“言葉にしてはいけない思い?” 語り始めた母親たち

“言葉にしてはいけない思い?” 語り始めた母親たち
『母親になって後悔してる』

ドキッとするようなこの言葉。イスラエルの研究者が執筆した本のタイトルです。学術書の翻訳だけあって、正直、誰もが読みやすいと感じるものではありません。

それにもかかわらず、発売直後からSNS上などで話題となり、新聞や雑誌で紹介されるなど注目を集めています。

書評で「言葉にしていいんだっけ」とも表現されたこの言葉。
みなさんはどう感じますか?
(社会部記者 高橋歩唯)

注目集める本

ことし3月に国内で発売されたこの本は「今の知識と経験をふまえて過去に戻れるとしたら、もう一度母になることを選ぶか」という質問に「いいえ」と答えたイスラエル人の女性23人にインタビューした内容をもとに構成されています。

2016年にドイツで初めて出版されてから、ヨーロッパやアメリカ、アジアなど世界13の国と地域で次々と出版が決まりました。

「子どものために自分の人生をあきらめた」
「母になることで奪われたものは取り戻せない」
「向いていないし、好きじゃなかった」
「もしも別の道を選べるのだとしたら、そうする」

(『母親になって後悔してる』新潮社 オルナ・ドーナト著 鹿田昌美訳 2022年)
そして、本の帯にはこうあります。

『子どもを愛している。それでも母でない人生を想う』

23人の女性たちが発するこうした言葉は、世界各地で反響を呼び、波紋を広げました。

戸惑いと共感

本のタイトルを初めて見た人たちのSNSなどでの反応は。

「これって言って良いことなの?」
「子どものことを考えたら思っちゃいけないんじゃ…」
「そんなひと本当にいるの?」

一方で、23人の女性たちへの共感が数多く投稿されています。

「読み返すたび涙があふれる」
「刺さる。私にかけられた言葉すぎ」
「考えないようにしていたことを突きつけられた」

半世紀にわたり母親や母性について研究を続けてきた第一人者、恵泉女学園大学の大日向雅美学長は、反響の大きさをこう分析します。
恵泉女学園大学 大日向雅美学長
「女性活躍と言われる一方、母親としての役割の重さは引き受け続け、女性が母になることと、自分の人生を生きようということの間でつじつまが合わない人がいるということの表れではないか」

調査でも“後悔”への思い

日本にも母親として“後悔”を、感じたことがあるという女性の存在を示したアンケート調査があります。

2019年に民間の調査機関が国内の413人の母親を対象にインターネットを通じて行った調査です。
質問「子どもを産まなければよかったと思ったことがあるか」

「ない」が59.6%。
「一回だけある」が6.8%。
「何回かある」が26.6%。
「数えきれないほど何回もある」が7%。

“後悔”を感じたことがない母親が60%にのぼる一方で、“数え切れないほど”感じている母親が7%いたのです。
家族や子育てに関する文章を執筆する、エッセイストで翻訳家の村井理子さんです。

高校生になる双子の息子の母親でもある村井さんも本を読み、共感をSNSに投稿するとリツイートや「いいね」が広がりました。
エッセイスト・翻訳家 村井理子さん
「多くの母親が一度は思って苦しんだことがあるけれど、心の中に隠していたタブーが表に出たという衝撃や喜びではないでしょうか。私もいままでに何度思ったかわかりません。人間としていろんなことに後悔するのは自然で、言っちゃだめなんてないはずなのに、隠さなければいけない。子どもに関しての発言にはすぐナイフが飛んできて、『大変ってわかっていたでしょ』ということを言う人がびっくりするほどいます。母というのは自分を捨てても子どもに無償の愛を与え続けるイメージが社会にも母親自身にもあるのだと思います。こうして言語化されたことは大きな一歩だと思います」

母親という役割の重さ

“後悔”の思いはなぜ生まれるのか、そして、“タブー”と感じるのはなぜなのか。

本に共感したという女性に話を聞きました。
小学校と保育園に通う2人の子どもを育てる母親で36歳の女性です。
フルタイムで働きながら夫と4人で暮らしています。
仕事が終わると保育園にお迎えに行き、食事を作り、子どもにきょうの出来事を聞くのが日課だといいます。
しかし、語ってくれたのは「母親としての役割」の重さへの違和感です。
本を読んだ女性(36歳 2児の母親)
「本は母親に求められる役割がいかに重いか言葉にしてくれていると思いました。自分がいないと死んでしまう存在がいて、寝息を何度も確認してほっとしたり、『母親がしっかりしなければ』と思ったり、子どもと離れることにも罪悪感があります。成長にも日々驚くし、面白い体験だと思います。でも、労力は果てしないし、削られる感じです。子どもが小さいとき、良いお母さんにならなければと絵本の読み聞かせとかベビーマッサージとか、『っぽいこと』をしてみました。でも楽しいかというとそうではありませんでした。私は子育てが生きがいになることはないのです。母親ってみんなこう、という輪に入ると違和感があります。母親どうしで『習い事どうする?』と話しているのを聞くと、どちらでもいいなと思います。冷たいと思われるかもしれませんが、子どもは別の人格だと思うので、どんな習い事をしても、どんな恋人がいても、子どもの選択だと思います。ただ、おかしい人間だと思われるので周りの人には言いません。子どもはこの世界にいてほしい存在なので、もう一度、選べてもたぶん産むと思います。ただ、自分の人生を考えた時に産んでよかったと心からいえる訳ではないです」

子どもを作って一人前?

