従業員の「やる気」が会社の業績を左右する?

従業員の「やる気」が会社の業績を左右する?
あなたは今の仕事に「やる気」をもって臨んでいますか?
こう聞かれて「やりがいがあってとても満足」と答える人もいれば「やってられないよな」とグチをこぼす人まで、さまざまでしょう。
昔から従業員のやる気は重要だとは認識されていたと思いますが、今、それが企業が開示すべき経営情報となり、投資家が「やる気」の度合いで投資先を選ぶ時代に入ろうとしています。
上司のみなさん、これは本腰を入れないと大変なことになりますよ。
(山田裕規記者 長野幸代記者 井上聡一郎ディレクター)

あるある!ウチの会社でも…

「上司に業務改善の意見を言っても『それは違う』と聞く耳持たず、次第にみんなが何を言っても変わらないという雰囲気になっている」

「職場の縦割り意識が強く、前例踏襲主義。『新しい時代だ、イノベーションだ』と上司は言うけれど、斬新な提案は通った試しがない」

「人気グッズの売れ行きが伸びたはいいが、対応する人が足りず、大忙し。
業務は増えても人増やさず。残業ばかりで疲労感がたまる一方」
こんなケースを経験された方、いらっしゃるのではないでしょうか。

エンゲージメントという指標

どうすれば従業員にいきいきと仕事をしてもらえるのか。

注目されているのが「エンゲージメント」という指標です。

聞き慣れない言葉ですが、「従業員の会社に対する愛着や貢献したいという気持ち」を指します。

いわば社員の「やる気」とも解釈できます。

日本は23の国と地域中、最低

しかし、日本は海外に比べてこの「エンゲージメント」の数値が低いというデータがあります。

アメリカのコンサルティング会社「コーン・フェリー」は、「会社への貢献意欲」や「仕事に取り組む姿勢」が良好だとする社員の割合を世界各国で調べています。

2020年のデータを見ると、日本が56%と調査対象の23の国と地域の中で最も低い数値でした。
6年連続で世界最下位。

世界平均から10ポイント低く、しかも、平均を大きく下回る傾向は10年も続いているのです。

コンサルティング会社の担当者は、日本のエンゲージメントの数値が低いことについて次のように分析しています。
コンサルティング会社の担当者
「日本型の終身雇用だと社員は簡単にやめない傾向があるため、会社側もエンゲージメントを良くしようという動機づけが足りなかった。
また、減点主義の風土があり、自発的な努力も起きにくい。
年功序列の企業は、大量採用時代の社員の平均年齢が上昇することで『代理』や『補佐』といったポストが乱立し、こうした人材が滞留することで特に若手社員の意欲が低下していることも背景にある」

「やる気指標」海外では重要な経営情報に

このエンゲージメント、単なる職場アンケートや内部調査程度だと思っていたら大違い。

ここ数年、海外ではこの数値を企業の経営を把握する情報として、開示を義務化する動きが広がっているのです。
アメリカでは証券取引委員会が、2020年から上場企業に対し、従業員の育成や採用などの状況に関する情報の開示を義務づけました。

背景にはやる気のある従業員が多い企業は業績がいいという調査結果があるからです。
「コーン・フェリー」の調査ではエンゲージメントの上位4分の1の企業は利益の伸び率が14%余りだったのに対して下位4分の1の企業は8%余りと大きな開きがある結果になりました。

世界では開示に積極的な企業も次々と登場しています。
フランスに本部がある大手保険グループ「アクサ」の株主総会で人事責任者は次のようにアピールしました。
アクサ 最高人事責任者
「(コロナ禍で)厳しい時期でもチームスピリットは強く、従業員のエンゲージメントの指数は上昇した」

投資家も注目

投資家もエンゲージメント指標に注目しています。

世界有数の規模を誇るアメリカの資産運用会社「ブラックロック」は、独自に投資先の従業員の満足度を分析していて、従業員がいきいきと働ける会社かどうかが投資先を選定する上で重要だと話しています。
ブラックロック・ジャパン 運用責任者 福島取締役
「いい人材が集まって活躍するような企業になり、さらに人材を呼んでくるなら、これは必ず企業価値につながっていくので、投資家目線からしても非常に重要だ。
少子高齢化の中では、本当に良い人材を維持しないといけないし、それができない企業は淘汰(とうた)されていくと思う」

日本も動き出した

日本政府も動き出しています。

エンゲージメントや人材育成、多様性の確保といった企業の人材への投資に関する経営情報を開示する指針をこの夏にも決定する方針です。
国内で「エンゲージメント」を指標化する、いわば「やる気」を見える化するサービスを提供している東京のコンサルティング会社を訪ねました。

最近、企業からの問い合わせは増えており、関心の高さがうかがえるといいます。

どうやって指標化?

