心に寄り添う青年監督 コーチング重視で夏の甲子園を狙う

心に寄り添う青年監督 コーチング重視で夏の甲子園を狙う
球児憧れの夏の全国高校野球に出場できるのは49チームだけ。埼玉の強豪・浦和学院は森大監督(31)への世代交代をきっかけに、グラウンドに新たな風を吹き込みました。そこには10代の若者を引っ張る指導者に共通して必要と思われる要素がありました。

“強豪校の監督はプレッシャーが大きい”

就任から半年余りで迎えたことし春のセンバツ大会で、森監督はチームをいきなりベスト4に導きました。

そして7月8日に始まった夏の甲子園に向けた埼玉大会への手応えを聞くと、意外なことばが返ってきました。
森大監督
「負けたら終わりというプレッシャーが大きいですね。初戦までの1週間くらいは夜にまともに眠れなかったです。過労とストレスで目が充血して大変でした。初戦を勝ってようやく眠れるようになりました」

名刺には心理カウンセラー

去年9月に父親の森士前監督からバトンを引き継いだ森監督。2017年から2年間、野球部のコーチを務めながら、大学院で心理学を基礎から学びました。

監督就任1年目からその知識が早速、野球の指導に非常に役立っていると言います。

名刺には野球部監督とともに、心理カウンセラーであることを記しています。これには強いこだわりがあります。
森監督
「コーチになる前から子どもを指導したいという思いがありました。自分が指導するなら子どもの内面を知りたいと思って心理学に興味を持つようになりました。大学院で学んだことで指導の面で生かせていると感じる場面は多いです」

指導改革1 【独自の問診票で部員の心身両面を把握】

森監督はこれまで4つの指導改革に取り組んできました。

まず就任後に行ったのがすべての部員のパフォーマンスを最大限発揮できるようにするための環境整備。

チームにいる栄養士や理学療法士など専門家の意見を取り入れながら、現在の心や体の状態を書き込んでもらう問診票を作成しました。

質問は体重や体脂肪、栄養、睡眠、スポーツ心理、パフォーマンスの5つの分野で30項目におよびます。

回答の中でいちばん問題視したのが「睡眠時間が足りていない」と答えた部員が多いことでした。

そこで森監督は迷わず毎日行っていた朝練を原則廃止にしました。

練習量を減らすことでチームが弱くなることの不安よりも、成長期の体に悪影響を与えたくない気持ちが上回ったと言います。
森監督
「今の高校生の生活習慣を考えると、朝練というのが少し時代に合っていないと思って朝練をなくしました。栄養は足りていて練習量も多いのに、成長期にあたる高校生としては必要な成長ホルモンの分泌量が浦学の部員はちょっと低かったんですよ。監督になる前からその結果を知っていたので、睡眠の量や質がよくないのではないかと思っていました。うちは朝練を毎日やっていたので、朝パッて目覚めたときの『うわ、練習だ』っていう心理的なストレスが睡眠の質を下げているのではないかと考えました。朝練を原則止めたら、血液検査の数値が全然変わってきました。精神的なストレスもそうですけど、成長ホルモンが増えてきているんで、体がとにかくでかくなったんです」
また、野球用具メーカーが行った測定では胸筋や上腕筋といった8項目の総筋力の数値が向上。

去年12月とそれから3か月後のデータで部員全員の平均で5%以上増えました。

睡眠をしっかり取ることで身長が伸び、体重も増えて体が大きくなったとしています。

指導改革2 【自分自身のアンガー(怒り)はしっかり管理】

センバツで優勝したこともある父親の士さんの監督時代。強い野球部の象徴は、時に厳しい叱責もあった猛練習でした。

朝練は午前6時からスタート。そして全体練習終了後は午後11時近くまで自主練習が続くこともあったといいます。

引き締まったチームは「全員野球」のスローガンのもと、強い一体感がありました。

運動系や文化系を問わず、部活動の練習では、指導者が部員にさまざまな形でアンガー(怒り)の感情が湧き出し、それが体罰につながることがありました。

森監督は大学院で「アンガーマネジメント」を学び、指導者が覚えるアンガーについて、今の高校生がどのような反応を示すのか、またどうすれば指導者が適切に怒りをコントロールできるのかを考えました。
森監督
「昔の子たちは怒られ慣れてるからそれが当たり前、普通だったんですよ。別にそこに対して親も子どもも過度に反応することもありませんでした。今は暴力、体罰はダメですよって禁じられているわけです。子どもたちに脅迫的、暴力的な行為は指導の中で役に立たないわけです。暴力でコントロールするのは通用しないということで、指導者が理解して変容していかないといけない。自分たちはまだそういうころが残っていた時代でしたが、ここ10年で大きく変わってきていると思うんですよね」

