きつ音でもしゃべりたい ただ話を聞いてほしいんです

きつ音でもしゃべりたい ただ話を聞いてほしいんです
「電話で、電波が悪いフリして黙るのはよくやります」
「ビンゴ大会で列がそろっても、ステージで自己紹介させられたくないからビンゴしていないことにしていましたね」
「もったいなー!」

この“あるあるトーク”、皆さんにはわかりますか?

「しゃべるのは大好きなんです。みんな話を聞いてほしいんです」

つらい経験だったであろうエピソードを笑い飛ばしながら、じょう舌に語るきつ音当事者の皆さんの様子に圧倒されました。
(静岡放送局 記者 三浦佑一)

もっときつ音のことを知ってほしい

取材のきっかけは、NHK静岡放送局が視聴者のお悩みを取材するコーナー、「たっぷりリサーチ」に届いた投稿でした。
「小学生時代に、きつ音になりました。
就職氷河期世代で健常者と比較され、たくさんの会社から『きつ音を治せ』と言われました。
理解してもらうのが難しい現状です。
もっときつ音のことを知ってほしいです」
きつ音、簡単に治るものではないでしょう。
これは深刻な悩みに違いないと、会いにいきました。
投稿をくださった方は、静岡県沼津市の自宅の前でたこ焼きのお店を営んでいました。

川口剛さん(43)。学校や職場になじめない経験が続き、2年前から母親とたこ焼きを焼いて売っています。
川口剛さん
「小さいお子様からお年寄りの方まで、結構みんな好き好きに買ってくださいますね」
記者が少し話すぐらいでは、きつ音とはわかりませんでした。
でもこれは、川口さんが言いづらい単語を使わないようにしながら話しているためだといいます。
「きつ音症という障害をもっています。話す時にことばが出にくい事がございますが、ご了承ください。」

川口さんはお店に、きつ音を説明する表示を出しています。
川口剛さん
「ことばを言いかえると結構スムーズに話せるんです。でもどうしても言いかえができない単語だと、語気を強くして発したり、『随伴運動』と言って膝を強くたたきながら話したりすることがあります。そういった時にお客様に不快に思わせてしまうので、怖がらせないよう、こういうことを書くことにしました」

「きつ音」とは

ここできつ音について、国立障害者リハビリテーションセンター研究所のホームページの記述をもとに説明します。

きつ音は「どもり」とも言われる、話しことばが滑らかに出ない障害の一種です。
症状は人によって違いますが、大きく分けて3つあると言われています。
▼音をくりかえす【連発】
「か、か、からす」
▼音を引き伸ばす【伸発】
「かーーらす」
▼ことばを出せずに間があいてしまう【難発】
「…からす」
こうしたことで悩む人が、だいたい100人に1人ぐらいいるといいます。

このうち川口さんの症状は「難発」。
母音やカ行、タ行の音が最初にくる単語がスムーズに言えないといいます。

名前の「かわぐち」「たけし」がまさにカ行とタ行でです。
濁音の『ぐ』も、よくかむといいます。

取材の時も「僕…」と切り出してから「川口と言うんですけれども」と言うまでに10秒ほどかかっていました。

涙がこぼれないように

「幼稚園のころは普通によくしゃべる子だった」(母親・美枝子さん)という川口さん。

小学校に入ってから、学校生活のストレスの影響か、きつ音の症状が目立ち始めたといいます。

同級生にも親にもなかなかわかってもらえなかったという苦しみを、川口さんは時折つまりながら、また言いかえをしながら、話しました。
川口剛さん
「自己紹介、日直、号令、部活動。すべて僕は声出しができませんでした。友達を作るのも苦手で。きつ音をカミングアウトすると『大丈夫、気にしないよ』って言われますが、いざきつ音が出ると『気持ちが悪い』『ふざけるのやめて』『その話し方は失礼だよ』って言われて。部活もやめました」

