安倍元首相銃撃 容疑者 “宗教団体の関連施設で試し撃ち”供述

安倍元総理大臣が奈良市で演説中に銃で撃たれて死亡した事件で、逮捕された容疑者が調べに対し「恨みがあった特定の宗教団体の関連施設で最近、銃の試し撃ちをした」という趣旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で分かりました。
一方、試し撃ちに関する通報などはこれまでに寄せられていないということで、警察当局は事実確認を進めるとともに、詳しいいきさつを調べています。

8日、奈良市で演説をしていた安倍元総理大臣が背後から銃で撃たれて死亡し、警察は奈良市に住む無職の山上徹也容疑者(41)を逮捕して殺人の疑いで捜査しています。

襲撃には手製の銃が使われたとみられていますが、山上容疑者が調べに対し「特定の宗教団体の関連施設で最近、銃の試し撃ちをした」という趣旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で分かりました。

この宗教団体について、容疑者は「団体に恨みがあり、安倍元総理が近しい関係にあると思ってねらった。もともとはこの宗教団体の幹部を殺害しようとしたが、できなかったので元総理を銃で撃つことにした」と供述していることが分かっています。

一方、試し撃ちに関する通報などはこれまでに寄せられていないということで、警察当局は事実確認を進めるとともに、詳しいいきさつを調べています。

容疑者の車から穴があいた板「試し撃ちのために使った」

また警察によりますと、9日、山上容疑者の車を押収して詳しく調べたところ、中から弾痕とみられる複数の穴があいた木の板と、アルミはくがまかれたトレーがそれぞれ数点、見つかったということです。

木の板は、縦横およそ1メートルのほぼ正方形で、山上容疑者は「木の板は試し撃ちのために、トレーは火薬を乾かすために使った」と説明しているということです。

これまでの調べに対し、鉄パイプを粘着テープで巻き付けた、複数の種類の銃を製造したという趣旨の供述をしているということで、警察は銃の殺傷能力を事前に確認していたとみていきさつを調べています。

容疑者が以前住んでいた住宅近くの人は

山上徹也容疑者が20年以上前に住んでいたとみられる奈良市内の住宅の近くに住む女性は「容疑者の祖父が長く住んでいたが、建設関係の自営業をしているという話で、当時としては立派な車に乗っていて、羽振りがいいように感じた。そこに容疑者の母親が小学校の低学年くらいの容疑者と妹の3人で引っ越してきて、住宅の隣の空き地できょうだいでしゃがんで遊んでいるのを見たことがある。25年ほど前に容疑者の祖父が亡くなって、間もないうちに家族でどこかに出て行ってしまったので、おじいさんの名義の家のはずなのにどうしてだろうと思った。このような事件が起きてびっくりしている」と話していました。

山上徹也容疑者が以前住んでいて、現在は母親が住んでいるとみられる奈良市内の住宅の近所に住む女性によりますと、山上容疑者は20年ほど前に母親と兄と妹とともに引っ越してきて、4人で暮らしていたということです。

その後、兄は亡くなり、この住宅には今は母親が1人で暮らしているということです。

女性は「母親は毎日、朝に家を出て夕方に帰ってくる様子を見る程度で、家族と交流のある人は近所ではほとんどいないと思います。引っ越してきたときから母親が特定の宗教に関わっているようだと、近所に住む人は知っていたと思います。容疑者は以前からほとんど見たことはありません」と話していました。

山上徹也容疑者が以前住んでいて現在は母親が住んでいるとみられる奈良市内の住宅を所有する男性は「母親と契約をして10数年くらい前から今の家を貸しているが全然連絡を取っていない。引っ越してきた時は家族もいたかもしれないが、今は母親が1人で住んでいると思う。トラブルはなかったが、かつて家賃を滞納し『出て行って下さい』と言ったら、すぐ支払いをしてその後、滞納しなくなった」と話していました。

山上徹也容疑者とは

容疑者の近所に住んでいた複数の住人や捜査関係者によりますと、山上徹也容疑者は、両親と兄、妹の5人家族で、実家は建設会社を営んでいました。しかし父親が亡くなり、その後、兄も亡くなったということです。

【1996年 中学校を卒業】
容疑者は奈良市内の小中学校に通い、中学校ではバスケットボール部に所属していました。中学校の同級生で同じバスケットボール部に所属していたという男性は「何でもそつなくこなすタイプで勉強でも部活でも上位に入っていたと思います。口数は少なく、騒ぐようなタイプではなかったが、輪からはずれることはなく孤立することもありませんでした」と話していました。

【1999年 高校を卒業】
中学校卒業後は県内有数の進学校の高校に進学し応援団に所属していました。高校の同級生は「クラス内ではおとなしくて目立たない、優等生タイプで、学校内でのトラブルなどもありませんでした。1年生のときから学校の応援団に所属していて運動部の大会などでは、応援に来ていました。教室での物静かな様子とのギャップに驚いた記憶があります」と話していました。

【2002年~2005年 海上自衛隊で勤務】
複数の防衛省関係者によりますと高校を卒業して3年後の2002年8月には、海上自衛隊に入り、2005年8月までの3年間、広島県呉地区の部隊で勤務していたということです。

【2002年 母親が破産】
海上自衛隊に入った2002年には、母親が破産しています。容疑者は逮捕後の調べに「母親が宗教団体にのめり込み、多額の寄付をするなどして家庭生活がめちゃくちゃになった」という趣旨の供述をしていて、宗教団体と安倍元総理大臣が近しい関係にあると思い込んで事件を起こしたとみられています。

【2020年~ 派遣社員として勤務 2022年5月中旬に退職】
その後、容疑者は、おととし10月から京都府内の工場で派遣社員としてフォークリフトで製品などの積み降ろしの作業にあたりました。会社の関係者によりますと、入社後の半年間は勤務態度に問題はなく、好印象を抱いていたということです。しかし、その後は、作業を手順通りに行わなかったり製品を雑に扱ったりするケースが目立ち、ことし1月ごろにはトラックの運転手と言い争いになったほか、3月末ごろには同僚に強い口調で反論するなど周囲との衝突を繰り返しました。

そして、4月初旬から欠勤が増え始め、4月下旬には「体調不良で退職したい」と会社に申告し、有給休暇を消化したあと、5月中旬に退職したということです。会社の関係者は「容疑者は会社の中で親しい間柄だった人はいなかったようです。事件の話を聞いたときはとても驚きました。暴力で物事を解決することはあってはいけないことだと思います」と話していました。

事件現場 献花台に大勢の人 列は一時1000人以上に

安倍元総理大臣が奈良市で銃で撃たれて死亡した事件の現場近くに設けられた献花台には、大勢の人が訪れ、午後4時の時点で1000人以上が列を作っていました。

献花するまでに待ち時間が40分ほどになる時間帯もあり、警備を担当している人は、熱中症対策として、小さな子どもがいる家族や障害のある人などを優先的に案内していました。

奈良県内に住む40代の女性は「突然のことでいてもたってもいられず、献花に来ました。まだこれから日本のために尽力してほしかったです」と話していました。

また、大阪から息子と訪れた40代の女性は「感謝の気持ちを伝えにお祈りに来ました。まだお若いのに事件が起きてしまい残念です」と話していました。