指導改革3 【チームカラーを思い切って刷新】

森監督は試合の進め方にもメスを入れました。

浦和学院ではこれまで全員野球を念頭に、基本的につなぐバッティングが重視されていました。

それに変わって掲げたのが超攻撃型野球です。
ことし春のセンバツ大会で浦和学院とともにベスト4だった国学院久我山高校との練習試合では、大量20点を取りました。

チームの長所になりつつあるバッティングの指導にも心理学からのアプローチがあるといいます。
森 監督
「今の僕の方針はとにかく振り切れと。フルスイングです。それって実は自己肯定感に影響しているんです。『自分はできる』って思えない子が今は多いんです。それを僕は直してほしい。失敗を恐れずにフルスイングしてほしい。攻撃だけじゃなく、守備も走塁も。野球以外の生活すべてにおいて失敗を恐れずにやってほしいと。自己肯定感のない子たちが多いから、それを怒ってたたき上げていくんじゃなくて『もっとできるんだ』と。失敗したときに昔だったら『てめぇなんでできねーんだ!』ってなったところを今は失敗してもいいよと。『次、失敗しないように考えてやれよ』というふうに言っているんです」
選手の間にも失敗を恐れない意識は根付いてきました。

この春のセンバツ大会でホームランを打つなど活躍した3番の金田優太選手はその変化がふだんの練習から出ていると指摘します。
金田優太選手
「その場の結果を求めるのではなく、次につながるようなプレーができるというのがいちばん変わったところです。前はバットを短く持って反対方向に打つなど、確実性が求められるので、練習からいかに捉えていくかという方針でした。今はいいところも悪いところもあるんですけど、型にはまらず思い切ってできるっていうか。失敗を恐れずというか、新しい感覚だったり自分の考えがあったりしたら、すぐに実践できています。失敗したら、監督が『こうなっているからこう直したほうがいい』とか『こう変えたほうがいい』とかいう会話が増えました」

指導改革4 【スマートフォンも駆使して部員にしっかり向き合う】

森前監督の時代はスマートフォンの使用が禁止されていました。

それが今では監督と部員をつなぐ重要なツールになっています。

グラウンドだけではなく、SNSでも卒業後の進路から野球以外の悩みまで多岐にわたる話題について意見を交わしています。
森 監督
「僕が2年生を怒った日には、練習後に『ブーブーブー』ってLINEの通知音が鳴り止まなくて。一人一人謝ってくるんですよ。おもしろいですよ。一つ一つに返信はしないですよ。既読無視で。もちろん全部読んでますけど、部員たちがSNSを送ってアピールすることに意味があるんです」
八谷晟歩主将
「前監督に比べたら選手と監督の距離が少し近くなったというか。自分たちの意見も言いやすいし、それを監督がうまいこと採用してくれて、やりすぎない程度にうまいことやってくれているので自分たちもやりやすいです。監督だけが意見を述べるんじゃなくて、自分たちの意見を聞いてくれるのでそれがとてもいいかなと思います」

同じようにしてはダメ!

森親子による世代交代で浦和学院は大きな転換点を迎えているようです。

甲子園で名勝負を繰り広げた前監督は今のチームをどう見ているのでしょうか。
森士 前監督
「周りからはフルモデルチェンジしたような感じに見られていますが、しかたないというよりそれは望んでいたことなんですよ。僕がやっていたことと同じようにやっていちゃいけないんで。いろんな意味でカリスマ的な監督がいた環境から徐々にシフトしている。ティーチングからコーチングへの移行というんですかね」

変わるもの、変わらないものがある

チームのユニフォームは森監督が高校時代に着ていた時のデザインに戻しました。

そこには伝統を守る決意がありました。

また2人がそろって強調したのが、一人一人の部員を構うことの大切さ。1分1秒でも接しようとする意識を忘れないことでした。
森 監督
「今までの浦学野球を僕は好きなんですよ。厳しいし、理不尽なこともいっぱいあったけれど、それは大事なこと。今までの僕たちの生活の中では生きた部分だったんですね。いわゆる伝統です。でも前監督と同じ指導は無理なんですよ。人も違うし、親子といえど森大には森大の色があると思っていますし。大学院で心理学を学ばせてもらったものを生かしてこれからの指導をやりたいと思ったので。そうした中で野球部としてシンプルに取り組んでいくことになったのが自律です。学んできた規律をしっかり受け継いでいって、自分を律せるようになっていく力を身につけろと。それが根本的な今のわれわれの指導方針なんです」

