「レッドカーペットで抵抗を」 戦時下のカンヌ映画祭

「レッドカーペットで抵抗を」 戦時下のカンヌ映画祭
5月28日に閉幕した世界3大映画祭の1つ、フランスのカンヌ映画祭。連日世界の人気俳優や監督たちがレッドカーペットを歩き、例年通りの華やかさが見られる一方で、ことしはロシアによるウクライナへの軍事侵攻の影響が色濃く表れた12日間となりました。(ヨーロッパ総局記者 古山彰子)

開幕にはこの人も

それは、5月17日の開幕式から明確でした。

会場の巨大スクリーンに姿を現したのはウクライナのゼレンスキー大統領。引き合いに出したのは第2次世界大戦のさなかにヒトラーを風刺する「独裁者」を製作したあのチャップリンでした。
「新たなチャップリンが必要です。独裁者が再び現れました。自由を求める戦いが行われています。映画は沈黙すべきではありません」

政治や社会の問題と向き合う

カンヌ映画祭はこれまでも、その時々の政治や社会の問題と正面から向き合ってきた伝統があります。
それは1938年にさかのぼります。この年のイタリアのベネチア国際映画祭はヒトラーやイタリアの独裁者ムッソリーニの圧力を受け、受賞作品が発表の直前になってナチスのプロパガンダとされるドキュメンタリーに差し替えられたといいます。これをきっかけにフランスで、自由で圧力を受けない映画祭を作ろうと始まったのがカンヌ映画祭だったのです。
2004年にはアメリカの同時多発テロ事件へのブッシュ政権の対応を痛烈に批判し議論を巻き起こしたマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「華氏911」が最優秀賞のパルムドールに選ばれました。
ロシアによる軍事侵攻を受けて主催者はことし、ロシアの当局者や関係者の参加を認めませんでした。運営責任者のティエリー・フレモー氏は「戦禍にあるウクライナの人たちにとってどのようなかたちでもロシアに抗議することは意味のあることだ」と説明しました。

惨状を世界に伝えたい

映画祭が開幕する直前に追加で上映が決まった作品がありました。ウクライナ東部のマリウポリを舞台にしたドキュメンタリー映画「マリウポリス2」です。
作品を手掛けたのはウクライナで亡くなったリトアニア出身のマンタス・クベダラビチュス監督。ロシアがクリミアを一方的に併合したあと、マリウポリを描く作品を製作し「マリウポリス2」はその続編です。

クベダラビチュス監督はことし2月にロシアの軍事侵攻が始まったあと、以前の撮影で出会った人たちを再び撮ろうとマリウポリに入りました。不安におびえながら避難生活を送る市民の姿を撮影していたさなかにロシア軍に拘束され、その後殺害されたということです。
未完の作品を残してこの世を去ったクベダラビチュス監督。その遺志を受け継ごうと、当時同行していた婚約者のハンナ・ビロブロバさんが仲間とともに「マウリポリス2」を完成させました。

上映を前にあいさつに立ったビロブロバさん。「マンタスの作品と功績を映画祭の場で紹介することができて光栄です。それを実現させてくれた仲間たちにも感謝したい」と涙をこらえながら話すと、観客から大きな拍手が沸き起こりました。

犠牲者の声に耳を傾けて

映画祭ではさまざまな部門に世界各地の優れた映画が出品されます。このうち斬新な作品を集めた「ある視点」部門にノミネートされた「Butterfly Vision」。

ウクライナ東部で親ロシア派と戦う女性兵士が捕虜となって性的暴行を受け、解放された後もトラウマを抱えながら生きていく姿を描いています。
製作したのはウクライナのマクシム・ナコネチュニー監督(31)です。軍事侵攻が続くなか、ウクライナでは今、18歳から60歳までの男性は原則出国は許されていませんがナコネチュニー監督は映画祭に招待され特別に出国の許可を得ることができました。

なぜこの作品を作ろうと思ったのか直接話を聞きました。
マクシム・ナコネチュニー監督
「かつて女性兵士についてのドキュメンタリー作品を編集していて、彼女たちの経験やことばが強く印象に残りました。それをきっかけに戦争の影響を受けトラウマを抱えた女性兵士を主人公にしたフィクションを作ることを決めました。作品は2017年ごろを想定して製作しましたが、いま起きていることも同じです。捕虜が拷問を受け、レイプされ、屈辱を与えられる。捕らえられた人たちの尊厳を傷つけるために戦禍ではこうした“道具”が使われるのです」
映像作品の公式上映を前に舞台に立ったナコネチュニー監督。
軍事侵攻に苦しめられている人たちの声に耳を傾けてほしいと訴えました。
「戦禍で実際に何が起きているのかを知り国際社会がウクライナと連帯することが強力な防御になりうるのです。実際に過酷な経験をした人たちこそが現実に起きていることを広く把握しているのです。だからこそ、こうした犠牲者の声に耳を傾け、行動し、団結し、光を勝ち取りましょう。ウクライナに栄光を」
上映のあと観客たちは、ナコネチュニー監督や出演した俳優たちに長い間拍手を送り続けました。

ロシアの映画とどう向き合うのか

映画祭にロシアの当局者や関係者の参加が認められない中、1人のロシアの監督による作品がコンペティション部門にノミネートされ注目を集めました。
「チャイコフスキーの妻」。

