アボカドブームの“不都合な真実” 環境問題や誘拐事件まで?

アボカドブームの“不都合な真実” 環境問題や誘拐事件まで?
大人気の美容・健康フードとして、サラダやグラタンなどさまざまなレシピで楽しまれるアボカド。日本での輸入量は10年で約2倍に増えてぐっと身近になりましたが、実は世界的にも“最も消費が急拡大している果物”と言われるほどのブームとなっています。
ただあまりの人気に、生産地では環境破壊や麻薬カルテルによる誘拐事件まで引き起こされているんです。
スーパーの店頭に並ぶアボカドはどんなところから来たのか、知られざるストーリーを追いかけました。
(政経・国際番組部ディレクター 下方邦夫)

アボカドのふるさとで 貧困脱出“アボカド長者”誕生

都内のスーパーを訪ねると、入ってすぐの棚にまだ鮮やかな緑のアボカドが積み重なって並べられていました。

1つ198円、表示されていた産地は「メキシコ」。
実はメキシコが、世界全体の3割以上のアボカドを生産している最大の生産地なんです。

私たちはメキシコの中でも輸出用のほとんどを作っているという、中西部のミチョアカン州に向かいました。

ミチョアカン州のアボカド農園では、出荷で大忙しのシーズンを迎えていました。
ここ最近、最大の輸出先であるアメリカで大きなイベントがあるたびに大忙しになるそうです。

その理由は、スポーツなどをテレビ観戦しながら「ワカモレ(ペースト状のアボカド)」を食べるというスタイルが流行しているからだといいます。
例えばプロフットボールリーグのチャンピオンを決めるスーパーボウルでは、2月の数日だけでおよそ3億個ものアボカドが消費されると言われています。

「ソファーでテレビ観戦」というライフスタイルをきっかけの一つとして火が付いたアボカド人気。

健康的な食生活を求める先進国を中心に一気に消費が拡大し、世界のアボカド輸入額はこの10年で実に4倍以上に達しています。

今ではミチョアカン州から輸出される金額は年間約30億ドル(約4000億円)にものぼり、アボカドは“緑の黄金”と呼ばれるまでになりました。
このブームに沸いているのが、地元のアボカド農家です。

30年にわたりアボカドを育ててきた農家のグスマンさんは、かつては農園の大部分でトウモロコシや豆を育てていましたが、アボカドの出荷価格が年々値上がりするのを目にしてすべての畑をアボカド栽培に切り替えました。

収入は大幅に増加し、念願の一軒家を購入。

「人生が一変した」と興奮気味に話します。
アボカド農家 グスマンさん
「私たちの暮らしは以前は非常に厳しいものでしたが、アボカドが値上がりするようになり生活すべてが変わりました。
たとえ小さな農家であっても、十分な食事を食べて子どもたちを学校に通わせられるようになりました。
こんな状況を自分の目で見られるとは思ってもいなかった。まるで夢のようです」
アボカド栽培が始まる前、この一帯は産業がほとんどない「極貧」地域とされていて、多くの人が飢えに苦しんでいたといいます。

火山灰を多く含むやせた土壌だったため、穀物や野菜はほとんど育ちませんでした。

ただ、火山灰による水はけの良さ、高温多雨の気候はむしろアボカド栽培には理想的な条件でした。
アボカドが高値で売れるようになると、グスマンさんのようにこぞってアボカド栽培にのりだす農家が現れ、ミチョアカン州の栽培面積は10倍以上に拡大。

農園で働く労働者だけでなく、アボカドのこん包や運送など多くの雇用が生み出されました。

“アボカドマネー”にむらがる麻薬犯罪組織 行方不明者も

一方で、アボカドはこの地域に大きな問題をもたらしています。

麻薬カルテルが薬物に代わる「新たな資金源」として、アボカドに目をつけたのです。

農家を脅して売り上げの一部を巻き上げたり、農園自体を乗っ取ったりという犯罪行為が15年ほど前から各地で横行し、街の治安悪化を引き起こしています。

ミチョアカン州西部には、事件に巻き込まれた犠牲者のための碑が建てられました。
十字架と聖母マリア像の上には「アボカドによって行方不明になった人たち」として27人の名前が記されています。

住民によると、カルテルの不当な要求を断った農家らが誘拐され今も見つかっていないのだといいます。

麻薬カルテルに対抗するため、アボカド農家たちは自ら立ち上がりました。

8年ほど前からアボカド農家の人たちが武器を手に「自警団」を結成し、脅迫されている農家がいないか道路や農園のパトロールを始めたのです。
現在では行政にも認められた組織として高性能の銃や防弾チョッキを身に着け、地元の警察とも連携して農家の安全を守ろうとしています。

取り組みによって麻薬カルテルを追い出すことに成功し、治安は大きく改善しました。

しかし住民たちは「いつカルテルが戻ってくるかわからず不安だ」と話します。

私たちが町でインタビューしようとしても、住民の多くはカルテルから狙われることをおそれて、答えようとはしませんでした。

アボカドがもたらす環境破壊の“不都合な真実”

