「定期半額」「新駅設置」なぜ地方鉄道が高校生の利用促進?

「定期半額」「新駅設置」なぜ地方鉄道が高校生の利用促進?
「必要と思われなくなる恐怖感、ありますよ」

第三セクター鉄道の社長が、取材中に漏らしたホンネです。

いま各地の地方鉄道では、生き残りをかけて高校生たちの利用を確保するための策を打っています。

どうして高校生なのか?オープンデータと専門家への取材からお伝えします。

突然の災害で「存続の危機」に

去年、災害で大きな被害を受けた鉄道が一部区間で運転を再開しました。

熊本県南部を走る第三セクター「くま川鉄道」です。
おととし7月の熊本豪雨で所有するすべての車両が浸水、橋も流失するなど大きな被害が出て全面運休となりました。

30年以上前の開業以来赤字が続く厳しい経営状態に加え、復旧にかかると見込まれる費用は40億円以上。「廃止」の可能性も含め、決断を迫られました。
しかし会社は被災の翌月には、はやばやと「鉄道復旧」の方針を決めます。

決め手になったのは、通学で利用する高校生たちの需要でした。

くま川鉄道の沿線には高校が4つあり、当時は約850人が利用していました。実に利用者全体の8割を占めていたのです。

バスじゃダメなのか

被災後、会社は代替バスを運行し、ピーク時には大型バスなど13台で生徒たちを運び続けました。しかし、ここである問題が浮かび上がりました。
全区間の走行時間は鉄道だと「45分」だったのに対して、バスだと「70分」と倍近い時間がかかったのです。渋滞に巻き込まれてしまい、授業に間に合わないケースもあったといいます。

背景には鉄道がバスよりも、特に登下校という「短時間」での「大量輸送」、つまり「一度に多くの人を運ぶこと」に優れた交通手段だという点があります。
たとえば1000人の学生が利用する鉄道をバスに切り替えた場合を考えてみます。

電車1両に225人(定員150人、乗車率150%)乗るとすると、4両ほどあれば一度に運べることになります。

一方のバス。1台に50人とすると、のべ20台が必要です。もちろん運転手も20人。それも人手不足なうえ、取得が難しい大型2種の免許取得者です。バス20台の「資材」と運転手20人の「人材」をそろえるだけでも大変です。

「鉄道を必要とする高校生が」

会社は復旧の方針を決める前に、鉄道を廃止した場合の試算もしていました。

そのうえでバスやBRTなどほかの交通機関に転換した場合、通学需要があるこの地域では「鉄道のほうが利便性でも費用でも優位性が高い」と判断。

復旧費の実質97.5%を国が、残りの2.5%を県と地元自治体で負担するなど財政支援のもとでの鉄道の復旧を決断しました。
くま川鉄道 永江友二社長
「復旧に多くの税金を使う以上『昔からあるから残す』というような議論は避け、数字で決めるべきだと思っていました。

根本的に必要としている人がいることが大事だと考えた時、今のこの地域には鉄道を必要としている高校生がいました」
そして去年11月、くま川鉄道は湯前ー肥後西村間の18.9キロの区間で部分復旧、運転を再開したのです。残りの約6キロの区間の全線復旧にはなお数年かかる見通しです。

「学生の需要」データを見てみると

赤字ながらも通学需要に応える必要性から公費を投じて復旧が進められた、くま川鉄道。

「学生は地方鉄道が生き残る最後のとりで」とも言えるのかも知れません。

同じように、経営が厳しい中でも学生の利用が多い路線は全国にどれくらいあるのか。それを知ることができるオープンデータが、国土交通省が毎年まとめている「鉄道統計年報」の中にあります。

