花を手向けました。

60代の会社員の男性は、「総理大臣がコロコロ代わる中、安倍さんにはしっかりやっていただいた。安らかにお休みくださいという思いです」と話していました。

安倍元首相亡くなるまでの経緯 医師明かす

安倍元総理大臣の治療にあたった医師がNHKの取材に応じ、安倍元総理が亡くなるまでの治療の経過について、「心肺停止という厳しい状況が続いたが、家族が病院に到着するまで治療は続ける方針だった。家族の理解を得たうえで治療の中止を決めた」と明らかにしました。
今月8日、奈良市で演説中に銃で撃たれた安倍元総理大臣は、ドクターヘリで現場から20キロ余り離れた奈良県立医科大学附属病院に搬送され、緊急手術を受けました。

この手術を担当した福島英賢教授は、まず、受け入れの要請があったときの状況について、「銃創による心肺停止という情報でかなり厳しい状況だと思ったが蘇生処置をしなければならないと準備を始めた」と振り返りました。
そして、医療スタッフや輸血のための血液をできるだけ多く集められるようすぐに手配に取りかかったということです。
手術では、止血のために胸を開いて出血している部分を特定し、ふさぐ処置を行ったとしたうえで、「銃創は、おなかを打撲しておこるけがなどとは異なり、出血部分がかなり大きく胸には大きい血管も多いので難しい処置になった」と振り返りました。
手術では大きな血管からの出血には対処できたものの、心拍は最後まで回復しなかったということです。

そのうえで、安倍元総理が亡くなるまでの経過について、「蘇生処置に反応せず、治療を続けても回復の見込みがないと思われる場合、どこかの時点で治療を中止する決断をしなければならない。一般的には蘇生の限界点が来ているという医学的な判断をしたうえで、家族の理解を得て治療を中止する。今回は、病院に家族が来ると聞いていたので、そこまでは治療を続けようという方針だった。家族が到着し、私から説明をして理解していただいたうえで、中止の決定をした」として、受け入れから4時間半余りがたった午後5時3分に治療の中止を決めたと説明しました。
【輸血量は約13リットル 成人男性の全血液の3人分ほど】

今回の手術には、最終的に20人余りの医師を含む総勢41人の医療スタッフであたり、輸血された血液の量はおよそ13リットルと成人男性の全身の血液の3人分ほどの量が使われたということです。

福島教授は事件を振り返り、現場近くの駐車場の壁などに銃弾が当たったような痕跡が見つかったことをあげて、「今回の事件は複数のけが人が出ていた可能性もあり、そうした場合にどのような医療態勢を構築できるのか、十分な検討は進んでいない。今回の事件をきっかけに考えていく必要がある」と指摘しました。

そして、インタビューの最後には、今回の事件が国民に与えた影響について触れ、「非常に残念な結果になり、治療に携わった私たちも含め、心に傷を負った人は全国にたくさんいるのではないかと思う。だが立ち止まるわけにはいかないので、今後も、とにかく前を向いてやっていかなければいけないと思っている」と話していました。

警察庁の検証チーム 現場を視察

事件を防げなかった当時の警備。
問題点を検証するために、14日から奈良県に派遣されている警察庁の検証チームのメンバーが、奈良市の大和西大寺駅近くの事件現場を訪れました。

検証チームは山上容疑者が銃撃前にいた辺りに集まって、安倍元総理大臣が演説していた場所の位置関係などを手元の資料を見ながら確認していました。
そのあと、メンバー3人が発砲地点からおよそ90メートル離れた、銃の弾が当たったようなあとが見つかった立体駐車場の壁のまわりなどを見て回りました。
そして、一帯をふかんできる駅の立体通路から事件現場を見渡していました。

【詳細】事件当時の警備体制

今回の事件。
警備にあたっていた警察官が、元総理大臣の真後ろを台車を押して横切る男性に気を取られ、斜め後ろから近づく容疑者に気付かなかったことが、警察当局への取材で分かりました。
事件当時の警備の状況です。

1.態勢は

投票を2日後に控え、参議院選挙の候補者の応援演説に駆けつけた安倍元総理大臣。
奈良市の大和西大寺駅前の交差点に候補者などとともに立っていました。
この場所はガードレールに囲まれていて、中では警視庁のSP1人を含む4人の警察官が警備にあたっていました。
このうちSPは、元総理大臣を見ながら、前方の多くの聴衆を警戒。
また、2人の警察官が、元総理大臣の目線と同じ方向にいる聴衆を警戒していました。
そばにいた4人のうち、3人が会場前方を中心に警備し、残る1人の警察官が、主に元総理大臣の後方の警戒を担当していたことになります。

