ジャスティン・ビーバーさん発症 顔面神経麻痺って?

ジャスティン・ビーバーさん発症 顔面神経麻痺って?
「こっちの目はまばたきできないし、顔のこっち側では笑えないんだ」

カナダ出身の人気歌手、ジャスティン・ビーバーさんが自身のインスタグラムで訴えた症状。
顔にまひなどの症状が出る「顔面神経まひ」の1つで、いつ、誰が発症してもおかしくない病気です。
(ネットワーク報道部 清水阿喜子 柳澤あゆみ 廣岡千宇)

ある朝、突然うがいができない

「私が顔面神経麻痺で左半分の神経を喪失したのは博士3年、同じ28の時です」

ツイッターにこう投稿した東京大学東洋文化研究所の佐橋亮 准教授(44)。
国際政治の専門家ですが、16年前の自分とほぼ同じ年で、同じ病にかかったジャスティン・ビーバーさんのことがひと事とは思えずツイートしたそうです。
佐橋さんに症状が出たのは、2006年4月。博士課程の論文の執筆や研究に没頭している時期でした。

忙しさが1つ山を越えたある日の朝、いつも通りうがいをしようと水を含むと、口の左側からこぼれ出てしまいました。
もう一回やってみても同じ。鏡をみると、口が閉じられず左のまぶたも動かなくなっていました。
佐橋亮さん
「非常に不安だったし、とてつもないショック。半分だけ、仮面をかぶっているような感じになってしまうので、精神的にくるものがありました」

すぐに病院へ 診断は…

佐橋さんは大学の保健センターを受診し、紹介状を書いてもらい、その日のうちに病院にかかりました。

脳の検査で異常がないことを確かめたうえで、ウイルスによる「顔面神経まひ」と診断を受けました。ステロイド剤を処方され、1週間、自宅で安静にするよう言われたそうです。
「だるさと気持ち悪さが強く出ました。ただ、薬の役割は進行を遅らせるということで、薬を飲み終わったあとも顔のまひに変化はありませんでした」

生活にも大きな影響が

それからしばらく人前に出る気になれず、ほとんど家にこもって研究や仕事をするようになったそうです。
まひしていた部分がようやく動くようになったのは、半年ほどたってからでした。
佐橋亮さん
「ゆるく回復してきたという感じです。ただ、今も顔はこわばりますし、目を閉じると必ず口角が上がります。後遺症で食べ物を食べているときに涙が出てきます」

なぜ発症するの?回復する?

「顔面神経まひ」は、神経がダメージを受けることで顔の筋肉が動きづらくなる病気です。

原因の多くはウイルス。単純ヘルペスウイルスや水痘・帯状ほう疹ウイルスが原因となることが知られています。
疲れやストレスで免疫が落ちると年齢や性別に関係なく発症し、耳鼻いんこう科の医師などでつくる学会によると、国内では年間6万人にのぼるといいます。

適切に治療を行えば8割ほどの人がほぼ元の状態に戻りますが、中にはまひが残る人もいます。

中には後遺症に悩む人も…

「ハント症候群発症後2年3ヶ月近く経った今の状態です。軽く目を瞑った状態。写真だと向かって右(私の左目)が麻痺側ですが、完全には閉じません」
(※ラムゼイ・ハント症候群は「顔面神経まひ」のひとつ)

ことし5月、40代の女性はツイートと一緒に両目のアップの写真を投稿しました。
右目は閉じていますが、まひが残る左目は閉じきらず、少し開いています。
女性が発症したのは、2020年3月。頭痛や舌のしびれを感じたあと、顔の左側が動かなくなりました。
ちょうど職場の環境が変わり、新型コロナの影響もあって暮らしの変化が重なったタイミングでした。

女性は、顔面の異常に気付いた翌日には「顔面神経まひ」と診断を受け、入院してステロイドの点滴治療を受けました。

発症から半年、突然の症状

リハビリなどを行ってだんだんと顔が動くようになったころだったそうです。
食事中などに口を動かすと涙が出たり、勝手に左まぶたが閉じたりするようになりました。

医師からは「病的共同運動」という後遺症だと説明を受けたそうで、女性は症状を緩和するため去年10月、左目の下の筋肉を切る手術を受けました。
勝手にまぶたが閉じる症状は改善されましたが、その後もまひは残りました。

