WEB特集

“マスクの顔しか知らない”子どもたち 大人ができることは

「子どもが物心ついてから常にマスク姿、モヤモヤする」
「表情が読めないことで子どもの発達に影響がないか不安」

これはNHKが行った子育て世代へのアンケートに寄せられた回答の一部です。
100を超える回答のうち特に多かったのが、コロナ禍で人との接触が減る中、子どもの発達を心配する声でした。
なかなか外出できず、友達と遊ぶ機会も減り、しかもみんなマスク姿…
コミュニケーションの機会が減る中、子どもの発達を促すために大人は何を心がけたらいいのでしょうか。
そのヒントを探して、各国の研究者や現場を訪ねました。

(NHKスペシャル「つながれ!チエノワ」取材班)

「考えたらゾッとした」“マスクの顔”が当たり前な世界

アンケートに声を寄せてくれたユミさんです。2年前に長男を出産。その直後からコロナ禍が始まりました。
長男がふだん会う大人のうちマスクをしていないのは両親と祖父母くらい。家から一歩外に出れば周りはみなマスク姿。そうした生活が子どもの発達に影響していないか心配はつきません。
ユミさん
ユミさん
「この子はマスクをした人の顔しか知らないんです。生まれてからずっとなんだと思うと、ゾッとしてしまって。これから発達していく中で、子どもの“心”がどんなふうになっていくのかなと」
先日久しぶりに年の近いいとことマスクを外して遊ばせたところ、長男はびっくりするほど喜んだといいます。
表情が見える形で人と関わることが大事だと改めて感じ、“マスク社会”で子育てをするうえで、大人が何を心がければいいか知りたいと話します。

言語機能が低下? 長期的な影響は不明

ブラウン大学 ショーン・ディオーニ博士
実際のところコロナ禍の生活は、子どもの成長に何らかの影響があるのでしょうか?今、世界中で研究が行われています。
取材を進めたところ、アメリカで気になる研究を見つけました。

ブラウン大学のショーン・ディオーニ博士が去年の夏に発表した論文です。

ディオーニ博士は2009年から10年以上にわたり、アメリカの0歳から3歳までの子ども1700人以上を対象にことばの発達などを記録してきました。
「親の声を認識するか」「簡単な指示を理解するか」といった反応から、ことばをどのくらい理解(認知)しているかを調査しています。

するとパンデミック以降に生まれた子どもが大半を占める2021年の調査では、幼児の言語機能は、基準値である100を大きく下回る「60」となったのです。
子どもたちの「言語機能」のデータ
ディオーニ博士はこの落ち込みの原因を、コロナ禍でマスクが義務づけられたり外出が制限されたりするなどの複合的な要因によって、「コミュニケーションの機会が減ったこと」にあると分析しています。

こうした幼児期の言語機能の低下が、長期的な発達に影響を与えるかどうかはまだわかっていません。
ブラウン大学 ショーン・ディオーニ博士
「家の土台をつくるのと一緒で、土台がしっかりしているほど高い建物を建てることができます。言語機能は本当に基本的なスキルですが、損なわれると、知能指数や学力に長期的な影響が出る可能性があります」
長期的な影響はまだわからないとはいえ、この研究を見て不安になった方も少なくないと思います。コロナ禍でコミュニケーションの機会が減る中、子どもの成長を促すには何が必要なのかディオーニ博士に尋ねると、意外な答えが返ってきました。

みずからも4歳の子どもがいる博士は、ある工夫を実践していると教えてくれたのです。
ブラウン大学 ショーン・ディオーニ博士
「脳は長期にわたって成長しますし、子どもの回復力は驚異的です。あるべきレベルに戻すために、もう1冊短い本を読んだり、もう1ページ読んだり、少しの工夫が大切です。愛情を確かめ合うこと、大切にされていると感じることが、強い絆と健全な脳を作る力となるのです」

大切なのは“大人が豊かな表情を作ること”

「コミュニケーションの機会が減る中では、周囲の大人が、意識的に表情を豊かにつくることが大切」。
そう指摘するのは、子どもの脳の発達を研究する京都大学の明和政子教授です。

