議論が怖いので多数決じゃダメですか?投票とくじ引き民主主義

議論が怖いので多数決じゃダメですか?投票とくじ引き民主主義
政治について自分の考えを主張し始めた途端、その場の“空気”が気まずくなった。

その人と私の考えは違っていた。

でも、たいした意見なんか持ってないし、“論破”されてもいやだし…

議論ってやっぱり、怖いものですよね?

(ネットワーク報道部 鈴木雄大 杉本宙矢 小倉真依)

多数決に逃げる?

6月下旬、大学教員のあるツイートが大きな反響を呼びました。
この1年ほどの間、教員が学生たちに「話し合って決めて」と言うと、学生たちは「じゃあ、LINEで投票しよう」と言って、議論を避けることが多いというのです。

これに対して「意見交換したところで持論は変わらないから時間の無駄」「考えることって大事なんだけど」「多数派に付くのが良しという文化」といったさまざまな声があがっていました。
ツイートした大石高典准教授(東京外国語大学)
議論の面白いところって、他の人と意見をすりあわせたり、違う見方を知ったりすることで、自分の世界を広げることができるところだと思うのですが、学生たちは議論しようとしないんです。多数派の意見がどれかを見て、そこに自分の意見をあわせるだけになってしまっているようにも感じます。

議論が怖い…

「その気持ち、わかります」

議論をしないで多数決をとることについて、同世代の若者はどう受けとめるのか聞いてみると、共感できると答える大学生がいました。

都内の大学に通う19歳のサヤさん(仮名)です。

どうしてそう思うのでしょうか?
サヤさん
自分の意見を言ったときに、そういう意見もあるんだと受けとめてくれたらいいですけど、「それって違くない?」って言われたら、自分自身を否定されたような気分になるので、それはできるだけ避けたいって思っちゃいます。怖くて自分の意見を言えない部分はありますね。
サヤさんには、自分の意見を主張しないほうがいいと思ったある出来事がありました。

大学の授業で、ある先輩が今の日本の政治について自分の考えを主張し始めたとき、周りの雰囲気が一瞬で気まずくなったというのです。
「家族にさえ、自分の意見や思想を伝えることはしないので、人と違う意見を持っていると周りに思われるのは怖いと思いました」
先輩と違う意見を持っていたサヤさんですが、相手のほうが知識が豊富で言い負かされてしまうと感じ、自分の意見を言って議論することはしませんでした。結局、「そういう考えもあるんですねー」と言って、その場は終わったといいます。

ほかの学生にも話を聞くと「相手がどんな意見を持っているのか知る機会すらなく、大多数の意見が“正解”なんじゃないかなって思っちゃうんです」といった声もありました。

「選挙に行こう」と言われても…

「政治について語りづらい雰囲気がある」というサヤさん。

6年前に選挙権が18歳に引き下げられ、サヤさんは高校3年生の時に初めて選挙に行きましたが、友だちのあいだで選挙が話題にのぼることはありませんでした。

また、当選したのはサヤさんが投票した人とは別の候補者で「自分の1票では何も変わらないのかな」と思ってしまったというサヤさん。去年の衆院選は、投票に行きませんでした。

サヤさんは大学で学ぶ中で、政治家は若者よりも数の多い高齢者向けの政策を打ち出しやすいという考えを知りました。今月10日の参院選の投票には行く予定でいます。
サヤさん
「正直、自分の1票に意味があるとはまだ思えないけれど、若者の投票率をあげることには貢献しないといけないですからね…」

投票が議論のきっかけに?