ここで素朴な疑問がわいてきました。

どうやって「やる気」を指標化するのでしょうか。

この会社では顧客企業の社員に対してインターネット上のアンケートで、会社の組織風土や制度、職場環境などおよそ130にものぼる質問をして、「満足度」と「期待度」を5段階で評価してもらいます。
ポイントは、「満足度」だけでなく「期待度」も尋ねることだといいます。

例えば、給与の期待度が低ければ満足度が低くてもスコアの減少にはつながりません。

もともと期待していないので実際に低くても「やる気」に大きな影響はないと考えるわけです。

しかし、高い給与に期待していたのに満足度が低ければスコアは大きく減少することになります。

また、直接的な質問だけでなく、間接的な質問も加えることで、社員の本音を引き出せるようにしています。

こうして集められたデータを集計し、偏差値にすることで、社員が会社や上司に求めていることや、社員が「やる気」を落としている要因、同じ業界のなかでどういう位置づけなのかなどをかなり細かく分析することができるといいます。
リンクアンドモチベーション 近藤カンパニー長
「従業員の感情を引き出さないと勝てない時代になってきた。
企業は提供するサービスを差別化するために優秀な人材が重要になっていて、社員がいきいきと働けるかどうかが非常に大切になっている。
もう1つは転職が当たり前になってきて、企業としても人材をつなぎ止めておきたいという背景がある」

社員のやる気上げたガソリンスタンドは

従業員の「やる気」を改善させることで業績アップにつながったという企業を取材しました。

東京・練馬区にあるガソリンスタンド「セルフ大泉学園SS」です。
エンゲージメントの指標化を導入したのは4年前。

このとき、「やる気」のスコアは49.8と平均である50を下回る水準。
この店舗でことし5月まで8年間、店長だった齊藤真さんは、特に「上司の満足度」の数値が低かったことに衝撃を受けたと言います。
イタバシ・セルフ大泉学園SS 前店長 齊藤さん
「自分でやったほうが早いという気持ちからトップダウンで仕事を進めた結果、私からの指示でしか部下が動かない状況を作り上げてしまった。
こうしたことから上司に対する評価が低かったと思う。ショックだったが、『やっぱりな』という気持ちもあった」
まず「人を変えるより自分が変わる必要がある」と考えた齊藤さん。

店長自身が従業員に自分の趣味などを話し、積極的にコミュニケーションを取ることにしました。

職場の雰囲気変わる

さらに、「Good&New」という取り組みも始めました。

24時間以内に身の回りで起きた「よかったこと」を従業員どうし報告してもらうという取り組みで、互いの性格や個性を知る機会となり、職場が明るくなったといいます。

実際の「Good&New」を取材しましたが、従業員の女性が「きのう、中学生の娘が運動会でした。学年リレーで男子を1人抜いたので、スカッとしました」と明るく語っていたのが印象的でした。

別の従業員に仕事楽しいですか?と聞いてみたら「超楽しいです」と即答でした。
言わされているとかではなく、本心で仕事が充実しているんだなと感じられました。

職場の雰囲気が変わった結果、従業員からは自発的に職場を改善する提案が相次ぐようになったといいます。

提案の1つが、車検の依頼など顧客からの電話の内容をまとめるノートを作ること。
顧客への対応で必要なことを確実に引き継げることや繰り返しを避けることにつながり、車の調子が悪い人には中古車の購入を促す取り組みを始めました。

すると、年間4、5台だった中古車の売れ行きが月3、4台にまで増えました。

店舗の経常利益は2021年度は2年前に比べて13倍にも増加したといいます。

ことし5月時点の「やる気」のスコアは89.1となり、大きく上昇しました。
イタバシ・セルフ大泉学園SS 前店長 齊藤さん
「従業員の満足度が上がると、顧客がどうしたら喜んでくれるかということをまず第1に考えてくれるようになり、業績のアップにつながった。
過去は3か月に1人か2人辞めていくこともあったが、嫌で辞めるという従業員はゼロになった」

人への投資問われる時代に

これまで企業は従業員を「人的資源」として、お金がかかる人件費=コストと見なす傾向がありました。

変化が速く、混迷が深まる時代に突入し、企業はいかに創造的なサービスやモノを生み出すかが問われる傾向が強まっているように感じます。

そうなると、従業員はコストではなく、新しい価値を生み出す「人的投資」としての意味合いが強まるのだと思います。

長期的に見れば、日本は人口減少と働き手の不足が避けられません。

いかに“人への投資”を行うのか、従業員の「やる気」を引き出せるのかが、企業価値の向上には、重要になっていることを取材を通じて感じました。
経済部記者
山田 裕規
平成18年入局
旭川局、広島局で勤務
現在は内閣府・財務省を担当
サタデーウオッチ9 経済キャスター
長野 幸代
平成23年入局
岐阜局、鹿児島局を経て経済部
4月から経済キャスター
ディレクター
井上 聡一郎
NHK「ニュース地球まるわかり」などの制作に携わったのち、2022年4月より「サタデーウオッチ9」を担当