後悔を口にする一方で、複数の子どもを産んだ母親もいます。

41歳の女性、3人の子どもの母親です。
フルタイムで働きながら中学生と小学生になる子どもたちを育ててきました。
本を読んだ女性(41歳 3児の母親)
「子どもは大事ですが、母親になって後悔しています。今まで、本当に誰にも言えませんでした。本を読み、後悔があっていいと思えて気持ちが軽くなりました。でもなぜ3人も?と自分でも思います。第一子は、当時は夫とふたりで話し合って決めたつもりでしたが、今振り返ると『子どもを作って一人前』という雰囲気に飲まれ、流れに乗ってしまったと思います。そうしたら1人ではかわいそうかもと2人目を出産し、3人目は実は、意図していませんでした。悩みましたが周囲から『産まなかったら後悔するよ』といわれ、産むことを決めました。すごく良い子で生まれてくれて素晴らしいと思っているのに、自分がこんな気持ちを持つことが罪悪感でした。仕事をもっとしたい気持ちが強く、大学院でもう一度学んでみたかったとも思います。夫のほうが私より子どもと多く関わっていますが、子どもと離れていても頭の中に子どものことが半分以上占めています。家族の楽しい時間もあり、子どものことは愛しています。でも、もう一度選べたら母になることはないと思います」

激しい非難の意味は

一方で、国内ではこの本の出版前から母親たちが意見を交わすSNSなどでは後悔を感じたことがないという声が出ていました。

「子どもを産んで後悔したことは1ミリもないな」
「子どもに恵まれたことは後悔してない。2人とも大事な子どもたち」

中には、後悔を口にしたことに対する批判や反発の声も。

「子どもに失礼」
「母親から産まなければよかったと言われてショックを受けた」
「後悔が普通になると子どもの前で言ってしまうのでは」
「後悔するなら産むべきでない」

この本が最初に出版されたドイツなどでは、ツイッター上で
「#regrettingmotherhood」のハッシュタグが付けられて論争になり、中には著者や後悔を語った女性たちへの個人攻撃に近い激しいバッシングもあったといいます。

「そんな母親はいない」
「良い母親でないだけだ」

この本の著者であるイスラエルの研究者、オルナ・ドーナトさんにこうした反発の声も含めどう受け止めているのか、リモートで直接話を聞きました。
著者 オルナ・ドーナトさん
「私の研究について、そんな母親はいないと言われ続けてきました。後悔を語ることが人々の激しい感情を喚起するのは社会の基盤が揺るがされかねないからです。母親に後悔を口にさせないことで、私たちは『愛』や『母性』に頼りきって、母親だけに重荷を背負わせています。鏡に姿がうつしだされるように、母親の後悔は社会が持っている『母性』の捉え方や規範、母親に背負わせている重荷を明らかにすることにつながります。母は人間を越えた女神のような存在ではありません。『母性』をもっと人間らしいものにしていく必要があると思います」
そのうえで、母親や社会にとって後悔を語ることの意味をこう指摘します。
「調査に協力してくれた女性たちはインタビューを通して、だんだん自分のことを語る『言語』を獲得していきました。それは自分自身を振り返り、気持ちをシェアできるようになることにつながります。ひとりでないと思えるのは重要です。私が目指すのは、子どもを産みたい人は産み、産みたくない人には無理矢理産ませない社会です。女性の身体や考えはその人自身のもので、周囲から圧力を受けずに自分の意思で決められるようになる必要があります」

“後悔”を社会で考えて

恵泉女学園大学の大日向雅美学長は、母親の後悔に光を当てることの意義についてこう話します。
恵泉女学園大学 大日向雅美学長
「これまで母親になった女性の経験は『育児がつらい』と、子どもとの関係のなかで語られることが多かった。それに対して今回は、女性が自分自身を真正面に据えて、子どもを持つという選択は自分の人生にどんな意味があったのかという問いを自分の言葉で語っている点にインパクトがあります。子どもが大事、一方で、母でない人生もほしいというのはごく当たり前で、その気持ちに向き合うことは、自分の人生に改めて目を向けることにつながります」
そのうえで、母親の後悔を社会が受け止めることが重要だと指摘します。
「母親が後悔してもいいと思えるようになる一方で、社会や職場、パートナーは、女性に背負わせてきたものは何なのか、後悔させないためにどうしたらいいかという視点を持つことも必要です。個人のこととして終わらせず社会で考えることが重要だと思います」

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『母親になって後悔してる』

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社会部記者
高橋歩唯
2014年入局、松山局を経て現職。主に医療・社会保障分野を担当