衣替えだけど夏服もギリギリ… 制服業者の本音を聞いてみた

衣替えだけど夏服もギリギリ… 制服業者の本音を聞いてみた
6月に入り、夏服で通学する学生の姿を多く見かけるようになりました。しかし、この直前までネットにはこんな声が。

「娘の中学の夏服が届かない…」
「まだ店舗に届いてないそう…」

中には、夏服が届いたのは衣がえの前日、5月31日だったという投稿も。じつは、この春にも、入学式に学生服が間に合わないという東京の制服業者の問題が報じられました。学生生活に欠かせない制服に何が起きているのでしょうか。

(ニュースポストプロジェクト・スポーツニュース部 猿渡連太郎 ネットワーク報道部 松本裕樹)

なぜ、制服は届かなかったのか

思い出すのは、この春に起きた騒動。

「入学式に制服が間に合わない」。
東京・武蔵野の事業者に発注した制服が入学式の前日になっても届かなかったのです。

事業者がギリギリまで制服を配達して回ったものの、結局、一部の新入生には新しい制服が届けられず、中学の制服で高校の入学式に出席することになった新入生もいました。

問題の背景に何があったのか。
再発防止策はどうしているのか。

記者は直接話を聞くため、5月24日、東京・武蔵野市にある「ムサシノ商店」を訪ねました。
事務所ではちょうど、受注したおよそ3万人分の夏服をほとんど納め終わったところでした。しかし、田中秀篤社長に一仕事を終えた安どの色はなく、まず出たのは反省のことばでした。
ムサシノ商店 田中秀篤社長
「夏服をすべてしっかり納めること、それが信頼回復への一歩目だと思っていました。やっぱり子どもたちに不安な思いをさせてはいけないんです。春のことは反省しています」
会社では、この春の入学式に向けて、都立高校や公立の中学校およそ300校、3万人分の制服を受注していましたが、このうち中高生合わせて100人ほどに制服を届けられませんでした。この原因を改めて聞いてみたところ、田中社長がまず挙げたのが、受注の見通しが外れたことでした。

制服の製造は合格発表や採寸を待ってから作り始めていては入学式までには間に合わないため、学校側から入学者の数や、発注の多いサイズについて聞き取りを行ったうえで、あらかじめ一定量作っておくことが業界では一般的です。

ことしのムサシノ商店の場合、その見通しが外れることが多かったということです。
「毎年なんとかなっていたので見通しの甘さはあったのかもしれません」
一方、話を聞いていくと、この会社の努力だけでは解決が難しい要因も見えてきました。
1つ目が新型コロナウイルスです。この春、制服の発注の見通しが外れそうだと判明したあと、生産力を上げて対応しようと考えましたが、新型コロナウイルスの影響で契約しているメーカーの工場の生産も一時的にストップしたため、生産力を上げることができませんでした。

さらに2つ目が時代のニーズに合わせた制服の多様化です。

これについては、「ひとごととは思えない」と、別の業者が取材に応じてくれました。

“あすはわが身かも…”薄氷踏む思いの制服業者の訴え

「ムサシノ商店がたたかれてますが、今回はたまたまここがなっただけかもしれません」

4月、問題が発覚した直後、こうツイートした制服の販売業者がいました。関西で公立の中学校と高校向けに学生服などを販売しているこの業者。

ことしは無事、入学式前にすべての学生に制服を届けることができましたが、販売業界が抱える構造的な問題に危機感を感じ、匿名を条件に取材に応じてくれました。
「私たちの地域は公立高校は3月中旬、私立高校については二次試験の合格発表が3月末になるのでこの時期はバタバタです。採寸や工場に足りない分を発注したり、包装したりと寝る間を惜しむほど繁忙になります。この時期の制服販売業者はどこもそうだと思います」
そのうえで、最近の制服をめぐるトレンドが業者側にとって新たな悩みの種になっていると明かしてくれました。
「各学校が制服をブレザーやLGBTQを意識した制服に変えたり、多様化していることも受け渡しがギリギリになる大きな要因の1つとなっています」
制服の多様化が業者の業務をひっ迫させている。

