NATOはどこへ行く~世界最大の軍事同盟とロシアの脅威~

NATOはどこへ行く~世界最大の軍事同盟とロシアの脅威~
東西冷戦時代に共産主義陣営に対抗するために、西側の欧米諸国が集団的自衛権と核抑止力を掲げて結集したNATO=北大西洋条約機構。冷戦終結後も30か国が加盟する世界最大の軍事同盟として存続しながら、統率が乱れた内情をフランスのマクロン大統領から「脳死状態」とやゆされたこともある。しかし、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻以来、にわかにその存在は脚光を浴びてきた。長年中立的な立場をとってきた北欧のフィンランドとスウェーデンも加盟を申請。さらにNATOはロシアに加え中国への警戒も強め、日本や韓国などとも関係を強化して、いまや地域を越えた「民主主義諸国の砦」の色彩も帯び始めている。一方でその拡大と強大化は、ロシアや中国の猛烈な反発を招いている。NATOは果たして「世界大戦を防ぐ防波堤」となるのか、それとも「世界の対立と分断の象徴」となるのか。「開戦」以来、NATOをさまざまな視点から取材してきた記者たちが、考えた。(NATO取材班)

目次
▼軍事侵攻と向き合うNATO
▼加盟に揺れる北欧2か国
▼台風の目、トルコ
▼日本に急接近するNATO

軍事侵攻と向き合うNATO

「ヨーロッパの安全保障にとって重大な瞬間だ」

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めた2月24日。

記者団の前に現れたNATOのストルテンベルグ事務総長はこわばった表情でこう語った。
ストルテンベルグ事務総長
「NATOは歴史上もっとも強力な同盟だ。われわれはすべての加盟国を、いかなる攻撃からも守る。NATO加盟国の領土をすみずみまで守る」
事務総長はその後も、記者会見のたびにこのことばを繰り返した。

事務総長の念頭にあるのはもちろん、加盟国が攻撃を受けた際に各国が集団的自衛権を行使すると定めた、北大西洋条約第5条だ。そしてメッセージを送る相手は、目の前にいる記者たちではなく、ロシアのプーチン大統領であることは疑う余地がなかった。

ウクライナに侵攻するロシアが、NATO加盟国のバルト3国やポーランドなどに指一本触れることも許さない、そのときはあらゆる手段で反撃するという、世界最大の軍事同盟の本質があらわにされた。
その一方で、NATOが発信し続けてきたもう1つのメッセージがある。

それは「攻撃の矛先が非加盟国のウクライナにとどまるかぎり、ロシアと直接衝突するつもりはない」というものだ。

ときあたかも、ロシアがウクライナ各地への攻撃を広げていた3月4日。NATO本部での記者会見で、1人のウクライナ人記者がすがるように質問したが、ストルテンベルク事務総長はすかさず突き放した。
記者
「なぜNATOはロシア軍機による攻撃を防ぐため、ウクライナ上空に飛行禁止区域を設定しないのか」

ストルテンベルグ事務総長
「飛行禁止区域を設定すれば、侵入してきたロシア軍機を撃墜することになり、ロシアとの直接の衝突につながりかねない。NATOにはこの戦争がウクライナの外に拡大するのを防ぐ責任がある」
「歴史上最強」の軍事力をもちながら、それはあくまで加盟国だけを守るもので、ロシアの矛先がウクライナにとどまるかぎりNATOは参戦しないという、冷徹な現実を示すものだった。
5月、ロシアの軍事侵攻による緊張の傍らで、NATOには思わぬ「追い風」が吹く。

長年、ソビエト、ロシアとの関係への配慮から軍事的な中立政策を保ってきた北欧のフィンランドとスウェーデンが、そろって加盟を申請したのだ。
NATO拡大に終始反発してきたロシアにとっては大いなる「誤算」、逆にNATOにとっては想定外の「効用」だった。

両国の大使が加盟申請の書類を携えブリュッセルの本部を訪れると、折しも新型コロナの感染から職務に復帰したばかりのストルテンベルグ事務総長は、満面の笑みを浮かべ「きょうは素晴らしい日だ」と歓迎した。
フィンランドとスウェーデンが加盟を果たせば、NATOはバルト海沿岸をぐるりと固め、同盟は一段と強化される。

加えてロシアがNATO拡大に反対するなかでの加盟申請は、NATOとしてロシアの圧力に屈しない姿勢をアピールするものだった。
6月、スペインで開かれた首脳会議で、NATOはさらに勢いづく。

冷戦終結後、NATOはヨーロッパ全域の協調を通じて平和を追求することを、標ぼうしてきた。

現に1997年には、ロシアと文書を交わし、互いを敵とみなさず強く安定したパートナーシップを発展させると確認した。
ところが今回の首脳会議で採択された新しい戦略概念では、従来の方針を大転換させ、ロシアを「最も重大で直接の脅威」と位置づけた。