2.容疑者接近 その時

午前11時半ごろ、安倍元総理大臣が演説を開始。
まもなく、斜め後ろの歩道上に立っていた山上容疑者が車道に出て歩き出しました。
この時、別の動きがありました。
元総理大臣の真後ろを1人の男性が、台車を押して横切る様子が確認されたのです。
後方を担当していた警察官はこの男性に気を取られ、目で追っていたといいます。
一方、山上容疑者が当初、立っていた歩道には別の警察官が警備にあたっていました。
ただ、会場全体を見渡すように警戒していたため、容疑者が車道に出て歩き出したことに気付いていませんでした。
さらに、警察官はいずれも、ガードレールの内側にいて、外側の車道には配置されていませんでした。
こうして、不審な動きに誰も気付くことがないまま、山上容疑者は徐々に接近。
元総理大臣からおよそ7メートルの距離で、1回目の発射をしました。

3.発射後の対応も

1回目の発射のあと、SPなどが防護板を出して元総理大臣を守ろうとしました。
ただSPは、元総理大臣とやや距離を置いて立っていたことから、元総理大臣に覆いかぶさったり、低い姿勢を取らせたりする対応はとれませんでした。
そのおよそ2秒後。
山上容疑者はさらに2メートルほど距離を詰め、2回目の発射をしました。
前方や後方の警戒を担当する警察官たちが容疑者を取り押さえましたが、警察当局によりますと、2回目の発射が元総理大臣の致命傷となったとみられるということです。
また通常、要人の警備では、襲撃の際に避難できるよう車を近くに待機させますが、今回は離れた場所にとめていて、備えが十分でなかったということです。
今回の警備の問題点として浮かび上がった後方の警戒と1回目の発射後の対応。
同じ事態を繰り返さないための検証が求められています。

警察庁の元警備局長「問題を洗いざらい検証して」

警察庁の警備局長を歴任するなど、およそ20年にわたって警備部門に携わってきた高橋清孝元警視総監は、「取り返しのつかない事態が発生してしまい、残念でじくじたる思いだ。要人の命や身辺を守るという任務が全く果たせず、完全な失敗であり、いろんな問題点があった」と述べました。
1. まず、問題点として演説が行われた場所の選定を挙げました。
高橋元警視総監は「非常に違和感を感じた。現場は、360度、周囲にさらされているうえに、演説台の真後ろに道路がある。車で乗り付けて襲撃される危険性がある」と述べ、後方に板を設置するなどして、警戒の範囲を狭める工夫が必要だったと指摘しています。
そのうえで、「事件をきっかけに、今後、全国各地で街頭演説をする際、本当に安全かどうか総点検すべきだ。警察だけでなく、政治家、政党支部を含めてお互い合意をしながら見直すことが必要だ」と述べ、警察庁が、各都道府県の警察に一定の基準を示すべきだという考えを示しました。

2. 次に、警察官の配置についても問題があったとしました。
容疑者は、安倍元総理大臣の斜め後ろから車道上を歩いて近づいていて、「映像を見る限りでは、後方を警戒している警察官の数が少ない。隙だらけだったのではないか。元総理が演説していたガードレールの内側だけでなく外側・車道側にも警察官が立っていれば、ガードレールを越えることなくすぐに駆けつけることができ、そういう位置取り、態勢が必要だった」と指摘しています。
3. 警察官の対応についても問題点を指摘しています。
高橋元警視総監は、「容疑者が歩道から車道に出た段階で完全に不審者であり、制止しなければダメだ。それができなかったのが一番の課題だ」としています。
そして、容疑者が1回目の発射をした直後の動きについては、「SPは警護対象者を命を張って守る役割があり、いちばん近くにいなければならないが、直近に姿がなかった。もしいれば、元総理に伏せてもらうなどの行動がとれたと思う」と述べ、対応を検証すべきだという考えを示しました。

4. 浮かび上がる数々の課題。
一方、安保闘争や学生運動が激しかった時代と異なり、警察による警備のあり方も柔軟な対応が必要だとしています。
高橋元警視総監は、「デモの件数は減るなどしているが、逆にテロや、今回の事件の容疑者のように、見えない敵から重要な人物や施設を守るという時代になり、警備の手法が変わり、難しい時代に入っている。問題点を洗いざらい検証し、必要なことを形にして現場がしっかりと業務を進められるようにしてほしい」としています。