一体どういうことなのか?
多くの学校で導入されていた学ランやセーラー服は、基本的な形状や色合いはほぼ同じ。このため図に示したように、仮にAの中学校で学ランの在庫がなくなっても、Bの中学校のボタンや校章を、Aの中学校の仕様に変えて対応できたといいます。
しかし、それぞれの学校が特色のあるブレザーを作り出したことで、学校間で交換の利く在庫をキープすることが難しくなったといいます。

さらに、以前は男女比などはある程度予測がついたものの、性の多様化を認める動きが広まり、制服をスラックスかスカートか選択できる高校も増えたことで予測が難しくなったといいます。
「在庫をしっかり準備すればよいじゃないかという意見もありますが、ほとんどの小売店は業者持ちです。翌年以降に在庫を持ち越せたらよいですが、契約を打ち切られたり、デザインを変えられたりしたらすべて処分になります。だから業者としてはなるべく在庫は出したくないのが本音です」
この業者では、8月には縫製工場のあるメーカーに来年度入学する学生の制服を発注することにしています。

すべての学生に学生服が無事に届いてほしい。

制服業者として強い信念で仕事を続けていますが、制服の多様化やコロナ禍における人材不足でいつ自分たちもムサシノ商店と同じ状況に陥ってしまうのではないか、不安は拭えないと言います。
「2月から3月にかけて行う合格者の制服の採寸は人生でいちばん、胃の痛い瞬間です。自分たちの予測が正しかったのか、在庫は足りているか、子どもや保護者、学校にも迷惑はかけられないなか、本当に薄氷を踏む感覚です。もちろん制服の多様化は
時代の流れと理解していて、ニーズに応えて在庫不足にならないよう全力を尽くしていますが、こうした状況にあることが少しでも伝わってほしいなと思います」

AIで効率的な受注生産を

注文の予測が外れて在庫不足が起きないようAI=人工知能の技術を活用した新たな取り組みも生まれています。

岡山大学は去年から大手制服メーカーと共同で「過去の採寸データを活用して、自分の制服サイズがわからないか」というテーマで研究を始めています。

大学では現在、メーカーが持つ過去の採寸や体型の膨大なデータを基にデータ解析を行っていて、いずれはAIを活用した専用の制服採寸アプリを作りたい考えです。

アプリが実現すれば、注文会を開かなくても、自分の体にぴったり合ったサイズの制服が発注できるほか、各学校の男女比の予想などもデータから読み解くことができ、メーカーにとって効率的な在庫管理にもつながる可能性があるとしています。
研究を進めている岡山大学 野上保之教授
「実用化にむけてデータ解析は進んでいる。制服問題の課題解決の一翼を担うことができればいい」

衣がえの移行期間に幅と柔軟性を

一連の問題について学校制服の歴史などに詳しい教育ジャーナリストの小林哲夫さんはこういうときこそ教育現場の“柔軟さ”が必要だと訴えています。
教育ジャーナリスト 小林哲夫さん
「衣がえでいえばこれだけ5月でも暑い日が続いているのに、6月1日から定める必要が本当にあるのでしょうか。私は衣がえの移行期間を1か月程度ぐらい幅をみてもよいかと思いますし、夏服が間に合わないならTシャツで過ごすことを認める学校があってもよいと思います」
小林さんは、入学式に制服が届かなかったこの春の一件をきっかけに、学校現場が子どもたちのことをいちばんに考え、柔軟な対応をとってほしいと指摘しました。
「どうしても学校現場はこの日に入学式を行わなければいけないなど日程を優先しがちです。その結果、制服業者は無理を強いられ子どもたちに不幸が起こる。それならば、制服が届かない子どもが判明した時点で、入学式の集合写真は別の日にずらすとか、入学式を4月下旬や5月に開催すればだれも困らないと思うのです」
今回、制服をめぐって取材を進めると、意外に問題は単純ではないことに気付きました。

私たちはこれからも制服について取材を続けたいと考えています。

制服に対する考えや意見、見過ごされてきた問題点などぜひ、こちらにお寄せください。