アボカド栽培の急拡大がもたらしたもう1つの大きな問題が、環境への影響です。

こちらの写真、真ん中でくっきりと色がわかれていますが、実は左側は森林を違法伐採して作られたアボカド畑なんです。
アボカドが高値で取り引きされるようになり、ミチョアカン州のトウモロコシ畑が一気にアボカド畑に置き換わっていきました。

トウモロコシ畑がなくなると、今度は自然林を違法に切り開く人たちが現れたのです。

自然林は、多いときには年間約1万1000ヘクタール(東京ドーム約2300個分)も伐採されたと試算されています。

中には世界遺産にも登録されている「モナルカチョウ保護区」も含まれていて、貴重なチョウが減少するおそれがあると指摘されています。

さらに懸念されているのが「水をめぐる問題」です。
ミチョアカン大学の最近の研究で、アボカドはこの地域に従来生えていたマツに比べて、樹木1本あたり5倍以上も水を吸い上げることがわかっています。

研究チームによると、州の一部の地域ではアボカド農家が栽培用の水を確保するため、付近の小川や井戸から違法に水をくみ上げ、巨大なため池を作ってしまうケースがあるといいます。

アボカド農園の近くに暮らす住民からは「農家がポンプで水をくみ上げてしまうので川の源流が枯れてしまった。飲み水も家畜用の水も不足している」という悲痛な声も聞かれました。

“違法ため池”の数は年々増え続け、いまでは2万個にのぼるといいます。

メキシコ政府の担当者は「問題を認識し懸念している」としつつ、「検査官の数も予算も少ないために政府の監視能力は低く、武装集団もいるために監視して処罰するのは容易ではない」と、違法行為を摘発するのは簡単ではないと明かしました。

「農場から食卓まで」 消費者にできることとは

アボカドブームが引き起こす犯罪や環境問題。

経済思想家の斎藤幸平さんは、南米チリでも輸出用のアボカド栽培が生活用水の不足を招いている例を挙げ、先進国の生活スタイルが生産地に多くの負担を押しつけていると指摘しています。
東京大学大学院准教授 斎藤幸平さん(経済思想)
「アボカドをはじめとして、“健康な暮らしをしたい、安くおいしいものを食べたい”という私たちの理想の生活を実現する条件の中に、他の地域における地球環境の破壊や人々の搾取といったものが織り込まれてしまっているという現実があります。
ブラジルにおける牛肉や大豆、東南アジアにおけるパーム油の生産が引き起こす森林伐採もアボカドと同じ構造の問題です。
先進国の消費者にとっては遠くの地で起こっていることであって、どうしても目を背けてしまう。
しかしこうした構造を変えていくためには、私たちは身近な食品の“不都合な真実”を直視しなくてはいけません」
アボカドがもたらす環境問題を直視し、解決するヒントになる取り組みが日本で始まっています。

商社などで長年アボカドの輸入に携わってきた川井篤士さんは、7年前から独自のルートで「環境負荷の少ないアボカド」の仕入れを行っています。

メキシコに何度も足を運び、麻薬カルテルの支配を受けていない地域の250あまりの農園と契約。

農園主と話し合いながら、「農園面積の60%を森林として保全すること」「栽培に雨水以外を使用しないこと」などの自主的な環境基準をつくりました。
アボカド輸入業 川井篤士さん
「アボカドを輸入するとき、通常はメキシコの輸出業者を通して買い付けますが、それだと個々の農園がどんな管理体制のもとで生産しているのかが見えません。
農園と直接つながることで問題があれば指導することもできるし、日本の消費者が環境に関心を持っていると伝えることもできます。
実際に現地に行ってみると、環境問題に取り組もうとしている若い世代の農園主がたくさんいることもわかりました」
持続可能な開発目標=SDGsの達成を掲げる川井さんに賛同する取引先は増えていて、今では高級ホテルやレストランなど30件以上が川井さんのアボカドを使うようになっています。

では私たち消費者は、どうすれば環境問題をあまり引き起こさずにおいしいアボカドを食べられるのでしょうか。

経済思想家の斎藤幸平さんが参考になるというのが、EUで掲げられるようになった「Farm to Fork(農場から食卓まで)」という政策です。

大量に輸入して大量に廃棄するのではなく、顔の見える生産者から適正な量で輸入することで、環境問題を別の国に押しつけるのを防ごうという取り組みです。

そのためには、私たち自身も「適正な量を食べる」というスタイルに変えていく必要があるといいます。

私たちがスーパーで手に取るアボカドは、どんな土地で、どんな人々がつくっているのか。

そしてその先にどんな問題があるのか。

思いをはせてみることから、世界は変わっていくかもしれません。
政経・国際番組部ディレクター
下方 邦夫
2012年入局
松山局を経て「おはよう日本」「国際報道2022」などを担当
ペルーに2年半滞在しスペイン語を学ぶ
現在は中南米を中心に取材