JRは路線ごとのデータが掲載されていないため、JR以外の路線を見ていきます。

経営厳しい路線でも通学需要は

学生の利用状況のデータに加えて、全体の利用状況を知るための「輸送密度」のデータと、収支の状況を知るための「営業損益」のデータを並べてみます。

輸送密度」は1キロあたり1日で何人を運んだのかを表し、2000を切ると「利益を上げることが非常に難しい」とされています。

営業損益」は鉄道事業で発生する利益や損失です。

新型コロナウイルスの感染拡大で大きく利用者が落ち込む前の平成30年度のデータで「輸送密度2000未満の厳しい路線について通学定期の利用者が多い順に並べてランキングにしてみたのが下の図です。
先ほどのくま川鉄道は上から14番目にありました。同じように輸送密度が低く、より通学定期の利用者が多い鉄道が全国に13あることが分かります。

その一方で、ほとんどの路線は赤字で、億単位の損失を出しているという厳しい実態も見て取ることが出来ます。

地方鉄道にとって致命的なのは…

こうした状況について、NHKの「こども科学電話相談」の先生役も務める鉄道ジャーナリストの梅原淳さんに聞いてみました。

梅原さんは、地方鉄道が赤字ながらも存続してきた大きな理由に学生の存在があること自体は業界では常識で、そうした前提のもとに行政による財政的支援が続いてきたと指摘します。
梅原淳さん
「こうした地方鉄道が劇的に収支を改善することはまず現実的ではありませんし、多くが行政の経済的な支援を受けて存続してきました。そういう鉄道にとって致命的なのはとにかく利用者がいなくなることです。

利用者がいなくなればどんなに支援してもその効果がないということになり、本当に維持ができなくなる。つまり廃線となるわけです」
地方鉄道にとっては学生たちがいなくなってしまっては、廃線するしかなくなってしまう。

学生たちにいかに利用してもらうか、生き残りをかけて挑戦する鉄道も出てきています。

ケース1 秋田・由利高原鉄道

その1つが、秋田県の第三セクター「由利高原鉄道」です。
利用者はピーク時の昭和61(1986)年度には約63万5000人でしたが、令和2年度(2020)年度は20.7%にあたる約13万1500人まで減少しています。

昨年度(2021)の赤字額は約1億円と厳しい経営が続いています。

さらに近年は利用者のおよそ半数を占める高校生たちの利用に異変が起きていました。通学定期の利用率が激減していたのです。
2016年度の43%から2020年度には24%と、沿線地域の少子化と人口減少をはるかに上回るペースで落ち込んでいました。

理由を探るためにJRの1キロあたりの料金と比較したところ、実に2.5倍の高さで、高校生に利用してもらうには値下げが不可欠だと決断しました。

事前のアンケート調査などを通じて「半額にしても損失は生まれない」との試算が出ましたが、果たして。

値下げの効果は

通学定期半額に踏み切った昨年度(2021年度)の利用者は122人。
前年度の71人の2倍近くに増えました。定期に限れば実施前よりも約70万円の利益を生むことになりました。

由利高原鉄道の社長は「今回の値下げは地域の人たちにとって鉄道がまだ必要とされているのかを知るバロメーターのような意味もあった」と振り返ります。
由利高原鉄道 萱場道夫社長
「漠然とやっていれば誰も応援してくれないし、必要だと思われなくなるんじゃないかっていう恐怖感があります。