今でもまばたきができず、まぶたが閉じきらないためドライアイに悩まされています。
顔に触るととても痛い日があり、頭痛、めまい、耳鳴りといった症状が出ることもあります。
後遺症が続く女性
「確実な治療法もないので、時間がたつのを待つしかないんですよね。まさか、自分が顔面神経まひになるとは思っていませんでした。自分の周りで、この病気になった人を実際に見たこともなかったですから」
発症から2年3か月がたったことし5月、女性は顔面神経まひについて投稿する専用のアカウントを作ってツイッターを始めました。
後遺症が続く女性
「多くの人にこの病気について知ってもらい、不便を感じている人がいるとわかってもらえればいいかなと思います。そして医学的な研究が進んで、もうちょっといい治療法が見つかってほしいと思います」

カギを握る“治療までの時間”

顔面神経まひの治療で、知っておいてもらいたいことがあります。

それは、治療はできるだけ早く始めたほうがいいということ。
学会では“発症から3日以内に受診を”と呼びかけています。
東京大学医学部附属病院 近藤健二医師
「顔面神経まひは治療までの日にちにリミットがある病気です。神経に炎症が出てから時間がたって機能が大きく失われてしまうと治療は難しくなります。中には仕事が忙しくて受診を後回しにしてしまったという人もみられますが、症状が出たらとにかくなるべく早く受診することが大切です」

早期治療につながる近道とは

受診すべき診療科を知らない人が多いと指摘するのが、大阪病院の前田医師です。
学会が去年、インターネットを通じて行った調査では「耳鼻いんこう科で治療ができると思う病気」を尋ねたところ、顔面神経まひを治療できると知っていたのは2割ほどにとどまっていたということです。
大阪病院 耳鼻いんこう科 前田陽平医師
「顔面神経まひの原因となる顔の筋肉を動かす神経の多くは耳の近くを通っていて、耳鼻科を受診することで診断がスムーズにでき、早期の治療につなげられます。早期の治療が大切な病気なのですが、かかりつけ医などに受診してさまざまな検査をしている間に時間が経過してしまうことも考えられるので、症状が出た場合は耳鼻いんこう科を受診してください」
しかし、まひが出ると心配になるのが脳の異常です。
前田医師
「脳梗塞など別の原因でまひが起きることもあります。顔のこわばりだけでなくろれつが回らない、視野が狭くなるなどの別の症状がある場合は医療機関に症状を伝えて、受診先を確認するようにしてください」

動画でリハビリ、専門の相談医も

後遺症に悩む人たちに向けて、学会ではことし3月から動画投稿サイトで正しいリハビリのしかたなどを紹介しています。
また、4月からは、新しく顔面神経まひ専門の相談医の資格が設けられ、診察や治療に力を入れているということです。
東京大学医学部附属病院 近藤健二医師
「顔面神経まひは、ウイルスが原因となる場合だと疲労やストレスが引き金となって発症すると考えられていて、新型コロナの影響でストレスが高まっているいまは特に注意が必要です。からだだけではなく、周囲からの視線が気になって外出ができなくなってしまったりふさぎ込んでしまうといった精神的な影響も少なくなく、社会全体に病気への理解を広げることも大切です」

佐橋さんの向き合い方

20代で顔面神経まひになった佐橋さん。つらかった当時、心に残っている出来事があります。

理髪店に行ったときのこと。まだ当時は、目が閉じられず、髪や顔を洗っているときに、水が目に入ってしまい困っていました。
佐橋亮さん
「僕の目が閉じられないことに気付いて何も言わずに目を手でおおって洗ってくれました。16年たった今も通っていますけど、彼から顔のことやまひについて言われたことは一切ない。何も言わないでサポートしてくれるのがうれしかった」
「顔面神経まひをやってしまうと新しい自分をゆっくり受け入れていくしかない。運がよければ治っていくし、時間がかかれば少しずつ良くなっていく。そこを信じて頑張りましょうということがある。日々リハビリが必要で、顔を動かしてみたり、マッサージしてみたり。

でも、一番いいのは笑うことなんだと15年以上たって分かりました。明るく笑って生きるということが非常に重要なのかなと今はすごく思います」