WEB特集

“進撃の小さな巨人” 史上最強の侵略生物!? アルゼンチンアリ

いま “史上最強の侵略生物” と恐れられる、ある小さな生き物が、日本でひそかに繁殖し、生息範囲を拡大させている。

その名は “アルゼンチンアリ”

南米原産の小さなアリだが、爆発的な繁殖力で私たちの生活圏に侵入している実態が明らかになってきた。
海外では農業や生態系、人の暮らしにも深刻な被害が報告されている。

研究者たちが “対策待ったなし” と最大級の警告を発する、侵略者。
その生態の脅威と対策に迫る。
(科学文化部 記者 島田尚朗/クローズアップ現代 取材班)

ひとりでに鳴るインターホン

兵庫県伊丹市に住む加藤裕一さん夫妻は、ある奇妙な現象に悩まされていた。
加藤さん夫妻
加藤裕一さん
「しょっちゅうピンポンが鳴るんです。ハイって出てきたら誰もいない」
最初は「近所の子どものいたずら」だと思っていた。
付け替えたばかりだったインターホン。
昼夜問わず、あまりに頻繁に鳴るので「故障かな」と思い開けてみた。

中には、無数のアリと卵がびっしりとこびりついている。
モゾモゾとうごめく様子に仰天した。
加藤裕一さん
「もうびっくりしました。本当に気持ち悪い。どうもアリがインターホンの機器類に接触して音が鳴る、そういう現象が起こっていたようです。今は買い替え、それ以降、音は鳴らなくなりました」
加藤さんの家では、ほかにもアリによるとみられる被害が起きていた。
風呂の操作パネル(交換後)
加藤裕一さん
「お風呂の操作パネルとか、配管から入り込んで壊れました。電気温水器を替えなくてはならず、全部で80万円ぐらいかかりました。飼っている犬のドッグフードには、すぐに真っ黒になるぐらいアリが来て、自宅がアリだらけになります」
また同じ地区に住む、別の女性は睡眠に支障が出て悩まされていると話した。
女性
「布団の中へ入ってきてかむんですよね。いてって感じで。去年、おととし、本当に眠れなかったです。ストレスがたまりますね。夜、もぞもぞとして、たまにカチンとかまれると、むかっときちゃって」

史上最強の侵略生物?アルゼンチンアリとは

どんな小さな隙間からでも侵入、あらゆる場所に巣を作って数を爆発的に増やしていく。

伊丹市の住民を悩ましているこのアリの名は、アルゼンチンアリ。

外来アリに詳しい兵庫県立大学の橋本佳明特任教授は次のように警告する。
左:兵庫県立大学 橋本佳明特任教授
兵庫県立大学 橋本佳明 特任教授
「このアリのすごい能力は、どんなところでも巣を作ることができる。逆にいうとどこでも広がっていける。また足も速くてすぐにみんなで別の場所に引っ越す。さらに一日30個から40個の卵を産んでどんどん増える。“ネズミ算”といいますが、まさに “アルゼンチンアリ算” で増えていく」
アルゼンチンアリ
アルゼンチンアリは、もともと南米が原産の外来アリだ。
褐色で、体長は2.5ミリほど。
12都府県で確認(※静岡県は2019年に根絶宣言)
どのように日本に入ってきたか定かではないが、海外から貨物船によって運ばれてきた積み荷に紛れ込んできたという考え方が有力だ。

1993年に、広島県の廿日市市で初めて国内への侵入が確認され、西日本、中部地方、関東へと生息範囲を広げてきた。

2005年には特定外来生物に指定され、環境省などによると2022年6月現在、12都府県で確認されている。

アルゼンチンアリの脅威1 繁殖力

同じ特定外来生物のヒアリと比べると、毒針はなく、体も小さく、かむ力も弱いアルゼンチンアリ。

専門家たちは、なぜそれほど危機感を持っているのか。
理由の1つが「驚異の繁殖力」だ。
アルゼンチンアリの「女王アリ」
その繁殖力の源が「女王アリ」。
一般的なアリは、巣の中に女王アリは1匹だが、アルゼンチンアリの場合は1つの巣に多数の女王アリがいる。

気温が上がる春から夏にかけて活発に繁殖。
専門家によれば、それぞれの女王アリは一日に40個から60個、卵を産み、そのうちの1つは新たな女王アリの卵だという。

つまり単純に考えると、女王アリは、一日に1匹、みずからと同じ産卵能力を持つ新たな女王アリを産む。

新たな女王は、条件がよければおよそ2か月で成虫となり産卵できるようになる。

このため、個体数は爆発的に増加、圧倒的な数を武器に、他の在来種などを駆逐していくのだ。
爆発的に増加する
殺虫剤を開発しているメーカーの担当者
「繁殖のスピードが速すぎて、例えば巣の一部を取り除くなどしても、関係なく復活してしまう。女王をしっかりと殺さないと駆除できない」