「ものまねをされるのが、いちばんつらかったですね。先生まで一緒に僕の話し方を笑う。子どものころは毎日泣いて帰ってきていました。頭の中で流れていたのは、坂本九さんの曲。上を向いて歩いて、涙がこぼれないようにって」
母 美枝子さん
「私は治ると思っていたんです。『そんなに悩むことはないんじゃないか』って私が言っていたのが、よけい本人にはつらかったみたいですね。学校ではちょっとのひと言でみんなにからかわれたりしたので、よけいひどくなっちゃったのかなと思いますね」
大人になっても、きつ音が治ることも、生きづらさが薄まることもありませんでした。
川口剛さん
「軽作業のアルバイトでも、きつ音だと伝えると落とされることがあります。なぜダメかを聞くと『会社のイメージが悪くなる』『コミュニケーション能力が低い、接客したお客さんがびっくりしてしまう』などと言われてきました。彼女ができても、きつ音だとわかると『普通の人がいい』とフラれました。婚活でも『きつ音を隠してください』と言われました」

“詰まっても、ただ話を聞いていてほしい”

川口さんが特に強調するのが、詰まってもフォローのことばを差し挟まないでほしいということです。
川口剛さん
「『早くしゃべって』とせかさないでほしいのはもちろんですが、『ゆっくりしゃべったほうがいいよ』『落ち着いて』『緊張しないで』っていうのも言わないでほしいんです。波はありますが、落ち着いていても、緊張していなくても、きつ音は出ます。詰まっても、ただ話を聞いていてほしい。くしゃみとかせきばらいと同じぐらいの感覚で、どもることをわかってもらえたらうれしい。それを知ってもらうだけでも、当事者が生きやすい世の中になると思います」

きつ音でもしゃべりたい!

「これから始めますので、よろしくお願いします」

友達や恋人を作るのが難しかった川口さんに、多くの人との交流をもたらしたのは、7年前に使い始めたSNS。
プロフィールできつ音を公表している全国の人たちとつながりました。

最近はツイッターに導入された、多人数で音声で話せる機能『スペース』を使って、毎晩のようにおしゃべりを楽しんでいます。
この日はスマホを通じて、およそ20人のきつ音がある人が、かわるがわる話をしました。
「窓口で行きたい駅の名前が出てこないから、違う駅名をいうことありますよね」
「あるある!1個手前とかな」

「(カードゲームの)『UNO』とか難しいよね。最後の1枚になっても『ウノ!』って絶対言えない」
「どもるより(ペナルティーの)カードを取ったほうがええやろみたいな。アレ悲しいよね」
「テーマパークのアトラクションで、ステージから客を指名されるやつ」
「あんなん絶対ムリやわ」

「コンビニのレジ横のケースを指さして注文したいのに『次の方こちらへどうぞ』って、遠いほうのレジに呼ばれるの。いやこっちがいいんですけど!」
「お店でよく使うけど言えない単語を紙に書いて、お守りみたいに持ち歩いていて、店員さんに渡して見せています」
次々に飛び出した『きつ音あるある』。
どもることに遠慮する必要がない空間は、安心感が違うといいます。

私(記者)も川口さんのスマホから、参加者に質問してみました。
記者:皆さん結構しゃべるの好きなんですか?
「大好きです!」

記者:それは、ふだんなかなか話す相手がいないとか、話せずにいるから?
「まさにそうです!」
「そうです」
「安心してどもりながらしゃべれる相手が居るのが、このスペース、この場所っていう感じ」

つながりを広げる

SNS上で語り合える仲間に元気をもらいながら、川口さんは身の回りでも理解を広げようとしています。

少しずつですが、川口さんのたこ焼きに常連客も増えています。
常連客
「店長さん(川口さん)が必死に頑張っている姿がよく見えていますので。僕は買うことしかできないんですけれども、陰ながら応援しています」
「食べればよさがわかる!」
川口さんは、今、たこ焼きのキッチンカーで全国を回り、つながりを広げることを目指しています。
川口剛さん
「本当に心が壊れそうなときも、ツイッターの仲間に助けてもらいました。自分だけじゃないんだなって。大阪からリアルで会いに来てくれた人もいて、めちゃくちゃうれしかったです。徐々にですが、理解してくれる人がきつ音のない人にも増えてきています。僕1人だけでなんとかできるものではないですけど、僕はたこ焼き屋を通じて、全国のきつ音の人と出会えたらいいなと思っています」
静岡放送局 記者
三浦佑一
2003年入局 福島局、名古屋局、報道局社会部などを経て2019年から2度目の静岡局勤務。視聴者の困りごとの解決を目指すコーナー「たっぷりリサーチ」や地域ニュースのデジタル発信強化を担当。