さらに新しい戦略概念では、中国についても「NATOの安全保障や利益、価値観に挑戦する存在」として警戒対象とし、日本や韓国などアジア太平洋諸国との連携を強めていく姿勢を鮮明にした。

NATOはもはや地域を越えて「権威主義的な国々」と対じする「民主主義諸国の砦」へと、変貌しようとしている。

加盟に揺れる北欧2か国

ニーニスト大統領
「この事態を引き起こしたのはあなた自身だ。鏡を見ろと言いたい」
NATOへの加盟申請へと踏み切ったフィンランドのニーニスト大統領は、プーチン大統領をこう痛烈に批判した。

1300キロの国境をロシアと接するフィンランドは、第2次世界大戦で当時のソビエトによる侵攻を受け、多くの犠牲を出しながらもかろうじて独立を保った歴史がある。そうした教訓から冷戦中も軍事力は維持しながら、ソ連やロシアを刺激しないよう軍事的中立を宣言してきた。

そのフィンランドが一転して、NATO加盟へと大きくかじを切ったのだ。国防省の高官も「NATOに加盟すれば、有事の際にも各国が駆けつけてくれる」と期待をにじませた。

国民の間でも急速に加盟支持の声は高まり、近年の世論調査で20%前後だった加盟支持は、5月一気に70%を超えた。
一方、隣国のスウェーデンもフィンランドとともにNATOへの加盟申請をしたが、両国の間には微妙な温度差もあった。

19世紀のナポレオン戦争以降、「軍事的中立」を外交の基本方針として貫いてきたスウェーデン。冷戦後には国防費を大幅に削減し、核軍縮や世界各地の紛争の調停、人道外交をリードしてきた。

「軍事的な非同盟は、スウェーデンのアイデンティティーだ」

スウェーデンの専門家から聞いたことばだ。

NATOへの加盟によって軍事的中立を放棄することは、安全保障政策の大転換にとどまらず、長年にわたって培ってきた国のアイデンティティーを揺さぶられるに等しい。

実はアンデション首相自身も3月の時点では、「NATO加盟は地域の安定を崩す」と加盟に反対の立場を示していた。

ところがウクライナ情勢が悪化し、これまで安全保障面で協力してきたフィンランドが加盟へと踏み出すと、歩調を合わせる以外選択肢はなくなった。
NATO加盟国になれば、これまで以上にバルト海などでの合同演習が頻繁に行われ、軍事同盟の一員としての役割と責任は増していく。

アンデション首相は今後も核軍縮などに向けて行動していく決意を示したものの、軍事的中立を放棄したあと果たしてどこまで「国是」を守っていくことができるのか。スウェーデンはその「アイデンティティー」を問い直されることになりそうだ。

国民の間ではなお加盟に慎重な声が根強く、政府が加盟申請を決めたときストックホルムで取材したある大学生の女性は、こう憤りをあらわにしていた。

「こんな大切な問題を、なぜ政治家だけで決めるのか。EU加盟の時には国民投票があった。国民を巻き込んで議論するべきだったのに」

台風の目、トルコ

勢いに任せ北欧2か国の加盟へと動きだしたNATOに、公然と待ったをかけたのが、加盟国の中でもひときわ異彩を放つトルコだった。
エルドアン大統領
「北欧の国々はテロ組織のゲストハウスのようなものだ」
エルドアン大統領は記者団にこうすごんだ。

長年トルコが摘発を続けてきたクルド人の武装組織のメンバーたちを、両国が人道上の理由から国内にかくまっている以上、両国のNATO加盟には同意できないというのだ。NATOの「北欧拡大」は、思わぬ不協和音によって暗礁に乗り上げた。

1952年のNATOの第1次東方拡大で加盟を果たしたトルコ。

加盟国の中でも屈指の軍事大国として、70年にわたり対ソ連、対ロシアの「防波堤」の役割を担ってきた。

その一方で、欧米主導のNATOにあって、さまざまな場面でほかの加盟国とギクシャクした関係に陥ってきた。
10年以上にわたる隣国シリアの内戦をめぐっては、トルコは欧米とともに反政府勢力を支援したものの、欧米側がクルド人武装組織を支援したのに対し、トルコはこれを敵視し越境攻撃を行い、欧米との足並みを大きく乱した。

アメリカとは近年、武器の購入をめぐって折り合えず、ロシア製の防空ミサイルシステムの導入に踏み切ったことで、確執を深めた。

ヨーロッパとの間では、長年EU=ヨーロッパ連合への加盟を目指しながら、人権問題などを理由に交渉が進まず、国内では「イスラム教徒のわれわれは欧州の一員には迎えられない」という自嘲的な声も絶えない。

先頃ウクライナがあっさりとEUの加盟候補国として認められたのを、トルコは心中穏やかならぬ思いで見ていた。

NATOの中にあっても同調圧力をはねのけてきたエルドアン大統領。北欧2か国の加盟への「抵抗」は、ロシアを前に結束を示したいNATOの指導部を、大いに慌てさせた。

しかし、6月の首脳会議を前に、フィンランドとスウェーデンの首脳と顔をつきあわせ、テロ組織への具体的な対応を示した合意文書がまとまったことで、最終的には態度を軟化させた。
積もる思いはあっても、NATOの加盟国であることは、いまなおトルコにとって最大の「外交上のアイデンティティー」だ。

