ビジネス特集

酪農家の悩みもスッキリ!? 新エネルギー生み出す“宝の山”

酪農が盛んな北海道で、多くの酪農家を悩ませてきた、牛の“ふん尿”。このやっかいものがいま、新たなエネルギー源として地域で注目を集めています。ふん尿から次世代のエネルギー、「水素」や「メタノール」を取り出し、活用しようという動きが広がっているのです。牛のふん尿、もしかしたら“宝の山”になるかも知れません。(帯広放送局記者 前嶋紗月 北見放送局記者 五十嵐菜希)

燃料電池車を動かしているのは?

北海道 十勝地方の鹿追町の中心部近くにある、一見するとガソリンスタンドのような設備。ここでは、燃料電池車向けの水素の供給を行っています。

ことし4月から一般向けの利用が始まり、専用サイトで予約すれば、誰でも購入することができます。

実は、この水素。もとになっているのは、牛などが出す“ふん尿”です。

一挙両得 電力販売と悪臭対策

牛などのふん尿から、水素をつくり出す。この取り組みを中心になって進めているのが、鹿追町です。背景には、酪農の町が直面する大きな課題がありました。

鹿追町では人口の5倍に当たる、およそ2万5000頭の乳牛や豚が飼育されています。
これまで町内では夏場を中心にふん尿から発生する悪臭が漂い、周辺には観光地も抱えることから、対策が求められていました。また、ふん尿はそのまま廃棄することはできず、処理には多額の費用がかかるため、酪農家にとっても悩みの種でした。

そこで町は、バイオガスプラントを設置することにしました。農家から集めたふん尿を発酵させてバイオガスを作ることで、においを緩和。

さらにガスを燃やすことで発電もでき、電力会社に販売し、施設の維持費を賄うことができました。
バイオガスプラント
バイオガスプラントを利用している鹿追町の酪農家は、経営規模を拡大するときにプラントがあったおかげで、ふん尿処理にかかる設備費用を抑えることができ、浮いた分を牛舎の整備費用に充てることができたということです。

しかし、電力を決まった価格で買い取ってもらえる国の制度では、発電によって得られる収入は、将来的に少なくなる見通しです。

バイオガスから水素を作る

そこで町では、バイオガスのさらなる活用を目指します。バイオガスから水素を作ることにしたのです。

7年前、環境省や大手産業ガス会社などとともに、国内初となる家畜ふん尿由来の水素事業に着手しました。
鹿追町 喜井知己町長
鹿追町 喜井町長
「ただ水素を作るだけではなく利用して、それによって収入を得て、事業をきちんと継続できるようにする仕組みを検証するのがいちばん大きな目的だったと思います。7年間事業が行われ、ある程度道筋ができました」

牛一頭でクルマが1万キロ走る

乳牛などのふん尿から水素を作る仕組みです。
水素ステーションに隣接した施設では、集めたバイオガスからメタンガスを抽出。メタンガスを水蒸気と反応させ、水素を作り出します。

乳牛1頭が1年間に出すふん尿から製造した水素で、燃料電池車をおよそ1万キロ走らせることができるといいます。製造した水素は、高圧ガスボンベに充填(じゅうてん)し利用者に届けることもできます。

町は、今年度、水素の活用を推進するため、燃料電池車10台を公用車として購入しました。

さらに水素の製造・利用までを一貫して行い、水素のサプライチェーン構築を実現したい考えです。
鹿追町 喜井町長
「家畜ふん尿というのは、農業・酪農を続けるかぎり永遠に出てくるものなので、必ず処理しなければなりません。小さな町ですが、少しずつでも水素を製造して使っていくという取り組みを粘り強く進めていくことが大変重要だと思っています」

輸入頼みの「メタノール」もふん尿から

一方、同じく酪農が盛んなオホーツク海側の興部町で注目されているのが、「メタノール」です。

5月、メタノールを牛のふん尿から作ることができるというプラントが興部町内に完成。報道関係者に公開されました。
このメタノールは、近年、注目されています。衝撃や熱に強い高機能のプラスチックや合成繊維、接着剤など、さまざまな製品に利用されているほか、燃料電池などの新たな用途にも需要が拡大しているからです。

メタノールは石炭や天然ガスに高い圧力をかけたうえで、高温に熱して取り出す必要があるため、国内では生産コストが非常に高くつくということです。このため、輸入に頼っているのが現状です。

世界初メタノール取り出しに成功

メタノールを牛のふん尿由来のバイオガスから取り出すことができないか、町は2019年に大阪大学と協定を結び、研究に協力してきました。
そして翌2020年、特殊な液体とバイオガスを混ぜて一定の光を当て取り出すことに世界で初めて成功。

町では、今後1年をかけて製品の質や実際の生産量を検証し、2030年までの実用化を目指すことにしています。

年間で最大6トンのメタノールの精製を目指していて、将来的には、
メタノールを町内の公共施設やトラクターなどの燃料として活用することを検討している、ということです。
大阪大学高等共創研究院 大久保敬教授
大阪大学高等共創研究院 大久保教授
「実は捨てる物からエネルギーを作り出すことができて、それを自由自在に加工できる技術があります。それをうまく使いこなせば日本はエネルギーを輸出するような国に変わるのではないかと思っています」

メタノール生産 全国展開の可能性も?

今回のプラントの開発は、道内の大手産業ガス会社と大手建設会社が手がけました。このプラントは、常温で圧力をかけずにメタノールを精製できるため、従来の設備に比べて半分以下の投資で済むということです。

開発した会社では、将来的には興部町だけでなく全道そして全国に広げていくねらいです。
エア・ウォーター北海道 加藤保宣社長
エア・ウォーター北海道 加藤社長
「今回のような常温・常圧の化学プロセスはなかなかありません。国家間の問題とか紛争の問題が起こるとメタノール自体が入ってこないということになる。そうすると、ほかの産業にも影響することになるのでいろいろな選択肢を日本として持っておくのは大事なことです」
大阪大学の大久保教授の試算では、全国の酪農地域にこのプラントを導入すれば、輸入メタノールの1割以上に当たる年間20万トンを生産できるとしています。
興部町 硲一寿町長
興部町 硲町長
「メタノールはいま全部輸入ですので、北海道の新しい産業になってくる。北海道として売れる物になってくれる。こんなにいい話はないと私は思います」

酪農業で生み出すエネルギー 地域活性化にも

牛などが出す“ふん尿”から、水素やメタノールを作ろうという取り組み。

ふん尿の処理にかかる手間や悪臭など地域の課題を解決するだけでなく、地域の活性化につながると期待が高まっています。

多くのエネルギーを輸入に頼る日本。

北海道の一大産業である酪農業が、日本のエネルギー問題でも存在感を示すようになる。そんな日が来るのも、ひょっとしたらそう遠くないのかも知れません。
帯広放送局記者
前嶋紗月
平成31年入局
札幌局を経て現所属
エネルギー問題やロケット開発などを取材

北見放送局記者
五十嵐菜希
平成29年入局
岩見沢支局を経て現所属
自然環境、経済などを取材

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