山上徹也容疑者とは

【5人家族】
山上徹也容疑者は、両親と兄、妹の5人家族で、実家は建設会社を営んでいました。
しかし、伯父によりますと、1984年、4歳の時に父親が亡くなりました。
容疑者の兄もいまから8年ほど前に亡くなったということです。

【中学卒業(1996年)】
奈良市内の小中学校に通い、中学校ではバスケットボール部に所属していました。
中学校の同級生で同じバスケットボール部に所属していたという男性は、「何でもそつなくこなすタイプで勉強でも部活でも上位に入っていたと思います。口数は少なく、騒ぐようなタイプではなかったが、輪からはずれることはなく孤立することもありませんでした」と話していました。

【高校卒業(1999年)】
卒業後は県内有数の進学校の高校に進学し応援団に所属していました。
高校の同級生は、「クラス内ではおとなしくて目立たない、優等生タイプで、学校内でのトラブルなどもありませんでした。1年生のときから学校の応援団に所属していて運動部の大会などでは、応援に来ていました。教室での物静かな様子とのギャップに驚いた記憶があります」と話していました。

【専門学校を中退し海上自衛隊へ(1999~2002年)】
伯父によりますと高校卒業後、大学には進学せず、公務員を目指す専門学校に入学します。消防の採用試験を受けましたが、不合格になり、その後、海上自衛隊に入隊しました。
防衛省関係者によりますと、容疑者は2002年8月から2005年8月までの3年間、海上自衛隊に勤務していたということです。

【母親が破産(2002年)】
一方、海上自衛隊に入った2002年には、母親が破産しています。
伯父によりますと、母親は1991年に宗教団体に入信し、死亡した父親の生命保険金や自宅の不動産の売却によって、総額で1億円に上る献金をしていたということです。

一方、宗教団体は、母親から献金された正確な年月日、金額にはいまだにたどりついていないとしたうえで、「2009年に信徒代表との間で正式な合意が交わされ、2014年までのおよそ10年間にわたり毎月30万円から40万円の返金を続け、総計5000万円が返金された。その返金された5000万円について、母親から当法人に、さらに献金していただいた事実はありません」などとコメントしています。

容疑者は海上自衛隊に在籍していた2005年、自殺未遂をしました。
自殺未遂の理由について当時、「宗教団体によって人生がめちゃくちゃになった。きょうだいが人生に困っているから自分の生命保険金を渡そうと思った」と、海上自衛隊に説明していたということです。
容疑者は逮捕後の調べに、「家庭生活がめちゃくちゃになった」という趣旨の供述をしていて、宗教団体と安倍元総理大臣が近しい関係にあると思い込んで事件を起こしたとみられています。

【派遣など(2014年)】
その後、親族の関係者がおよそ8年前に会ったとき、容疑者は「派遣会社で働いている」と話していたということです。

【派遣会社(2020年)】
おととし10月からは、京都府内の工場で派遣社員としてフォークリフトで製品などの積み降ろしの作業にあたっていました。
派遣会社に提出した履歴書には、これまでの職歴として、アルバイトや派遣の仕事を転々としていた経歴が記されていました。
資格として測量に関係する資格や、宅地や建物の取引ができる資格、それに、家計に関する金融や税制の資格などを取得していたと記されていたということです。

派遣先の京都府内の工場の関係者によりますと、最初の半年間は勤務態度に問題はなく、好印象を抱いていたということです。
しかし、その後は、作業を手順通りに行わなかったり製品を雑に扱ったりするケースが目立ち、ことし1月ごろにはトラックの運転手と言い争いになったほか、3月末ごろには同僚に強い口調で反論するなど周囲との衝突を繰り返しました。

そして、4月初旬から欠勤が増え始め、4月下旬には「体調不良で退職したい」と会社に申告し、5月中旬に退職したということです。
工場の関係者は「容疑者は会社の中で親しい間柄だった人はいなかったようです。事件の話を聞いたときはとても驚きました。暴力で物事を解決することはあってはいけないことだと思います」と話していました。

容疑者の弁護士「擁護するだけです」

15日の午後4時前、山上徹也容疑者(41)が勾留されている奈良西警察署を国選の弁護士が訪れ、容疑者と面会しました。

その後、報道陣の取材に応じた弁護士は、「職務を全うするために言えることはないが、コミュニケーションはしっかりとれている」としたうえで、「弁護人として被疑者・被告人の利益を最大限、擁護するだけです」と述べました。
山上容疑者の体調については、「特に何が悪いと言うことはない」と話しました。

