マスクに隠れた”ありがとう”を感謝状に

コロナ禍で私たちのコミュニケーションのあり方は大きく変わりました。

「食べるときは黙って」
「列に並ぶときは一定の間隔をあけて」

感染リスクを前に、人と人とのやり取りもいつしか”控えめ”が新たなマナーになりました。

こうしたなか、”人情の街”大阪から、人と人とのコミュニケーションを再び活発にしたいと広がる運動があります。

それは最近、マスクに隠れがちになってなかなか伝えにくくなっている”ありがとう”の気持ちを感謝状にして伝えましょうというささやかなもの。

大阪のある区が感謝状を写真に撮って送ってほしいと呼びかけたところ開始からおよそ1か月半で3万9000枚以上集まっています。

(大阪放送局 しあわせニュース取材班 泉谷圭保)

人情の街 大阪で 見守りを続けて

感謝状を書いた一人、大阪・北区の芝田商店会の会長、三島保さん(76)です。

大阪の北区は、JR大阪駅や阪急大阪梅田駅を擁する大阪の商業の中心地で、芝田商店会はJR大阪駅の徒歩圏内にあります。

三島さんは7年前から、この地域の小学校の近くに立ち、子どもたちの登校を毎朝、見守っています。立っているのは自転車や車の交通量が多い通学路の交差点。時折ヒヤリとする場面もあり子供たちが安全に道を渡れるよう気は抜けません。

三島さんが紹介してくれた毎朝の見守り仲間の多くは70代から80代。心臓にペースメーカーが入っていて、見守りを終えてから病院に行くのが日課という男性もいました。
三島さんが書いた感謝状は毎日顔を合わせる子どもたちへのものでした。

そこには「元気をありがとう」と書かれていました。

聞いてみると、入学した子どもたちが日に日に成長していくのを見るのが大きな喜びだと話します。

見守りをする子どもを見ながら「こんなに小さかったのに」と目を細める三島さん。三島さんの感謝状は、区の広報紙で紹介されました。

マスクで「感謝」も見えづらくなっていないか

北区の都心の商店街で生まれ育った三島さん。かつては商店と住宅が一体となり、子どもの声が絶えなかった地域の姿が再開発で大きく様変わりするのを目の当たりにしてきました。

長年開催されていた祭りがなくなり、学校も統廃合され、さらに見舞われたのが今回のコロナ禍。

マスクで互いの表情が見えづらくなり、コミュニケーションの取り方にも何かと気を遣う日々。“人情の街”大阪から大切なものが失われてしまわないか、この2年間は特に、気をもむ日々が続いたといいます。

三島さんは、感謝状をきっかけに、改めて自分の気持ちを地域の大切な子どもたちに伝えたいと思ったといいます。

子ども見守りを続ける三島保さん
「地域の宝は子どもたち。この地域の人と人の温かいつながりは、この地域に愛着を持って育つ子どもがいてこそ受け継がれる。自分たちがいなくなった後もそれが残っていくように、伝え続けたい」
三島さんの感謝を知った地域の人たち。
本人を前に少し照れくさそうでしたが、これまで感じていた思いを教えてくれました。

子どもたち
「三島さんは優しい」「守ってくれる人」

保護者
「子どもたちも元気をもらっていると思います毎朝」
「地域の顔と顔の見えるつながりっていうのはこういうところで生まれていくのかなって感じました」

”まいどおおきに”の街から 今一度 感謝伝え合う文化を

ふだんなかなか口に出せない感謝の気持ちを感謝状という形にして伝えようというこの動き。

大阪市の北区が呼びかけています。

買い物をするときは店の人が「まいどおおきに」と声をかけ、会計を終えた客も「ありがとう」と感謝を互いに伝え合うのが文化になっている商人の街、大阪。

長引くコロナ禍で、人と人の間のコミュニケーションそのものが減ってしまう危機感が広がる今だからこそ、”まいどおおきに”の街大阪から、今一度”ありがとう”を見直しませんか。マスクに隠れた”ありがとう”を感謝状にしませんか、と働きかけることにしたのです。
呼びかけの対象は、この地域で働いている人や住んでいる人に限りません。全国どこからでも誰でも参加できるようにしました。

思い思いに書いた感謝状を手に持って写真を撮影し、専用サイトにデータを投稿してほしい。

できるだけ多くの人に参加してもらいたいと区では、9月末までに10万枚分という目標を掲げました。

そして、感謝状をきっかけに「大阪から世界に感謝の気持ちを発信しよう」と呼びかけています。

開始からおよそ1か月半で集まった感謝状は3万9000枚以上。今も増え続けています。
ありがとうの対象は人とは限りません。

中には転勤を前にした男性が5年間暮らした大阪の街に贈ったこんな感謝状も寄せられていました。

「大阪が大好きです。すべての出会った方に感謝です」。

不安が先立つ中で伝えられずにいた「感謝」

北区の呼びかけがきっかけになり、感謝の気持ちを伝えることができたという人がいます。

ミャンマーから来た留学生、セイン・セイン・テットさん(22歳)です。

この春、北区の語学学校を卒業し、関西の大学に進学しました。

セインさんが感謝状を書いたのは、祖国に住む両親に向けてです。

「どんな道を選んでもいつも支えてくれて本当にありがとうございます」
セインさんはミャンマー中部、マンダレー出身です。
来日して3か月後の去年2月、軍事クーデターが起きました。
今も政情が不安定なため、なかなか帰国することはできません。

心配で毎日のように両親に電話をかけていますが、普段は元気かどうかを確かめることが中心。

両親の生活状況への不安が先立つ中で、なかなか思いが至っていなかったのが、自分を日本に送り出してくれたことへの感謝の思いでした。

セインさんは、感謝状を書いたうえで、両親に電話し、「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたということです。

父親から、「いつも頑張っていることを知っているよ」と励ましの言葉をかけられたセインさん。

少し涙ぐんだあと、こう話しました。
セイン・セイン・テットさん
「お父さんはふだん何も言わないのでちょっと泣きたい気持ちになりました。改めて私もこれから頑張ろうと思いました」

あなたも大切な人に思い切って感謝状を

当たり前の日常が突然失われてしまうことを私たちに突き付けたコロナ禍。

一見単純に思える感謝状という昔ながらの手段は、思いを言葉にしようとする気持ちにまでブレーキをかけがちな今の私たちを再びつなぎ、笑顔にするきっかけをくれるのではないかと感じました。

改めていうのは照れくさいけど、本当は感じている「ありがとう」。

コロナは落ち着いてきましたが、あなたも大切な人に、思い切って感謝状という形で思いを伝えてみませんか。

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