もし値下げをしても乗らないということであれば、地域の方たちも鉄道はいらないということ。今回、必要だという結論を出していただいたんだなと思っています」

ケース2 茨城・ひたちなか海浜鉄道

学生の需要をにらんで「攻めの一手」を打った鉄道をもう一つ紹介します。

茨城県の「ひたちなか海浜鉄道」です。
乗客の減少で廃線が議論され、15年前に市などが出資する第三セクターとして生き残りました。

しかし厳しい経営環境は変わらず、コロナ前の平成30年度には鉄道事業で5000万円の赤字を出していました。

そんな中、あえて踏み切ったのは「新駅の設置」でした。
ねらいはまさに学生です。

去年、ひたちなか市は5つの小中学校を統合して、小中一貫の義務教育学校を沿線に設置しました。これにあわせて会社は、学校から徒歩2分の場所に新しい駅を作ったのです。

この学校では全児童・生徒の実に約70%、約400人が鉄道を利用するようになっています。

その結果、通学定期の利用者は、平成30年度(2018)は37万4000人だったのが、昨年度(2021)は61万5000人。実に6割の増加となったのです。
ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋社長
「少子化の中で避けられない学校の統合と、それにあわせた新駅の設置。統合に伴いスクールバスを新たに整備するより鉄道のほうが費用を抑えられますし、今回の取り組みは官民一体のよい見本となると思います」
同じような動きはJRにもあります。

JR北海道はことし3月、名寄市にある宗谷線(旭川ー稚内 259.4キロ)の駅を1.5キロ離れた沿線の名寄高校の前に移設しました。

通学の利便性が高まり学生の利用が増えるとともに、赤字に苦しむ宗谷線存続のための一手としても期待されています。

「危機は鉄道だけではない 」

「隠れた通学需要の掘り起こし」に「学生の集まる場所への新駅設置」。

鉄道ジャーナリストの梅原さんも「全国の鉄道各社が注目、波及する可能性のある取り組みだ」と評価します。

一方で忘れてはいけないのが「維持が難しくなっているインフラは鉄道だけではない」という視点だと指摘しています。
梅原淳さん
「多くの地方鉄道の合理化はすでにやれるところまでやっている状況にある。行政からの援助にも限界があるなかで、維持できなくなっているのは鉄道だけではない。

鉄道だけに注目して議論するのではなくインフラの1つとして何をどこまで残していくのか、自分たちが住んでいる町のあり方を含めて今から議論することが重要です」
冒頭でご紹介した熊本の「くま川鉄道」は2年前の豪雨災害での被災から部分復旧しましたが、全国ではこの10年余りの間にJRでは北海道や東北、中国地方など各地の路線が廃止されていますし、長野や青森の私鉄でも廃止された路線があります。

くま川鉄道社長の永江さんは「今回鉄道が必要だと判断したのでどう存続させていくか、これからの議論が大事」とする一方で、将来のあり方については沿線の人口減少が進む中「いずれは鉄道の優位性が低くなる転換期が来る」と冷静に見つめています。
くま川鉄道 永江友二社長
「将来も同じ状況が続くとはかぎりません。鉄道が地域にどんな効果をもらたすのか地域全体で未来を見据えて考えていく必要があると思います」
人口やライフスタイルが変わりゆく中で、自分や家族が暮らす地域に必要なインフラや交通手段は何なのか。

その1つとしての鉄道を維持していくのであれば、そのための財政的な負担はどう確保していくのか。

地方鉄道の問題は、地域のあり方を考える役割を人任せにするのではなく、私たち自身が考えることの大切さを突きつけているようにも思えます。

(秋田局 毛利春香/水戸局 三輪和広/社会部 齋藤恵二郎・老久保勇太/ネットワーク報道部 芋野達郎)
最後に、本文中で紹介したデータについて簡単にご紹介します。
このページの「令和元年」をクリック、さらに「(1)-1 運輸成績表(数量)」をクリックします。(ダウンロードが始まります)

「1年間に通学定期で電車を利用した人の数(のべ人数)」を示しているのが、エクセルのD列「輸送人員 定期 通学」の数字です。

たとえば一番上の「道南いさりび鉄道」(北海道新幹線の並行在来線としてJRから経営分離された第三セクター)では、のべ27万3000人が利用したことが分かります。

※「輸送密度」は(2)運輸成績表に記載。M列「平均通過数量 旅客」に相当。
※「営業損益」は(5)-2 鉄・軌道業営業損益に記載。CF列「鉄軌業営業損益」
※今回は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けていない平成30年度のデータを使用しました。