試着は“アバター”におまかせ 最新技術で服えらび

試着は“アバター”におまかせ 最新技術で服えらび
「ネットで服を買ったら、サイズが合わなかった」
「店で何回も試着するのはちょっと面倒…」

こうした服選びの“お悩み”を解決する新たな技術が開発されています。インターネット上の自分の分身「アバター」に試着をまかせてしまおうというのです。
この技術、アパレル業界の常識を変えるかもしれません。

(経済部記者 佐野裕美江)

気分はファッションショー!?

ライトアップされた画面上のランウェイをぞくぞくと歩いてくる、同じ顔をした6体のアバター。筆者が体験した「アバター試着」の様子です。

よく見ると、それぞれ違う服を着ているのがわかります。自分で選んだ6種類のコーディネートを、ファッションショーのように、同時に見比べることができるのです。

リアルな試着では絶対にマネできない仕掛けです。
アバター作りには、特殊な装置が使われます。高さおよそ2メートルの8本のポールで囲まれ、中には40台の小型カメラが取り付けられています。

装置に入り、肩幅に足を開いて立ったと思うと、わずか0.5秒で全身を撮影。そこから2分弱で自分のシルエットを再現したアバターの完成です。
アバターができあがると、あとはスマートフォンの専用アプリを使い、好みの服を選ぶだけです。

スマホの画面を操作すると、前後左右、見たい方向から確認できます。実際の試着の時には見えにくい背中側のシルエットもしっかり見られます。手間をかけずに複数のコーディネートを試着でき、しかも同時に比較も可能。いつも似たような服を選びがちな人でも、このアプリを使えば自分では選ばないコーディネートを気軽に“冒険”できる仕掛けです。

周りの目を気にして手にとれないような服を堂々と試着でき、小さな子どもから目が離せず、ゆっくり買い物ができないという子育て中の人にも便利なサービスです。

アバター試着 開発の背景

この「アバター試着」を開発したのは、大手広告代理店の博報堂と東京のIT企業・VRCです。新型コロナの感染拡大でネット通販の市場が一段と拡大する中、ネット上での買い物の“質”を上げるとともに、試着自体を、面倒な「作業」ではなく、楽しい「体験」へと位置づけられないか考えたのが、着想のきっかけだといいます。

まずは、アパレル企業のネット通販サイトと連携させ、客が自分のアバターで試着できるようにすることが目標です。また「アバター製造装置」を商業施設などに置いて、施設に出店するアパレル企業と連携しながら、店に足を運んでもらうきっかけ作りにしたいと考えています。
開発担当者 博報堂 尾崎徳行さん
「まず興味を持ってもらって、気軽に試着をしてもらうことで、その先に購買につなげていけると思う。それをエンターテインメントとして、より楽しい形で経済を動かしていきたい」

メタバースでデジタル服の販売も

さらに、その先に見据えるのは、仮想空間・メタバース上での展開です。

ネットユーザーが当たり前のようにアバターを持つ時代になれば、アバター試着は、現実世界での買い物の手助けにとどまらず、メタバース上でデジタルファッションを着こなすという、新たな使われ方が期待できるというのです。

実現すれば、アパレル企業にとって新たな収益源となる可能性も秘めています。
開発担当者 博報堂 尾崎徳行さん
「リアルな服の販売拡大がベースにはあるが、その先にはバーチャルでも服を購入して、2つの世界で消費が拡大してくる姿を描いている。そういう需要を顕在化させたいし、マーケットデザインもできるのではないか」

腕まくりも可能 着こなし再現

広がるアバター試着の動き。大手通信会社・ソフトバンクと、アパレルメーカーに素材などを提供する繊維の専門商社・MNインターファッションは共同で、ことし4月に新たなアプリを発表しました。

使うのは、まるでマネキンのようなアバターです。
まず、自分の身長のほか肩幅や股下、ウエストなど8つの項目のデータを入力して、自分自身の体型に設定。
完成したマネキン風のアバターに選んだ服を着せると、服のサイズ感を細かく見られるのに加え、着こなし方も自由に変えられます。

画面を指で触れると、腕まくりをしたり、アウターのボタンをかけたりはずしたり。さらにはズボンをずりおろしてはく、いわゆる“腰パン”スタイルまで、実際の試着さながらに確かめることができます。
このアバター、歩いたり座ったりする動作をした時に、服のどの部分に大きな力がかかっているか、色で見分けられる機能も備えています。きつい部分ほど赤色、逆にゆとりがある部分が青色で表示され、例えばボトムスだと、座った時に膝の部分が赤くなります。

服を着ている時に突っ張るような感覚まで可視化することを目指しています。
展示会に訪れたアパレル業界関係者
「もう少し体の動きや服の動きがぎこちない感じになるのかなと思ったが、体型の細かい設定ができるのはすごい。ECでは出遅れてしまった部分もあるので、自社にはない技術として活用することも検討したい」

試作品ゼロの服づくり

このマネキン風アバターは、服作りの在り方を根本から変えようとしています。

この商社では、年間2000着の服のサンプルを手がけています。しかし、それらはアパレル企業への提案や展示が済めば、お役御免で廃棄処分に。

私たち消費者が店で手にする服は、実は完成するずっと前の段階で、多くのむだを出してしまっているのです。
商社では、アバターを使ってデジタル化した服の生産を実証しようと、新たな自社ブランドを立ち上げました。

服をデジタル技術でデザインする専用ソフトを使い、アバターに服を着せながら、デザイン性を高めていきます。

アパレル企業向けの服のサンプル作り以外に、自社ブランドの服ももともと手がけていたこの会社。
デジタル化によって、図面を描き、何度も試作品を作ってはチェックを繰り返すというこれまでの工程が一新。なんと試作品を一度も作らずに商品が完成したというのです。
社内の関係者や取り引き先とのサンプル確認もオンライン。一か所に集まる必要がなくなりました。

こうすることで、服作りの効率アップにつながる上、アパレル業界で課題となっている服の大量廃棄も減らせると考えています。
MNインターファッション 企画開発部長 米崎尊路さん
「生地やボタンなど、いろんなものを取り寄せて工場に送って、縫ってと時間がかかる。デジタル化することで、サンプル作りのスピードも、商品の精度も上げることができた」

※米崎尊路さんの「さき」はたつざき

普及のカギは担い手の育成

ただ、服作りのデジタル化を今後本格的に普及させるには、人材の育成がカギになるといいます。

デジタルのサンプルは、特殊な技術の習得に時間がかかることもあり、担い手が少ないのが現状です。会社では、自社での実績を積み重ねるとともに、商社としてのネットワークを生かして幅広いアパレル企業と連携しながら、デジタル化のメリットを共有し、業界全体に促していきたいとしています。
MNインターファッション 企画開発部長 米崎尊路さん
「担い手の少なさやコストへの理解度は課題としてあるが、デジタルのサンプルは、服を作る過程の効率化だけでなく、販売にも活用でき資産になりうる。デジタルサンプルを業界の皆さんに活用してもらって、広げていく、その懸け橋になっていきたい」
技術の進歩で、より本物に近い「分身」へと進化を続けるアバター。

オンライン上でキャラクターを操作する仕掛けが、暮らしを彩るファッションの在り方をも変えようとしています。

これからの私たちの服選び、楽しみ方が広がりそうです。
経済部記者
佐野 裕美江
青森局、むつ支局を経て経済部で流通業界を担当
洋服のネット購入成功率は6割程度