60年後の太平洋横断 支えたのはカレー!?

60年後の太平洋横断 支えたのはカレー!?
23歳での小型ヨットによる太平洋横断から60年。海洋冒険家の堀江謙一さんが83歳の世界最高齢で、太平洋横断を達成しました。69日間の航海を支えたものは何だったのでしょうか。

(大阪放送局 アナウンサー 二宮直輝 / 記者 井上幸子)

83歳の”青春真っただ中”

1962年に小型ヨットで日本人初の太平洋単独無寄港横断に成功、1974年には世界一周にも成功した海洋冒険家・堀江謙一さん。
60年前の最初の航海は、映画化もされた手記「太平洋ひとりぼっち」で有名で、その後も様々な航海を達成してきました。
83歳の今回の挑戦は、60年前と逆のルートでの太平洋横断でした。
3月にアメリカを出発し、69日後の6月4日、ゴールに設定した紀伊水道に到達。支援する団体によりますと、これまで72歳だった最高齢の記録を10歳以上更新したということです。上陸後の挨拶では「僕はいま青春真っただ中」と堀江節を披露しました。

69日間の食事はカレー中心

69日間の旅の間、食事はどうしていたのでしょうか。
ヨットに持ち込んだのはごはんや缶詰、コーンフレーク。
そして6種類、60食分のレトルトカレーです。
いつも日の出とともに食べていたそうです。

(堀江さん)
「簡易に食べられたらいい、料理に凝ってるとかそういうことではなくて、何か詰め込んでおけばいいんです」

朝からカレーですか。

「朝、カレーを食べると体中が温まって、なんかその日1日がいけそうな」

飽きないんですか、と聞いたら、驚きの回答が。

「上陸してからも、もう(カレーを)食べてますからね」。
「僕は第2次世界大戦前の1938年生まれ、戦争を経験しています。食糧難の時代も通ってますから、子どものときに母がカレーを作ってくれたのを初めて食べたときは、これは一生いけるなと思いましたね。おいしくて」
長い航海を終えて、最初に食べたのは何なのか尋ねると。

「ビールと唐揚げですね。美味しかったですよ、ははは」

航海にはノンアルコールビールを持ち込んでいたという堀江さん。
久しぶりのビールの味に加えて、無事に到着し調理してもらった食事を食べるという意味で、格別の味だったそうです。

相棒の「マーメイド3号」の船内は

こちらが、今回使ったヨット、「マーメイド3号」
全長はおよそ6メートルで、思った以上にコンパクトです。
60年前の最初のヨットと同じ大きさになるように設計されたということです。

堀江さんの案内で中を見せてもらいました。
トイレやキッチンなど生活に必要なものが限られた空間に詰め込まれています。
コンパクトな船内、どうやって寝るのか気になっていましたが、キャビンから船底に足を伸ばすことができるスペースがあり、そこに寝ることができます。
枕の上にはちょうど窓があり、満天の星空を眺めるのかと思ったら。

(堀江さん)
「マストのてっぺんが見えるようになってるんですよ。
風向計が付いているので風がどっちから来てるかわかるんです。
この窓は小さいけど貴重なんです」

航海のためのものだったんですね…。

60年前との違いは…

60年前のヨットとの最大の違いは最新の通信機器が搭載されていることです。最初の航海では電子機器と言えばラジオしか積み込みませんでした。
こちらはGPS。緯度経度がリアルタイムで分かります。
ほかにも衛星電話やアマチュア無線機、Wi-Fi。
毎日、家族や航海を支えるスタッフと連絡を取ったということです。

あれっ、太平洋でひとりぼっちなのでは?
「ちがいますね。60年前はラジオを聞くだけ。今はどこでも話が出来る」
「最初の航海は誰とも連絡が取れないのが分かっていて覚悟があって、ある面気楽です。今回は定期的に連絡しないと、もし連絡が遅れたりすると、うちの家族でも心配するみたい」

健康の秘訣を聞いたのですが…

大海原での生活は、なんともワイルド。シャンプーに使うのはくみ上げた海水です。83歳にしてこの力強さの秘訣を聞くと。
(堀江さん)
「暴飲暴食しないというのは基本にあるわけですけど、あとは、何もないですね。ぼくはトレーニングしない人ですから。ジョギングなんかもしたことない、ジムも入ったことない」
「ただ家族と暮らしているので食事はかなり正確ですよね。朝起きていくのも時間通り起きていかないと怒られるしね」

今回も積み込んだ薬箱で使ったのは、目薬とばんそうこうだけだったそうです。

距離を着実に消化するのが癒やし

360度すべて海という孤独な航海。心の支えや楽しみがあるのでは、と思って聞くと意外な答えが返ってきました。
航海中の自分を支えてくれるのは「目的に向かって一歩一歩前進しているという事実」だというのです。

(堀江さん)
「たとえば1杯のコーヒーでも美味しいわけだけど、そんなものが癒やしになるか。
最も癒やしになるのは、ヨットで航海する距離、一日のノルマがあるとすればそれを着実に消化することが癒やしになる」

星空なんかはどうですか?

「こちらに余裕がないと綺麗に見えない。ある程度ヨットが順調で綺麗な夜空が見えたりすると、なんとなくやってきて良かったなとか癒されることはあります。アップアップしているときはそれどころじゃない」
「海がきれい、星がきれいではなく、海が荒れてようがご飯をひっくり返そうが目的はちゃんと航海すること。これが大事」
嵐の時などに一人でヨットを進める恐怖は堀江さんも感じるそうです。
それを克服するのは一つ一つの経験だといいます。

「キャビンの中で恐怖に震えて小鳥のようにしているが、だんだん慣れてくる。2回目こえて3回目、今までより強くなる自分が分かる。経験を重ねてくぐり抜けてくると、だんだん慣れて強い自分になっていくのが分かりますね」

“目標を持って挑戦するのは楽しい”

80歳を超えてからのチャレンジは驚きをもって受け止められました。しかし、堀江さんは目標を持って進んでいくことが、日常生活に様々な刺激を生み、人生を豊かにするといいます。

(堀江さん)
「挑戦者としてのマグマがだんだん、たまってくるというのがある」。
「マグマがたまってくると、いろんなものを見たり聞いたりするのも刺激的ですからね。
たとえば新聞見てて、こんな食料が出た、これは次の航海に使えるんじゃないかとかね。楽しいじゃないですか」
上陸後の記者会見で「若輩者ですが大器晩成を目指します」と湧かせた堀江さん。
そのマグマが次回いつ頃たまるのかたずねると。

「何年後かにはなるでしょうね。その時はよろしくお願いします」
「ぼくは83歳ですけど100歳まで元気で行くつもりですからね。あしたのジョーのように真っ白に燃え尽きたい」