明和教授によると、ことばや感情を理解する能力は小学生になるころまでの「脳発達の感受性期」に特に成長するといいます。子どもたちは相手の豊かに動く表情を見て、それをマネすることで相手の心を理解していくのだそうです。
京都大学大学院 教育学研究科 明和政子教授
京都大学大学院 教育学研究科 明和政子教授
「たとえば目の前にいる人がにっこり笑っている。それをマネして赤ちゃんもにっこり笑う。そして、にっこり笑うと赤ちゃんは“こんな気持ちなんだ”と自分の体を通して理解します。豊かな表情のマネのしあいは、すごく重要な学習の機会になっているわけです」
さらに明和教授は、リアルな会話だけではなく、テレビやネット動画を見せているときにも大人にできることがあると教えてくれました。
登場人物が笑ったり泣いたりしているシーンでは、子どもをだっこするなどふれあいながら、「あの人笑っているね、楽しそうだね」と教えてあげるのが効果的だといいます。
京都大学大学院 教育学研究科 明和政子教授
「ただ見せるだけでは一過性の興奮や刺激をもたらしますが、効果的な刺激にはなりません。触れ合うことで子どもは心地よさを感じ、脳と心の発達に効果的な支援になります」

イギリスでは総額8000億円の支援も

コロナ禍の子どもの発達を支援しようと、国をあげて取り組んでいるのがイギリスです。
保育園や学校を監査する教育水準局は、この2年間で2度、コロナ禍で子どもの発達に警鐘をならす報告書を発表。これをもとに政府が総額8000億円もの支援を行っています。

オンライン教室の開催、教師や保育士の能力開発、長期休暇中のアクティビティー提供プログラムなど10項目以上にもおよびます。

このうちの一つが、小学校入学前の子どもを対象にした「ことばの指導」です。
イギリス政府主導の「言葉の指導」の支援
プログラムは少人数と一対一の個別指導を20週間行います。苦手なことばはなんなのかを教員が把握し、繰り返しことばの手本を示していくなど、きめこまやかな指導が可能となっています。

こうした大人の努力があれば、多くの子どもへの影響は回避できると、担当者は考えています。
イギリス教育水準局 アマンダ・スピールマン主任検査官
イギリス教育水準局 アマンダ・スピールマン主任検査官
「私は楽観的に見ています。多くの子どもたちは遅れを取り戻すだろうと見ていますが、それには教員や両親の懸命な努力が求められます。“子どものために最大限のことをすべき”という強い世論が後押しとなっています」

「逆に子どもが伸びることも」

恵泉女学園大学 大日向雅美学長
最後に話を聞いたのは、半世紀近くにわたって子育ての悩みに耳を傾けてきた恵泉女学園大学の大日向雅美学長です。

子どもの発達心理が専門の大日向さんは、コロナ禍で失ったものは確かにあるかもしれないとしたうえで、それを意識的に補おうとすることで、子どもの力が逆に伸びることも考えられると話します。

大日向さんが、コミュニケーションを補う方法として勧めるのが、“親の好きな本”を読んであげること。「子どもの成長によさそうだから」といった理由で本を選ぶよりも、親が心から楽しいと思っている本を選ぶのが大切だそうです。子どもはことばだけでものごとを理解しているのではなく、親の真剣さや愛情を少しの声色から読み取ります。それがなによりのコミュニケーションになるといいます。
恵泉女学園大学 大日向雅美学長
「子どもってものすごい力があるんです。(コロナ禍で)なくなったものを嘆くよりも、それに代わるものをどうやって私たち大人や社会が子どもたちに与えることができるかが重要だと思います」
各地での取材を終えたあと、“マスク社会”での子育てに不安を感じていたユミさんに、さまざまな研究や取り組みについて、映像を見せながら紹介しました。
ユミさん
「ちょっと気が楽になりました。失ったものを取り戻すとか、そういうことはできるんだなと思って。ちょっと楽観的になりました」
私たちがお子さんは今どうしているか尋ねると、カメラを持ったまま寝室へと案内してくれました。
ユミさん
「映っていますか?…爆睡です(笑)。息子には“人と関わることを楽しめる人”に育っていってほしいなと思います」
コロナ禍で変化を余儀なくされた、子育てをめぐる環境。
コミュニケーションの機会が減る中で子どもの成長のためになにが必要なのか。各国での取材から改めて見えてきたのは、大人がしっかり向き合うことの大切さと、子どもが持つ可能性の大きさでした。

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