なぜ孫だけがいない… 点検の“盲点”が奪った命

なぜ孫だけがいない… 点検の“盲点”が奪った命
小学校の卒業証書。受け取ったのは最愛の孫を亡くした祖父でした。

「中学校に行くのを楽しみにしていました。きっと本人が受け取りたかっただろうなと。残念です」

サッカーが大好きだった11歳の孫を襲ったのは、学校の校庭にあった防球ネットの支柱。

安全なはずの学校でなぜ…。

私は事故からのこの1年、ご遺族や再発防止に向けた動きを継続して取材してきました。そこから見えてきたのは、点検の“盲点”が命を奪っていた事実です。(仙台放送局記者 藤原陸人)

安全なはずの学校で

去年4月27日。

「学校でけがをした」

宮城県白石市で市議会議員を務める松野久郎(ひさお)さん(69)は娘にそう電話で告げられました。

孫で小学6年生の松野翔慎(しょうま)さん(当時11歳)が通う白石第一小学校で校庭にあった防球ネットの支柱が折れ、翔慎さんなど児童2人に当たったというのです。

「骨折程度だろう」

そう思っていると娘からまた電話。

「意識がない」

孫の翔慎さんは、最初の搬送先からドクターヘリで仙台市内の病院に運ばれることになりました。

松野さんは大急ぎで駆けつけ、ヘリコプターに乗る直前に孫の足に触れました。
松野さん
「驚くほど冷たかったんですね。あの感覚は今も忘れられません」
仙台市の病院で松野さんたち家族は意識のない翔慎さんに向けて30分以上、声をかけ続けました。

当日もサッカーの練習に参加し、「帰ったら、から揚げが食べたい」と話していた孫。

リクエストに応えて用意していたから揚げをほおばる孫の笑顔を見ることは、できなくなりました。

支柱で頭を打った翔慎さんが死亡、もう1人の児童も大けがをしました。
折れた防球ネットの支柱は木製で高さおよそ6メートル、重さおよそ40キロ。

校庭の深さおよそ1メートル40センチまで埋め込まれていましたが、基礎工事などはなく、折れた部分の断面からは木の腐食が確認されました。
小学3年生でサッカーを始めた翔慎さん。

初孫としてかわいがってきた松野さんは、一生懸命ボールを蹴ったり走ったりする姿が今も忘れられないと言います。

孫を忘れてほしくないと、墓石にはサッカーのボールをかたどりました。
松野さん
「運動は得意ではありませんでしたが、サッカーには真剣に取り組んでいました。明るい性格でクラスの誰からも好かれていて、亡くなったあと、同級生が頻繁に墓を訪れて手を合わせてくれます。なぜ、孫だけがいないのかと今も思いますが、危ないなんて自分の頭にもなかったし、事故が起きるとは誰も思っていませんでした」

浮き彫りになった点検の“盲点”

事故後の白石市教育委員会の調査。そこで驚くべきことが分かりました。

防球ネットは、今から30年以上前の平成元年に設けられたとみられるものの、誰が設置したのか特定できないというのです。

当時、市内のスポーツ団体が設置したとみられるものの記録が残っておらず、建築士などの第三者による事故調査委員会の検証でも明らかになりませんでした。

設置者が分からずとも校庭にある施設。

学校では月に一度、教職員が目視で確認したり、触ったりする点検を行っていましたが、異常を確認できなかったのです。

私は法律を調べてみました。
学校にある施設や設備の維持・管理については学校保健安全法で定められています。

法律の施行規則には毎学期1回以上、異常がないか確認するとされていますが、点検方法については教職員なのか専門の業者なのか明確には記されていないのです。
事故を受けて宮城県教育委員会は県内の小中学校や高校などに対し緊急の点検を実施。

校庭などに設置された防球ネットあわせて659か所のうち、子どもがけがをするおそれのある異常が確認されたのは全体の7%余り、48か所ありました。

その48か所の点検状況について私たちNHKが取材したところ専門の業者による定期的な点検を行っていたのは1か所だけだったことが分かったのです。

遊具に関しても聞きました。

遊具については全国で重大な事故が相次いだことを受けて対策が強化され、ほとんどの学校が定期的に点検を行い、年に1回は専門業者による詳しい点検も行っていました。

防球ネットという大型の施設で危険性が高いのに、誰が設置したのか分からないうえ、遊具ほど点検への意識が向かなかった“盲点”が命を奪ったのではないか。

専門家は、学校任せにしない点検体制の整備が必要だと指摘します。
NPO法人Safe Kids Japan 北村光司理事
「学校の教職員は安全性をチェックする専門家ではないので、施設や設備の内部がどれだけ腐食しているか、地中でどういった破損が起きているかというところまでは確認できない。事故が起きた小学校と同じような問題を潜在的に抱えている学校は全国に相当数あり、専門家なり業者が入ってチェックする体制つくりが必要だ」

悲劇を繰り返さないために

事故調査委員会による議論を経て、地元の白石市は再発防止策をまとめました。

まず、危険か所の把握や対策を協議する『学校安全委員会』を各学校に設置し、市の職員や業者などの専門家による定期的な点検を実施。

また、今回の事故で防球ネットの設置者が分からず、不十分な安全管理につながったとして、施設・設備の設置者や時期、それに材質などを明記した台帳を整備し、教育委員会と学校が共有するとしています。

さらに、地元の工業高校と協力し、全教職員を対象とした安全点検の研修会を年1回行うとしました。

全国に広げるくらいの取り組みを

「成人したら一緒に飲もうね」と事故の2か月前に翔慎さんがプレゼントしてくれたというタンブラー。

祖父の松野久郎さんはそれを使うたびに再発防止策への願いを強くするといいます。
松野さん
「再発防止策はしっかりとした内容だと思いますが、実行しないと意味がなく行政や地域が連携しながら取り組んでほしい。孫はやりたいこともいっぱいあったはずで、事故が起きる前に対策がとれなかったのかと悔しい思いです。こうした事故が二度と起きないよう、白石市や宮城県にとどまらず、全国展開できるくらいの取り組みをしてもらいたい」

事故を見つめ続け“盲点”をなくす

月命日にあたる毎月27日。

翔慎さんが眠る墓には今も同級生が訪れ、たくさんの供え物とともに手を合わせてくれるといいます。

不登校だった子どもが「翔慎さんのおかげで学校に通えるようになった」と話すほど、誰からも愛されていた少年の命がなぜ、奪われたのか。

取材を通じて痛感したことがあります。

こうした事故が起きるたびにいっときは対策を講じるものの、場当たり的なものになったり、いつか忘れられたりする現実。

事故を踏まえて国は、専門家などと連携した点検の実施体制などについて、具体的な方策を検討することになりました。

1つ1つの事故を見つめ続け、“盲点”をなくしていくことが、私たちに課されているのだと思います。
仙台放送局
藤原陸人
令和2年入局
県警・司法担当のほか
東日本大震災関連報道や
スポーツ取材にも取り組む