取材を進めると、意外な人たちが選挙の投票について自分たちの意見を表明していました。

声をあげていたのは若い世代に人気のある俳優やタレント、ミュージシャンなどいわゆる「芸能人」たちです。
ryuchellさん
「いろんな人がいても良いし反対意見があってもいい」

長澤まさみさん
「自分の人生を大切にするための一票が投票権だと思うんですよね」
それぞれの人が自分のことばで語り、投票を呼びかけていました。

しかし、政治的な発言がタブー視されやすく、SNSでバッシングを受けることもある芸能人。動画の出演に、ためらいはなかったのでしょうか。

制作したグループ「VOICE PROJECT」の発起人の1人に話を聞くと、こんな答えが返ってきました。
「VOICE PROJECT」の発起人 菅原直太さん
去年の衆院選で初めて動画を作った時は、どのような動画になるのか本人も事務所も想像できなくて、不安に感じている人もいたと思います。そんな中で、小栗旬さんが「やりましょう」と言ってくれて、そこから参加者が広がっていきました。
去年の衆院選で制作した第一弾の動画は、YouTubeでこれまで73万回再生され、大きな反響を呼びました。

どこかの政党を支持したり批判したりはせずに「みんな投票に行った方がよりよい未来になるんじゃない」というシンプルなメッセージを伝えています。

すると、芸能界の撮影現場にも動画のことが話題にのぼり、出演者からは今までより「政治」の話がしやすくなったという声が届き始めたといいます。
菅原直太さん
芸能人に限らず、意見を表明したら揚げ足とられたり、どっちが正しいとかどっちが間違っているとかではなくて、自分の意見をちゃんと言い合える世の中であってほしいなと思います。

そうは言っても、なぜ議論は「怖い」のか?

政治の話がしづらいと感じたり、議論が怖いと思ったりしてしまうのはなぜなのか?

政治学が専門の同志社大学、吉田徹教授にギモンをぶつけてみました。
吉田教授によると、今の日本社会でイメージされる“議論”は、確固たる意思や考えを持った人が意見を主張しあう場として見られがちだといいます。
吉田徹教授
“自分の考えを持っていない”と思ってしまう人にはものすごく苦痛で、心理的負荷が大きくかかってしまうんですね。それとは逆に、自分の意見こそが絶対だと思い込んで相手を「論破」したと見せようとする人もいます。

でも本当は人って完璧な存在ではないので、他の人と議論しながら意見をともに作っていくことができるのですが、今の日本では大人も含め、それが苦手ですよね。
なぜ、議論が苦手になってしまったのか。

その背景について、こう語っていました。
吉田徹教授
要因はさまざまありますが、政治というと永田町の一部の人たちが行っているという、縁遠いイメージがマスコミ報道などの影響でできあがっていること、また歴史的に見ると、かつて過激化した学生運動の影響もあって、家庭や教育の場から政治が遠ざけられ日常的に話し合う機会が失われたという経緯もあると思います。

ヒントはくじ引き、参加者はランダム!

どうすれば安心して議論する場を作ることができるのでしょうか?吉田教授はこんなことを教えてくれました。

「ヒントは“くじ引き”にあります」

く、くじ引き…?

いったい、どういうことなのか。

吉田教授によると、選挙で選ばれた議員ではなく、無作為に選ばれた市民が討議を行い、行政の意思決定や政策に反映させるという考え方を「くじ引き民主主義」と呼ぶそうです。

しかも、その取り組みはすでに日本の自治体でも行われているところがあるというのです。
そのうちの1つ、愛知県の岩倉市では5年前に「市民討議会」が初めて開かれました。

テーマは「学校給食センターの跡地をどう活用するか」。

参加者40人を集めるため、人口およそ4万8000人のうち、住民基本台帳から無作為に選ばれた18歳以上の市民2000人に討議会の案内状を送りました。

参加者には謝礼として5000円分のギフトカードが渡されるものの、議論は2回にわたって行われ、それぞれ丸1日かかる長丁場。

職員の中には「本当に参加者が集まるのか?」と不安はあったといいます。

ふたを開けてみると…。

40人の定員に対して、なんと想定を上回る80人が参加を希望しました。

追加で抽選を行って、年齢や性別に配慮した上で20代から80代までの参加者を決め、最終的に急な用事で欠席した人をのぞく35人が出席しました。

ある変化が

討議会当日。

市の職員や専門家から跡地の事情について説明を受けると、どのように活用できるのか、グループに分かれての議論が始まりました。
参加者に発言を促したり、話す時間が偏らないよう調整する「ファシリテーター」を立てて話し合いは進みます。