NATOの一翼を担いながら、ことあるごとに欧米主導に異を唱え存在感を示すトルコの動向は、この先もNATOの歩みに少なからぬ影響を及ぼすことになるだろう。

日本に急接近するNATO

ロシアとの対決姿勢に加え、中国への警戒感も打ち出したNATOは、もはや欧州から遠く離れた日本にも、無視できない存在になっている。
6月にスペインで開かれた首脳会議には、初めて日本の岸田総理大臣も参加。NATO側と具体的な協力内容を盛り込んだ新文書を取りまとめることを確認し、サイバーや海洋安全保障などの分野で協力を進展させる方針で一致した。

NATOと日本の軍事部門どうしの交流は、この数か月、加速してきた。

ことし5月、ベルギーで開かれたNATO軍事委員会主催の参謀総長会議には、自衛隊トップの山崎幸二統合幕僚長の姿があった。

加盟国でない日本の自衛隊トップが出席したのは初めてで、防衛省によるとNATO側からの要請で実現したという。

会議には、日本のほかにオーストラリア、ニュージーランド、韓国といった、NATOがアジア太平洋地域のパートナー=「AP4」と位置づける国々の軍のトップも招かれていた。

防衛省関係者の1人は、NATO側のねらいは中国に明確なメッセージを送ることだったと見ている。
防衛省関係者
「新型コロナの影響もあって実現しなかったが、実は参謀総長会議への統合幕僚長の参加は、数年前から打診されていた。NATOは、ウクライナ侵攻以前から、今後の安全保障の焦点は、中国が海洋進出の動きを強めるインド太平洋地域だという危機感を持っていた。自衛隊トップが参加すれば、中国に対するメッセージになると考えたのだろう」
ウクライナに侵攻したロシアと対じするNATOとしては、インド太平洋地域での中国の力による現状変更にも、警戒を強めている。

一方、日本としても、中国に加え、ロシア、北朝鮮と同時に向き合うには、NATOの協力は欠かせないという立場だ。双方の接近はある種の必然だったとも言える。
6月にはNATOのバウアー軍事委員長が日本を訪問。

山崎統合幕僚長は記者会見で「今やヨーロッパとインド太平洋の安全保障は不可分だ。日本とNATOの連携のさらなる強化は、世界の平和と安定に不可欠だ」と語気を強めた。

直接的な軍事支援を行うことができない日本としては、まずは共同訓練や高官どうしの交流を通じて結び付きを強め、それを対外的に発信していこうとしている。それが「力による現状変更」の試みへの抑止力になるという考えだ。

バウアー委員長の公式訪問のあと、海上自衛隊はNATO軍のほか、フランスやイギリス、スペインの海軍との共同訓練を、矢継ぎ早に実施・発表した。

7月上旬には、今度は吉田陸上幕僚長がイギリスとドイツを訪問、陸軍種のトップと会談して共同訓練の実施などを呼びかけ、さらに井筒航空幕僚長も7月中にNATO本部などを訪れるという。
防衛省関係者
「5月の参謀総長会議でも、NATOの要人から、中国による台湾侵攻の可能性に強い関心が示された。『ウクライナの次は台湾だ』と思われているのだろう。ロシアの行動を見た中国に『力による現状変更が可能だ』と誤解させるようなことは、あってはならない。日米同盟はもちろん、多国間の連携を深め、どうやって中国を思いとどまらせるかに腐心しなければならない。その意味で、NATOとの連携強化は極めて重要な意味を持つ」
かつてNATOがロシアとの融和を目指した時期に、5年にわたり事務総長を務めたラスムセン氏。
私たちの取材に対し、「プーチン大統領の領土的野心を過小評価していた」と悔恨した。そして「権威主義的な指導者を前に、われわれは強く結束し妥協しない姿勢を示すことで、過ちを繰り返してはならない」と語った。

ロシアによる軍事侵攻はNATOの拡大と強大化をもたらし、それがロシアと中国のさらなる反発を招けば、分断と対立はますます深まっていく。

その連鎖が世界に何をもたらすのか、いまは誰にもわからない。
ブリュッセル支局長
竹田恭子
2001年入局
国際部やヨーロッパ総局を経て2021年から現所属
NATOやEUを取材
ロンドン支局長
向井麻里
1998年入局
国際部やシドニー支局を経て2019年から現所属
イギリスや北欧の政治や社会問題を取材
イスタンブール支局長
佐野圭崇
2013年入局
山口局、国際部を経て2021年から現所属
トルコやウクライナ情勢を取材
社会部記者
南井遼太郎
2011年入局
横浜局、沖縄局を経て現所属
2020年から防衛省・自衛隊の取材を担当