最低賃金めぐる議論本格化 “物価高で生活費切り詰めるも…”

今年度の最低賃金の引き上げについて議論している厚生労働省の審議会は12日、本格的な議論に入りました。物価が高騰する中で最低賃金はどうなるのでしょうか?

最低賃金で働く非正規労働者は

「7時間なり8時間なり働いて普通に暮らせる生活って、一体どういうことなんでしょう…」

最低賃金と同じ時給。非正規で働く男性が漏らしたひと言です。

12日に始まった最低賃金の引き上げに関する本格的な議論を前に、今の生活について話を聞かせてくれました。
「普通に買い物をしていてもスーパーでお金が足りなくなってしまうんです。レシートをよく確認すると特にむだづかいしているわけではないと思うんですけれども、結局一つ一つのものが上がっていて、週末になると焦るっていうか…」

こう話すのは東京都に住む川邉隆さん(55)です。

物価が高騰すると生活費を切り詰めるため、最近は値段の安い店を探して食料を買いだめし、昼食は100円ショップのカップラーメンで済ませることも多いといいます。
川邉さんは妻と両親の4人暮らし。

以前は両親と製本関係の会社を営んでいました。

しかし、父親が体調を崩したことから10年前に廃業。いまは出版関係の会社でパートとして働き、週6日、午前中から夕方まで本の在庫管理などをしています。

時給は東京都の最低賃金と同じ1041円。

近年の出版不況などで勤務時間が減り、月の収入は手取りで14万円ほどです。

パートで働く妻の収入や両親の年金はありますが、それだけでは生活は厳しいといいます。

川邉さんは出版の仕事を夕方に終えたあと、埼玉県の工場でもダブルワーク。パートとして週に4日ほど午後10時ごろまで働いています。

2つのパートを合わせても月の収入は20万円余りで、預金は数万円。

老後のことも考えると体が動くかぎり働き続けるつもりだといいます。
川邉さん
「時給が低いので長時間労働をせざるをえず、年齢的なことも考えるとこれがいつまで続くか不安です。『8時間働いて普通に暮らせる生活』とは一体どういうことなのか…考えてしまいますね。非正規で働く労働者、時間給で働く人たちのことを考えて最低賃金をあげてほしいです」

原材料費もあがってて…

「きょうは大きなしいたけ。これはスーパーで。特売品を選んで買ってきています。ないときはアルバイトさんにも協力してもらって何店か回って買い集めます」

東京・新宿区の飲食店では、原材料費を抑えるため、ふだん利用する業者以外にもスーパーを回って仕入れているといいます。

1キロ当たり300円近く値上がりした魚もあり、野菜の高騰も続いているからです。

コスト削減の努力はしているものの、原材料費だけでも月に20万円から30万円ほど増えているということです。
この店ではアルバイトを18人雇っています。

現在の時給は、東京都の最低賃金より9円高い1050円からスタートし、働きに応じて金額が上がっていく仕組みです。

この店では最近の最低賃金の引き上げに合わせて3年間に時給を50円上げていて、今後も可能なかぎり金額は上昇させたいと考えていますが、不安もあるといいます。

その1つが新型コロナの影響でした。

コロナ禍で年間の売り上げは8割近く減少し、ことしに入って徐々に客足が戻ってきましたが、以前の水準には届かないといいます。

そこに原材料費の高騰が追い打ちをかけました。
取材に応じてくれた飲食店「和創作 空」の門倉和幸店長は悩ましげにこう話しました。

「食材以外に割り箸やおしぼりなども価格があがっています。従業員のことを考えると最低賃金の議論はとても重要だと認識していますが、経営を維持していく必要もあります。外食産業はコロナの影響を強く受け、物価高でコストもあがっているので、現場の声を少しでも反映した議論をしてもらえるとありがたいです」

日本商工会議所などがことし2月に会員企業を対象に行った調査では、現在の最低賃金の水準について「宿泊・飲食業」の91%が「大いに負担になっている」または「多少は負担になっている」と回答するなど、飲食店にとっては人件費が重荷になっていることを示すデータもあります。

最低賃金引き上げ 本格的な議論に突入

今年度の最低賃金の引き上げについて議論している厚生労働省の審議会は12日、労使双方が立場を表明し本格的な議論に入りました。

労働者側が物価の高騰を踏まえた水準を主張する一方、企業側は大幅な引き上げは難しいとしていて、今後は、引き上げ幅を焦点に議論が進む見通しです。
最低賃金は企業が労働者に最低限支払わなければならない賃金で、都道府県ごとに金額が決められ現在、全国平均は時給930円となっています。

今年度の引き上げに関する議論は先月から厚生労働省の審議会で始まり、12日都内で開かれた2回目の会議では労使双方が引き上げについての立場を表明しました。

労「物価高の観点が重要」 使「企業物価も上がっている」

労働者側は「経済が回復基調にある中で人への投資が必要だ。ことしは特に物価高騰の観点が重要だ」として物価の高騰を踏まえた引き上げを主張しました。

企業側は「経済の回復と言っても中小企業は、まだ厳しい。企業物価も上がっていて最低賃金の大幅な引き上げは事業の継続が難しくなるおそれもある」と慎重な議論を求めました。

12日の日銀の発表によると、企業の間で取り引きされるモノの価格を示す企業物価指数の先月(6月)の速報値は2020年の平均を100とした水準で113.8となり、5月に続いて過去最高となりました。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて原油などのエネルギー価格の上昇が続いていることが主な要因で前の年の同じ月と比べた上昇率も9.2%と高い水準が続いています。

去年は過去最大 引き上げ額が焦点

厚生労働省によりますと、今年度の議論では引き上げの必要性自体について双方に大きな意見の隔たりはないということです。

最低賃金の引き上げ額は昨年度、全国平均で28円と過去最大となりましたが、今年度は物価高騰の影響が広がる中、どの程度の引き上げとなるかが焦点となりそうです。

審議会では引き上げ額の目安を今月中に示す方向で議論が進められる見通しです。

キーワード:最低賃金とは

最低賃金は企業が従業員に支払わなければならない最低限の賃金で、時給で示されます。働く人の暮らしを安定させるために設定され、企業が守らなかった場合は、罰則が科せられます。金額は毎年、見直されることになっていて、厚生労働省の審議会で引き上げ額の目安が示されたあと、都道府県ごとに労使による協議が行われ、最終的な額が決定します。

最低賃金をめぐっては、1か月の収入が生活保護の受給額を下回るいわゆる「逆転現象」が問題となり、11年前に、生活保護の水準に配慮して最低賃金を決めるよう法律が改正されました。このあと、比較的高い水準で引き上げが行われるようになり、平成26年度には全国平均で時給780円になり初めてすべての都道府県で生活保護との逆転現象が解消されました。さらに、政府は平成28年に決定した「一億総活躍プラン」などで、将来的に全国の平均で1000円に達するよう、毎年、3%程度引き上げていくという目標を掲げています。(2018年8月更新)