アルゼンチンアリの脅威2 スーパーコロニー

世界に広がる「スーパーコロニー」
生息域を急速に拡大させることができるもう一つの理由は「スーパーコロニー」と呼ばれる、巨大な血縁の集団を形成することだ。

「コロニー」と呼ばれる同じ血縁の集団が、さらに広大な範囲まで延伸したものを「スーパーコロニー」と呼ぶ。
地中海地方では、イタリアからポルトガルまで国境を超えて6000キロにおよぶスーパーコロニーが形成されていた事例も知られている。

一般的に、別の巣のアリは同じ種であっても争うことがあるが、外来アリとして海外に進出しているアルゼンチンアリは、同じ遺伝子型を持つ血縁どうしでまるで1つの巨大な家族のように互いの巣を行き来したり、餌を取ったりと、協力関係を構築することで、さらに勢力を拡大することができるという。
森林研究・整備機構 砂村栄力 主任研究員
森林研究・整備機構 砂村栄力 主任研究員
「いったん地球規模でのスーパーコロニーが広がってしまうと歯止めがきかなくなってしまう。協力し合って、徒党を組んで襲ってくるということが、本当にすさまじいところがある」

世界ではここまで被害が!

すでに巨大なスーパーコロニーが作られ、大きな被害が出ている国のひとつがニュージーランドだ。

毎年春から夏にかけて、ひっきりなしに住民から相談があり、駆除作業に追われると話す防除業者の代表は、衝撃的な事例を打ち明けてくれた。
ニュージーランドの防除業者 ビブ・バン・ダイク社長
「私が見た中でいちばん深刻だったのは、認知症の人のための施設での被害です。夜になるとベッドで寝ている患者の上にアリがやってきて、耳や鼻、目や口の中に入っていたり、顔に付着したよだれをなめたりしていました。ひどい状況で、看護スタッフは夜を徹して、患者からアリを払い落としていました」
アルゼンチンアリは、患者の血液や膿(うみ)などの体液にも好んで集まることが報告されている。

また、体の表面に病原菌を付着させたアリが病院内で感染を広げる危険性も指摘されている。

深刻な被害は、産業にも及んでいる。
ニュージーランド、北部のオークランド近郊で養蜂業を営むピート・ジョンストンさんは、アルゼンチンアリの大量発生によって、それまで営んでいた場所での養蜂ができなくなった。
養蜂家 ピート・ジョンストンさん
養蜂家 ピート・ジョンストンさん
「心底がっかりしました。アリがハチの巣箱の中に侵入して、台なしにしたんです。蜂蜜は食べ尽くされ、ハチたちが殺されていたんです。やつらを止めるのは不可能です」
アリ探知犬
オークランドでは、防除の作業を効率的に進めるために、人の目につきにくいアルゼンチンアリを臭いで探し当てる探知犬を育成している。
オークランド市 バイオセキュリティ・アドバイザー ブライアン・シールズさん
「何もしなければニュージーランド全土にアルゼンチンアリが広がってしまうでしょう」
農業への影響は、アメリカや南米、南アフリカで、オレンジなどのかんきつ類やブドウ畑などで大きな被害が報告されている。

アルゼンチンアリはアブラムシやカイガラムシなどの植物に害を与える昆虫を天敵から保護する性質があり、植物は二次的に被害を受けるのだ。

日本でのアリの被害の実態も初めて明らかに

大阪空港
ことし4月、冒頭で紹介した加藤さんたちが暮らす兵庫県伊丹市にある大阪空港の敷地の一部でアルゼンチンアリの大量繁殖が明らかになった。

専門家は、アルゼンチンアリは電子機器類やケーブルに集まって入り込む習性があり、空港の機器類をショートさせたり、異常を起こさせたりするおそれもあると指摘している。

同時に、空港の周辺の住宅地にも生息域を広げていることも懸念され、兵庫県は対策会議を発足させた。
住民へのアンケート
会議の座長として陣頭指揮をとる橋本さんとともに、空港周辺の住宅街で取材を進めたところ、被害は少なくとも3年ほど前から続いていることが分かってきた。

橋本さんらは、5月上旬、周辺の住民にアンケートを実施。
その結果、アリによる深刻な被害の実態が明らかになってきた。
アルゼンチンアリ被害アンケート(133世帯)
回答が得られたのは、133世帯。
このうちおよそ8割(78.19%)が「大量に生息していて被害やストレスがある」と回答。

