【詳しく】ロシアの憲法って?プーチン大統領と憲法改正

今も軍事侵攻を続けるロシア。でも、なぜロシアは軍事侵攻を選んだのでしょうか?
この「そもそも」の疑問を解く1つのカギとなるのが「ロシアの憲法」かもしれません。どういうことなのか。

ロシアの政治や外交に詳しい防衛省防衛研究所の長谷川雄之さんと一緒に「ロシアの憲法」を読み解きました。

(おはよう日本 古賀弘亮 吉田篤二)

そもそも「ロシアの憲法」って?

ロシアの憲法が制定されたのは、今から30年近く前の1993年。全体で9章からなっていて、法治国家、人権尊重などの原則のほか、統治機構についても定めています。

この中には、「三権分立」のようなものもあり、次のように定められています。

「立法権、執行権および司法権はそれぞれ独立である」(1章10条)

ここでの「執行権」は、日本の「行政権」にあたりますが、この点について長谷川さんは、ある違いを指摘します。
(防衛省防衛研究所 長谷川雄之さん)
「ロシア連邦憲法体制においても権力は分立しているのですが、大統領の地位は独特で、憲法の条文では、三権の『上』または『枠外』に位置しており、極めて強い権限を持つことから、“超大統領制”とも言われてきました。ロシア憲法では、1993年の制定当初から大統領の権限が強かったのです。プーチン大統領は、憲法で定められた大統領権限を活用しつつ、憲法改正を実施して、権力を強めていきます」

プーチン大統領が改正した内容は?

プーチン大統領の憲法改正は、2008年から始まります。

2000年
 プーチン大統領就任
2008年
 憲法の規定通り、プーチン大統領が2期8年の任期で退任
 メドベージェフ氏が大統領、プーチン氏は首相に就任
 1度目の憲法改正
 (大統領任期、4年から6年に延長)
2012年
 プーチン氏が再び大統領に
2014年
 2度目の憲法改正
 (経済紛争扱う最高仲裁裁判所廃止、大統領が検事の任免権を獲得など)
 →司法や検察機関への大統領権限を拡大
2020年
 3度目の憲法改正

2020年、プーチン大統領は大幅な憲法改正案を議会で可決させます。
改正のポイントは「任期のリセット」だと長谷川さんは指摘します。

「任期のリセット」とは?

憲法改正前のプーチン大統領の任期は、2024年まででしたが、憲法改正によってこれまでの任期をリセット、つまり無かったことにして、新たに最長2期12年、2036年まで大統領職に就けることにしたのです(4章81条)。

また以下のような、大統領の地位を高める複数の項目が、憲法に付け加えられました。

「議会が承認した首相を解任する権限」(4章83条)
「現職だけでなく大統領経験者にも不逮捕特権適用」(4章92-1条※)
「大統領経験者は終身上院議員とする」(4章95条)
※92-1条は、2の右上に小さい1が付く表記で、92条とは別の条文です
(防衛省防衛研究所 長谷川雄之さん)
「『権力を持たない市民を守るために憲法が権力者を縛る』という考え方が立憲主義の基本だと思いますが、プーチン体制が行ってきた憲法改正、特に2020年の大規模な憲法改正は極めて短期間のうちに実施され、ロシア国民の間で十分な議論が行われたとは言えないでしょう。改正後の条文を見ると、大統領の権力が一層強化され、ロシア憲法体制における立憲主義が破壊されたと考えています」

なぜ、権限を強めようとしたの?

「権力の維持」が大きな目的だと長谷川さんは見ています。長谷川さんによると、実はプーチン政権も常に安泰ではなかったのだといいます。

2018年以降、年金支給開始の年齢引き上げで支持率が低下、「ポスト・プーチン問題」も持ち上がり、政治的な影響力が弱まってきているとの指摘も出ていたということです。こうした中、体制崩壊を防ぎ、政権を維持するため、権力を強化する必要があったとみられています。

さらに、プーチン体制が存続することで利益を得られる政治的・経済的エリート層もこうした動きを後押ししたのだそうです。

憲法改正は軍事侵攻と関係しているの?

直接的な要因とまでは言えないものの、「歯止めがきかない状況」を生み出していると長谷川さんは指摘します。
(防衛省防衛研究所 長谷川雄之さん)
「大統領権限が強化されたことで『個人支配』の傾向が強まりました。プーチン体制が長期化するなか、軍や治安機関などの人事政策も硬直化していました。『耳の痛い話』がプーチン大統領に入っていたのかも含めて、いろいろと疑問に感じています」

さらに、今回、ロシア軍の部隊を国外で展開するための「議会の承認」も、憲法改正によって形骸化したのだといいます。
(防衛省防衛研究所 長谷川雄之さん)
「2020年の憲法改正で、上下両院のトップも議決権のある常任委員になっている『安全保障会議』という最高意思決定機関が、『国家元首(大統領)に協力する機関』と位置づけられました。今回、手続き上、議会の承認を得たとはいっても、大統領の決定を追認したと言ってよいと思います」

憲法改正が国民に与えた影響は?

国民のナショナリズムを高め、ウクライナへの軍事侵攻を支えた側面があると、長谷川さんは見ています。

その理由について、2020年の憲法改正では、愛国主義や保守的な条項も新たに追加された点を挙げました。
「千年の歴史によって団結し、我々に理想および神への信仰、ならびにロシア国家発展の継続性を授けた祖先の記憶を保持する」
「歴史的真実の保護を保障する」(いずれも3章67-1条※)
※67-1条は7の右上に小さい1が付く表記で、67条とは別の条文です

さらに、次のようなことも新たに明記されていて、軍事侵攻を正当化するために使われる可能性がある、と指摘しています。
「『国外に居住する同胞』の権利行使、利益保護の保障」(3章69条)
「国際組織の決定は、ロシア連邦憲法と矛盾すると解釈された場合、ロシア連邦において執行されない」(3章79条)

(防衛省防衛研究所 長谷川雄之さん)
「軍事侵攻が長引く中でも、プーチン大統領は依然として高い支持率を維持していますが、その要因の1つとして、プーチン長期政権下の愛国主義・保守主義的政策が一定の効果を発揮していると考えられます。2020年の憲法改正で、これらが憲法上の新たな理念となったことに注目しています」