容疑者の心理 精神科医が分析

犯罪心理に詳しい精神科医の片田珠美さんは容疑者について、「過酷な人生を送った結果、『普通の人には許されないことでも、自分には許される』というゆがんだ特権意識が生まれ、事件につながったのではないか」と指摘しています。

片田さんがこれまでに報道されている内容を分析したところ、「中学や高校時代は非常に優秀だったという証言もあるが、卒業後は人生がうまくいかず、この20年間、安定した職に就くことができていなかったとされている。『頑張っても報われない』といった不満が積もる中、母親がのめり込み多額の献金をしていた宗教団体に恨みを募らせたが、代表者に接近することが難しかったため、その矛先を別の対象に向ける『置き換え』という心理が働いたと考えられる」と述べました。

そして、「報道を見るかぎり容疑者は過酷な人生を送ってきたため、『自分はこれだけつらい思いをして不公正に不利益を被ったのだから、普通の人には許されないようなことでも自分にだけは許される』というゆがんだ特権意識が生まれ、事件につながったのではないか」と指摘しました。

また、近年発生している無差別殺傷事件との関連については、「今回は形は異なっているものの容疑者が強い欲求不満を抱きつつ孤立し、絶望感、無力感、復しゅう願望を抱いていた点で共通している」と述べました。

そのうえで片田さんは、「現代は地域や家庭のコミュニティーも崩壊しつつあり、困ったときに誰にも助けてもらえないような状況が目立っている。容疑者も孤立しうっ屈していた可能性が高いが相談できる相手がいないと他人の意見や考え方、感じ方を聞く機会がないため視野狭さくに陥りやすく、復しゅう願望に凝り固まってしまったのではないか。われわれもひと事と思わず、できるだけ声をかけていく、見守りをする、相談窓口を紹介するなどといった対応が必要だと思う」と指摘しました。

小説家 真山仁さん「事件の背景 冷静に見る必要ある」

元新聞記者で社会派の作品を多く手がけてきた小説家の真山仁さんは、「銃社会ではない日本で、総理経験者が事件に遭うというのは、最初はなかなか事実を受け入れられなかったが、一方で、いつかこうしたことが起きるのではという社会のムードもあった。特に若い世代の人たちが息苦しさを感じていたので、閉塞感や怒り、不満みたいなもののマグマが社会の底流にはずっとあった。社会を見ながらモノを書いている人間からすると、嫌なムードだというのはこの10年くらいずっと思っていたので、それが今ここで来たのかと感じた」と話しました。

一方で、「まだ、そんなに時間がたっていない中で、情報が膨大に出てきていて、そこに飛びつきすぎている印象がある。影響力のあった元総理大臣が銃撃されて亡くなるという衝撃は大きく、メディアも含めて多くの人が『なぜ』と知りたがるのは当然だが、少なくとも今、表出している情報に関して言うと、明らかに個人的な、ある意味逆恨みのような犯行としか思えない。ただ、もう少しうがった見方をすれば、そういう情報ばかり出ているということも少し気をつけないといけない」と述べ、事件の背景を冷静に見る必要があると指摘しました。

そして、1週間しかたっていない中で、事件の原因や背景を結論づけることは難しいとしたうえで、「今、たくさんの情報に振り回されるのではなく、どうすればこのような事件が二度と起きないようにできるのか、あるいは、この事件で私たちは時間をかけて、何を見ていかないといけないのか、自問自答したほうがいいと思う」と話していました。

精神医療の専門家「事件当時の映像視聴に注意を」

安倍元総理大臣が死亡した事件では、当時の映像や画像がテレビやSNSなどで数多く発信されていて、中には、画像の加工や見る際の注意喚起などの配慮がされていないものもあり、ネット上では「子どもが見てショックを受けている」など子どもへの影響を心配する声があがっています。
これについて、精神科医で目白大学保健医療学部の重村淳教授は、事件を報道することの意義は大きいとしたうえで、特に幼い子どもについては、当時の映像を繰り返し見ることで、強い不安や外出することへの恐怖感などを感じるリスクがあると指摘しています。

重村教授によりますと、こうした映像などが子どもの目に繰り返し触れないよう、テレビやスマートフォンなどを見る時は、なるべく大人が一緒にいるようにすることや、子どもたちが事件をどう感じているのかなどについて、話を聞いてあげることなどが対策として考えられるということです。

重村教授は、「よく知っている人が突然亡くなると、感情移入しやすいために衝撃がより大きくなる。特にSNSなどでは、意図せずに映像を目にしてしまう場合もあるので大人は注意してほしい。発信する側も映像の前に注意喚起する、音声を絞るといった工夫が求められる」と話していました。