小倉美咲さん母親 ホームページに思い「娘を諦める事できず」

5月、山梨県道志村の山中で見つかった骨とDNA型が一致することが確認された小倉美咲さんの母親が3日、ホームページを更新し「娘を諦める事はできず、とても受け入れることができません」などと思いを記しました。

山梨県道志村のキャンプ場で3年前に行方不明となった、当時小学1年生で千葉県の小倉美咲さんをめぐっては、キャンプ場近くの山中の捜索で見つかった複数の骨とDNAの型が一致したことが、5月、警察の鑑定で確認されています。

母親の小倉とも子さんは3日午後8時前、ホームページを更新し、現在の思いを記しました。

この中で、とも子さんは、鑑定結果の報告を受けたときのことについて「頭が真っ白になり何も考えられず、全く言葉が出ず、ただただ涙だけが溢れていました」と当時の心境をつづっています。

また「DNA鑑定は理論上、100%だと言い切る事は不可能なようですので、美咲ではないという可能性が少しでもあるのなら…と、母親として今も美咲が無事に戻ってくる事を信じていますし、また美咲をこの手で抱きしめたいと願っています」としたうえで、「娘を諦める事はできず、とても受け入れることができません」と記しています。

そして、警察や関係者への感謝を記したうえで「これまで本当に多くの方にご協力をいただきご迷惑もおかけして、まだまだ書ききれない感謝の想いがたくさんあるのですが、あの日からこの2年8ヶ月の間、美咲が無事に帰ってきてまた笑顔で一緒に生活が出来る事だけを信じて活動してきたので、4月からの出来事に、頭と心の整理がつかず、今はこれだけしかお伝えできない事をどうかお許しください」としています。

警察は、周辺の捜索を続けるとともに事件と事故の両面で捜査を進めています。

ホームページの掲載全文

小倉美咲さんの母親の小倉とも子さんがホームページの更新により掲載した全文です。

皆様へキャンプ場関係者、近隣の皆様、道志村役場、どうし道の駅の皆様、捜索してくださった地元消防団の皆様、ボランティアの皆様、消防,自衛隊の皆様、チラシの掲示/配布にご協力くださっているボランティアの皆様、インターネット、SNSのご協力してくださった皆様、娘に関心をお寄せいただき見守ってくださっているすべての皆様、これまで多大なるお力添えをいただいておりながら、しばらく何もお話しすることができず申し訳ありませんでした。

5月14日に警察から、道志村で見つかった肩甲骨について、「美咲さんのDNAと一致した」という鑑定の報告を受けました。

DNA鑑定は理論上、100%だと言い切る事は不可能なようですので、美咲ではないという可能性が少しでもあるのなら…と、母親として今も美咲が無事に戻ってくる事を信じていますし、また美咲をこの手で抱きしめたいと願っています。

ご理解いただくことは難しいかもしれないと思っておりますが、これが今の私の正直な気持ちです。

警察からDNA鑑定結果の報告を受けた時、頭が真っ白になり何も考えられず、全く言葉が出ず、ただただ涙だけが溢れていました。

あれから2週間以上が経ちますが、今でもこれが現実なのかわからず、受け入れる事ができず、残された可能性を考えてしまいます。

行方がわからなくなってしまった日から、美咲はどこにいるのだろうか、どのように過ごしているのだろうか、寒くはないだろうか、暑くはないだろうか、ご飯は食べられているだろうか、ちゃんと眠れているのだろうかと心配しながら、娘の無事を信じ捜し続けてきました。

4月末に人骨が発見されたと突然電話を受けて、これまで考えることもなかった事が頭をよぎり、まもなくしてDNA鑑定、ミトコンドリア鑑定と次々と想定していない事が続く中、ずっと美咲の無事を祈りながら過ごしてきました。

警察の方から口頭でDNA鑑定の結果を説明されただけでは、娘を諦める事はできず、とても受け入れることができません。

警察の捜索は今も続いており、まだ私の手元には何一つ届いていません。

今、私の元にあるのは、美咲と一緒に笑顔で幸せに過ごしていた思い出と未来への小さな希望だけです。

あの日「ママ、私も行ってもいい?」と聞いてくれた美咲に「いいよ、いってらっしゃい」と声をかけ、友達のところへ笑顔で向かった美咲の姿が、私が見た最後の美咲の姿です。