そして侵入被害がある住宅のうち、およそ20%で、アリが布団に入り込んで足をかんだり、腕をはったりすることなどによる「睡眠障害」があると回答した。

「アリが多いと感じるようになった年」は、2018年が9世帯だったのが、2019年に22世帯と急増。
その後、2020年、2021年には28世帯となっていた。

被害内容については(複数回答あり)
「家の中に侵入(89世帯)」
「食べ物・機器に群がる(71世帯)」
「屋外の物置・鉢植えへの侵入(68世帯)」が上位3位を占めた。

このほか、
「機器破損やアリの死がいやふんなどの汚れによる機能不全(6世帯)」も見られた。

屋外の侵入例では「インターホン」「防犯カメラ」「エアコン室外機」といった回答が寄せられた。

初めて明らかになった被害を訴える住民の声。
橋本さんは、早急な対策が必要だと、最大級の警告を発している。
兵庫県立大学 橋本佳明 特任教授
「私たちはアリに勝つか負けるかの瀬戸際の段階にいる。今すぐに対策を始めないと、すさまじい地獄が待っている」

進撃の小さな巨人から「防衛ライン」を守れ

「トラップ」を確認
この日、橋本さんは事前に国道沿いに仕掛けた「トラップ」と呼ばれる粘着シートの回収に向かった。

トラップで捕らえたアルゼンチンアリの数を調べ、正確な分布域を調べることで、効果的な防除の計画を立てることができるという。

トラップに入っていたアリを顕微鏡を使って1匹ずつ観察していく。
気の遠くなるような、地道な作業だ。

対策チームはこれまで200以上の地点の調査結果をマッピング。
おおよその分布域を特定することができた。

空港の西側25万平方メートルの範囲での生息が確認されたが、南側に幹線道路を越えた密集した市街地までは広がっていなかった。
このため、幹線道路の国道を、防衛ラインに設定して守ることにした。
兵庫県立大学 橋本佳明 特任教授
「いったん住宅地にアルゼンチンアリが定着して繁殖すると、例えて言うとアリの巣の中で僕らは暮らしているようになってしまう。今はギリギリ、ある区域の“小さな進撃の巨人”を食い止めている。この壁を突破させないことが大事」

アリ根絶に“私有地”の壁

効果的に防除を実施して、生息範囲の拡大を抑えるためには、何が大事なのか。

愛知県豊橋市は、最初の発見から10年以上がたつ今も、アルゼンチンアリとの攻防を続けている。
駆除の様子
豊橋市で、最初にアルゼンチンアリが見つかったのは11年前。
明海町の港に近い工場団地の一画だった。

すぐに駆除作業に取り組んだが、大きな壁が立ちはだかった。
工場など民間の私有地は、調査に立ち入ることも、防除するよう強制することもできなかったという。

市の防除や調査は、道路沿いなど限られた範囲にとどまり、分布域の把握に時間がかかった。
豊橋市 環境保全課 山崎健さん
「会社の土地の中にわれわれが入れないという問題がありました。もし会社の中の土地で繁殖してしまうと、駆除が非常に困難で、知らない間に増えて、どんどん移動することもあり、その分を特定できない」
そして、最初の発見から6年後。
北東におよそ10キロ離れた市の中心部の住宅街でも発生が確認された。

市は対策にかける経費を4倍近くに増やしたが、増加のペースに追いつけず、今も一進一退の状況が続いている。
豊橋市 環境保全課 山崎健さん
豊橋市 環境保全課 山崎健さん
「非常に痛いところだが、生息域は広がりつつあるのが実情です。頑張ってはいるのですが、拡大のレベルのほうが速すぎて、追いついていない部分もある」
こうした中、少しでも効果をあげようと、新たな工夫も始めている。

市販の駆除用の餌に「ジャム」で甘さを足すなどして、より食いつきやすくなるようにしているのだ。
ジャムで駆除用の餌に甘みをつける
当時 新しい駆除用の餌の開発を担当していた 首藤慧さん
「ジャムを市販の毒餌に対して3分の1ぐらい入れている。何とかアルゼンチンアリに食べてもらおうと、今月はリンゴ味、来月はブルーベリー味、再来月はイチゴ味にしようと、アリが飽きないよう、味にバリエーションを持たせています」
実際に現場で使ってみると、ジャムを囲むようにアリが群がってきた。
確かに食いつきはいいように見える。