市の職員が驚いたのは、最初は戸惑い気味だった人もしだいに意見やアイデアを出すようになり、議論を重ねる中で参加者は当初の意見とは異なる主張へと変わっていったことでした。
そして、第2回では学校給食センターの跡地に「公園」や「遊歩道」などを整備したらどうかといった案のほか、「オークションでの公売」といったコスト削減案まで出されたということです。

この案を元に市の事業計画が練られ、議会や市民への説明を経たうえで、最終的に跡地は「公園」として整備されました。
参加者には、ある変化が起きていました。

討議会のあとに行ったアンケートでは、参加者の9割が「有意義」だったと回答しました。

「市政に関心が持てた」とか「他人の話を聞くことは大切だと実感した」といった声があがっていました。
岩倉市の担当者
市民が政策づくりに関わるよい例になったと思います。職員のほうも、市民が多様な意見を持って議論を深められるように情報発信をしていきたいと考えるようになりました。今後も継続して開催していきたいです。
「市民討議会推進ネットワーク」によると、こうした討議会は2005年以降、これまでに全国で推計600件ほど開かれているということです。

めんどくさいは、おもしろい

自分の意見を言って、相手から否定されることって、やっぱり怖い。

だからこそ議論には、違う意見を持つ相手への批判ではなく、互いの立場や意見の違いを理解しようとする姿勢が大切なのかもしれません。

学校や職場での議論、正直、めんどくさいって、思ってしまうこともあるけれど…。

意見を言い合うことで、新たなアイデアが生まれたり、自分の価値観が広がったり。

“めんどくさい”が、“おもしろい”に変わる瞬間がきっとあるはず。

いまは、そんなふうに思っています。

最後に…もっと知りたい!くじ引き民主主義

ここまでくじ引き民主主義の取り組みを見て「重要な決定を素人に委ねて大丈夫なの?」と不安や疑問を抱く人もいると思います。

くじ引き民主主義が正統性を持って機能するためには次のような条件があると、吉田教授は指摘しています。
1.討議する目的と反映のさせ方をあらかじめ明確にしている

2.抽出された市民の属性が社会の構成を反映している

3.事前に十分な情報提供がある

4.ファシリテーターなどを介して公正な討議が確保される

5.議論の透明性と参加者のプライバシーが保証される
吉田徹教授
選挙とは異なる正統性の根拠として、性別や年代、居住地や職業など選ばれる人の客観的属性が社会の構成に近いことが大事です。そして参加者の力を活かすには議論に際して十分な時間と情報が与えられ、公の場で公平に発言する機会が与えられる工夫が必要です
実際、2021年にはフランスの首都パリ市で無作為で抽出された市民からなる「市民議会」が従来の議会をサポートする意思決定の制度として本格的に導入されるなど、くじ引き民主主義は世界的にも注目を集めています。

一方で、“弱点”もあるといいます。
・国家機密に関わる内容など、討議での意思決定がなじみにくいテーマがありうる。

・「合意」が前提され、議論のテーマや方法への反対意見を反映しにくい。

・準備や決定までに時間がかかることや、一部の人で決めたという疑念は払拭しきれない。

・選挙と違って、間違った結論により政策的な失敗をした場合に制裁を与えることができない。
その上で、吉田教授は「くじ引き民主主義」の意義についてこう話してくれました。
吉田教授
気候変動など一国では解決できないグローバルな問題に直面し、生命倫理といった分野では価値観が多様で専門家でさえ一つの答えを見出せません。政治家が“自分たちを代表していないのでは”という不信を少しでも払拭し、政治的な決定に“納得感”を持つためにも、くじ引き民主主義は従来の議会制民主主義を補完する可能性を秘めていると思います。
あなたもくじ引きで選ばれる日がくるかもしれません。