19世紀に活躍した作曲家チャイコフスキーの妻、アントニーナの物語です。同性愛者だとうわさされるチャイコフスキーと結婚したものの夫婦関係が築けず、離婚を切り出されたことで精神のバランスを崩していく姿が描かれています。
作品を手掛けたキリル・セレブレンニコフ監督はこれまでもロシア社会を風刺し、プーチン政権を批判してきたことで知られます。国の資金を横領した罪で自宅軟禁におかれた時期もあり、2018年と去年は作品がコンペティション部門にノミネートされたものの映画祭の会場に来ることは出来ませんでした。軍事侵攻が始まったあとのことし3月、ロシアを出国してドイツの首都ベルリンに拠点を移し映画の製作を続けています。

「チャイコフスキーの妻」には現在のロシアの社会や政府を直接批判するような描写はありません。それでも鑑賞した人の中には「女性や同性愛者の権利が認められていなかった19世紀が舞台だが、いまも保守的で不寛容なロシア社会を批判しているように感じた」と話す人もいました。

ロシアの監督の作品が上映されたことについて参加者たちの反応は真っ二つに割れました。
(賛成派:観客の1人)
「軍事侵攻を続けるロシアの当局者が映画祭から排除されるなかカンヌまで足を運んできた勇気ある監督だ」

(賛成派:観客の1人)
「アーティストや作品が集まる時、芸術に国境はないと感じる」

(反対派:ポーランドの映画監督)
「ウクライナの監督たちが作品を製作できない状況に追い込まれているのに映画祭はなぜロシアの監督を招くのか理解できない」

風当たりが強いロシアの監督は

セレブレンニコフ監督自身はどう感じているのか。公式記者会見で直接質問しました。
質問:
「ロシアによる軍事侵攻が続くいま、チャイコフスキーの曲など、ふだんなら世界で愛されるようなロシアの文化も含め『ロシア』をボイコットしようという動きが広がっています。こうした動きに対するあなたの意見を聞かせていただけませんか?」

セレブレンニコフ監督:
「ウクライナで起きている悲惨な状況を見れば、排除を求める動きも理解できる」
ロシアをボイコットしようという動きに一定の理解を示した上でセレブレンニコフ監督は次のように続けました。
セレブレンニコフ監督
「文化は空気であり、水であり、雲であり、独立したものなのだから、ひとえに文化の排除を呼びかけることなどできないはずだ。ドストエフスキーやチェーホフ、チャイコフスキーを排除することも演劇や音楽、映画を否定することも避けなければならない。ロシア文化は常に人間の価値、はかなさ、魂への思いやり、恵まれない人への思いやりを訴えてきた。戦争はそうした価値を破壊するのでロシア文化は常に反軍事、反戦を貫いてきた。戦争を宣言するのは人々をざんごうに投げ込むか、人の人生や痛みには興味がない人たちだ。戦争は文化と相いれないものであり、演劇や音楽、映画は反戦の価値を広めるために闘っている」

カンヌ常連の是枝監督の思い

コンペティション部門には是枝裕和監督が韓国で製作した映画「ベイビー・ブローカー」もノミネートされ話題を呼びました。是枝監督の作品がコンペティション部門にノミネートされるのは今回が6回目。2018年には「万引き家族」が最優秀賞のパルムドール、今回も「ベイビー・ブローカー」に主演したソン・ガンホさんが最優秀男優賞を受賞するなど是枝監督はいまやカンヌで誰もが知っている存在です。
映画祭に参加する意義について是枝監督は「自分が関わっている映画のすばらしさや広がりを実感できる場所なので賞をもらうこと以上に貴重です」と話していました。

そして映画祭が反戦のメッセージを掲げる一方、ロシアの監督の作品を受け入れたことについて尋ねると、即座に「正しいと思います」という答えが返ってきました。
是枝監督はまた、映画祭のレッドカーペットが招待された映画監督や俳優だけでなくチケットを手に入れた一般の観客にも開放されていることに、敬意を表しました。
是枝裕和監督
「レッドカーペットというのが本当に華やかな、映画人がスポットライトを浴びる場所というだけではなくて、あの場所でいろんなこと、例えば抵抗なら抵抗、声の小さな人たちにあの場所を開放して使ってもらうというのかな。そういう場所として映画祭を開くっていう態度がすごくカンヌは明快だと思う。そういう自由を保障して成り立っているんですよね、ここは。例えば映画祭が呼んだ監督の上映が受け入れられないという観客たちが上映が始まると退席するということだってあり得る場所だから。そういう態度表明自体も許容している映画祭なので」

映画祭が残したメッセージ

いまはロシアということばすら聞きたくないという人もいれば、権力とは無縁のロシア映画には門戸を閉ざすべきではないと考える人もいる。

ウクライナとの連帯を呼びかけることも、ロシア映画を受け入れることも反対して退席することも、すべてが許される映画祭。

「軍事侵攻には断固反対しながら、異なる意見や価値観はどこまでも受け入れる」

それこそが「戦時下のカンヌ」が示そうとした姿勢だったのではないか。

華やかなレッドカーペットで世界中のカメラマンを前に無言の抗議をする人たちやロシアの映画に大きな拍手を送る人たちの姿を眺めながら、そう感じました。
ヨーロッパ総局記者
古山 彰子
2011年入局 
広島局、国際部を経て
現在はパリを拠点にフランスの社会問題などを取材