餌の開発からまもなく2年。
今も根絶に向けた模索が続く。
首藤慧さん
当時 新しい駆除用の餌の開発を担当していた 首藤慧さん
「アリとの戦いに勝ちたいが、難しい。数も多く、これ以上に増やさないように何とか食い止めている。今はそのような状況です」

迅速に理解を得て根絶成功も

一方、いったん広まったアルゼンチンアリの根絶に成功した地域もある。
静岡市だ。
ふじのくに地球環境史ミュージアム 岸本年郎さん
市のアドバイザーとして携わってきた、ふじのくに地球環境史ミュージアムの岸本年郎さん。
成功の決め手は「地域の協力」だったという。

はじめにアリが見つかってからおよそ1年の間に東京ドーム3つ分ほどの区画で生息が確認された。

この範囲には、住宅だけでなく工場や商業施設なども含まれていたが、ほぼすべての敷地の所有者が協力してくれたことで、実態を把握することができたという。
ふじのくに地球環境史ミュージアム 岸本年郎さん
「このエリアには企業や民家など、さまざまな土地所有者がいたが、行政側も丁寧に説明をしてくれたので、地域の方々の協力を得ることができた。これはとても大きいことだった」
静岡市は、住民向けの説明会をくり返し実施、対策への必要性を丁寧に訴えた。
駆除用の餌を付録にした「回覧板」も200部以上配布した。
静岡市の当時の担当者 伊熊良至さん
静岡市の当時の担当者 伊熊良至さん
「その時点では住民に直接の被害がなかったので、なぜやるのか、ほかにやることがあるだろうのような声もあったが、今やらないといけないと説明した。迅速に動かないといけないという危機感は、みんなと共有できたと思う」
調査で判明した生息エリアでくまなく防除を行ったことで、3年目にはアルゼンチンアリはほとんど見られなくなり、2019年には根絶を宣言することができた。

現在も、再侵入や発生の兆しがないか、専門家たちと監視を続けている。

そして、最近では、アルゼンチンアリが消えたことで、いったん見られなくなったという懐かしい生き物も姿を現している。
在来のアリ
ふじのくに地球環境史ミュージアム 岸本年郎さん
「在来のアリで、ウメマツオオアリという種類です。アルゼンチンアリがこのあたりにいたときは、在来アリがほぼ見られない状況だったので、在来アリが何種類も歩いているのは感慨深いです」
調査や防除の壁になっていた私有地の立ち入りについては、外来生物法が改正され、来年春から都道府県や市町村が生息調査の目的で立ち入ることができるようになる。

身近な“異変”に気付くことが第一歩

私たちの身近にも生息しているかもしれないアルゼンチンアリ。
怪しいアリを見かけた場合、どうすればいいのか。
アルゼンチンアリはいくつか特徴はあるものの、素人が見分けることは難しいとされる。

帯状に行列をつくっていたり、動くスピードが他のアリと比べると速かったりしたら注意が必要だ。

防除は、市販の毒餌(ベイト剤)や殺虫スプレーで可能だが、住宅の中などに大量に侵入してくる場合もある。

環境省は、見つけた場合は不用意につかまえず、その場所の管理者や行政機関に相談することを勧めている。

国立環境研究所は、ホームページで侵入生物の特徴や分布域などを記したデータベースを公開していて、参考にしてほしいとしている。

国立環境研究所の五箇公一室長は「異変に気付くことが重要だ」と指摘する。
国立環境研究所 五箇公一室長
国立環境研究所 五箇公一室長
「自分たちが暮らす身近な生活の周辺には、ふだんどんな生き物がいるのか。知っておくことで、“異変”に気付くことができる。まずは周囲の自然を知ること、それが私たちにできる外来種対策の第一歩です」

外来生物が問いかけること

アルゼンチンアリは、原産地では天敵のほか、より強いアリなどの競合相手もいるため、ここまで勢力を拡大することもなく、他の生き物の食べ残しなどを餌にしてほそぼそと暮らしているという。

だが、いったん海外に出た彼らは、一気に「史上最強」とも呼ばれる侵略生物となった。

海に囲まれた日本は、外来種にとっては天敵も競合相手もおらず、空き家など隠れがとなる場所や豊富な餌にも恵まれた、まさに天国のような環境だ。

彼らがここまで勢力を拡大しているのは、その独特の生態だけではなく、実は、私たち人間の側にも、その一因があることを忘れてはならないと思う。
科学文化部 記者
島田尚朗
2010年入局 福岡県出身
広島ー静岡ー福岡局を経て現所属
現在はIT・文化班にてサイバーセキュリティーと消費者問題を担当
新たな得意分野にしようと、最近プログラミングも始めた

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