負けたら終わりの夏の厳しい戦いを勝ち抜けるか

104回目となる夏の全国高校野球出場をかけた埼玉大会は147チームが参加。浦和学院が甲子園に出場するためには7回勝つことが求められます。

1つの負けも許されないトーナメント戦に森前監督は独特の言い回しでエールを送りました。
森 前監督
「夏だけは別の大会なんです。プレッシャーが違います。秋から春までは木刀で戦っている感じですが、夏は負けたら終わりの真剣での勝負ですよ。その中で同じように戦えるようにするため準備をするんです。だから夏に対する準備は変わるんですよね。現監督がどれだけわかっているかというと、私から言わせると不安なんで。普通でいったら勝てないんですよ。僕は選手にも現監督にもOBたちにも『勝ったら奇跡』って言っています。でもセンバツであの成績を残したので、できたら怖いものを知らないまま奇跡を起こして、夏やっぱり甲子園に行ってもらいたいというのはあります。怖いものを知らないまま終わっちゃったほうがいいですね」
夏は初めての戦いとなる森監督。

「夏の大会はほかの大会と雰囲気が違う」と指摘しながらも、決意を新たにしました。
森 監督
「初戦はガチガチに緊張したけれど、いい形で勝てて選手たちの緊張もいい意味でほぐれたと思います。ここからは失敗を恐れずに『超攻撃型野球』の自分たちのスタイルを確立できるかがカギになると思いますね」

【取材後記】部活動にも時間を効率的に使う意識必要

森監督はバックネット裏に設けられた2階建てのプレハブ小屋の2階にある監督室から練習の様子を見守ります。

練習中にグラウンドに出て動き回ることはほとんどなく、指示や指導はこの監督室の窓越しにマイクを使って行っています。

若い監督だけに動き回って常にコーチとともに手取り足取り指導にあたると思っていたので少し驚きました。
森監督
「前監督のときは監督がトップダウンですべてを決めていましたが、今は『分業制』を採用しているので、監督がすべてをやる必要がないんですよ。分業制のよさはいろんなスペシャリストがそれぞれのポジションで長所を生かせること。1人の指導者に固執しないっていうか。ピラミッド型組織ではなく、それぞれの指導者に役割を持たせる考え方でやっているんです」
また練習にメリハリをつけるために「バッティング20分」「課題練習30分」など具体的に取り組む時間を決めています。
森 監督
「今までだとノックをやって1人がミスして怒られると懲罰的に全員のノックが長引くことがありました。そうしたことをやめてこの時間まで20分って言われたら20分で終える。それは社会のニーズと同じなんですよ。例えば教員は残業時間の軽減するように言われていて、社会全体がそうですよね。朝から晩まで働いている人がすごいという時代から、何時間の中でどれだけ効率を上げられるかっていう選手、人のほうが必要になってきているんじゃないですか。そういうことなんです」
社会人野球時代には会社員として人事部での勤務経験があり、今の社会が求める人材のニーズも意識していると教えてくれました。
森 大(もり・だい)監督
浦和学院時代は背番号ふた桁の控え投手として、2年生と3年生の時に夏の甲子園に出場。その後早稲田大学に進み、社会人野球の三菱自動車倉敷オーシャンズでもプレーした。25歳で選手を引退し6年前に母校に戻った。コーチをしながら筑波大学大学院でスポーツバイオメカニクスを1年間、早稲田大学大学院で心理学を2年間学んだ。

森 士(もり・おさむ)前監督
上尾高校時代は甲子園出場なし。東洋大学卒業後、浦和学院の監督に就任。去年夏の甲子園を最後に勇退するまでに、春夏通算22回の出場。2013年のセンバツ大会で小島和哉投手(現ロッテ)を擁して初優勝を果たした。今は総合型地域スポーツクラブを運営するNPO法人の理事長としての中学生向けの「文武両道野球塾」を開催するなど、新たな挑戦を始めている。
ネットワーク報道部記者
鈴木彩里
2009年入局
スポーツニュース部を経て現部署へ。久しぶりの高校野球の取材で高校球児を母のような気持ちで見守りました。