あれ以来自分を責めなかった日はなく、後悔しなかった日はありません。

あの時声をかけてくれたのになぜ付いて行かなかったのか…。

悔やんでも悔やみきれないこの愚かな自分に対し憤る気持ちは一生消えないと思います。

あの時の美咲の笑顔や愛おしい姿は今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。

その記憶は全く薄れていません。

「お骨になってでもせっかく帰ってきた美咲ちゃんを受け止めてあげて」とお言葉を頂いても、「希望的観測の上に行動しても全く意味がありません」とお叱りのメールが届いても、今は納得することも受け止めることも難しく、メールにまともに目を通すことも出来ません。

私が「娘の無事を今も信じている」こと、ご理解いただけるものではないと思っております。

様々なご意見やご批判が寄せられるだろうとも思っており、今このような状態で公に言葉を発することに関してずっと悩んでいました。

ただ、今まで長くご協力いただき支えて下さった皆様に対して感謝の言葉ひとつも伝える事ができていないことが申し訳なく思っていました。

美咲に対する私の正直な気持ちを偽ることは出来ないので、今の気持ちを包み隠さず綴らせていただきました。

ホームページやSNSを通して大変多くのご連絡を頂いておりますが、今は心も頭も全く余裕がなくメッセージの内容によっては気持ちが苦しくなってしまうものもあり、何一つお返事も出来ておりませんが、私達家族のことを心配し気にかけてくださるお気持ち、大変有難く思っております。

警察から報告を受けてから、何も手につかず人と話すことができない日々が続いていましたが、今は心配して連絡をくれていた友人や知人へ返事も少しずつできるようになりました。

今の私には美咲の事は、神様に無事を祈ること以外は何も出来ませんので、毎日、娘が無事に戻ってきてくれるようにと祈りながら、今母親としてするべき事は目の前にいる長女の心と体を守ることなので、長女との時間を大切に一緒に過ごすようにしています。

キャンプ場関係者、近隣の皆様、道志村役場、どうし道の駅の皆様、捜索してくださった地元消防団の皆様、ボランティアの皆様、消防、自衛隊の皆様、チラシの掲示/配布にご協力くださっているボランティアの皆様、インターネット、SNSのご協力してくださった皆様、娘に関心をお寄せいただき見守ってくださっているすべての皆様のこれまでのご協力に心から感謝しております。

本当にありがとうございます。

警察の皆様、当時からの捜索、捜査、また今も一ヶ月以上も天候や足元の悪い場所での捜索を続けてくださり、心より感謝しております。

本当にありがとうございます。

引き続きご協力よろしくお願い致します。

これまで本当に多くの方にご協力をいただきご迷惑もおかけして、まだまだ書ききれない感謝の想いがたくさんあるのですが、あの日からこの2年8ヶ月の間、美咲が無事に帰ってきてまた笑顔で一緒に生活が出来る事だけを信じて活動してきたので、4月からの出来事に、頭と心の整理がつかず、今はこれだけしかお伝えできない事をどうかお許しください。

今警察から話を聞いているお骨がもし本当に美咲だとしたら…現実を理解し受け入れられるようになるまで、しばらく時間がかかるかもしれません。

これまで美咲の情報提供に繋がってほしい、美咲を忘れてほしくない、という思いで取材を積極的に受けたり、SNSで日々呼び掛けをしてきました。

私の方からお騒がせしておきながら大変恐縮ではありますが、気持ちの整理がつくまで静かに過ごさせていただければ有難いです。

また、今はホームページやSNSを閉じることは考えておりません。

ホームページの情報提供フォームもSNSのDMも開けたままにしております。

今は寄せられるご連絡が数も多く全く返信ができていませんが、情報提供は見落としがないようこれまで通り全て確認しております。

思い出したことや何か情報がありましたら、娘の為に情報提供をお願い致します。

引き続き変わらず、どんな些細な事でもご連絡ください。

娘に関する情報は警察へ報告させていただきます。

警察への直接の情報提供は、山梨県警察大月警察署へお願い致します。

どうぞ引き続きご協力をよろしくお願いいたします。

美咲と笑顔で抱き合える日が来る事を今も心から願っています。

2022年06月03日美咲の母親小倉とも子