全盲の彼女は、なぜ星空の魅力を

全盲の彼女は、なぜ星空の魅力を
古いけれど訪れる人が絶えない小さなプラネタリウム。
そこで、お客さんに星のガイドをしている視覚障害の女性がいます。

目が見えないのに、なぜその仕事を?

彼女が星空の魅力を伝え続けるのには、わけがありました。
(金沢放送局 結川弥生)

「レトロ」と人気のプラネタリウムで

石川県加賀市の温泉街にある児童館。

その館内に、42年前(昭和55年)にできた石川県では最古のプラネタリウムがあります。

ドームの投影装置はかなりの旧式。

しかしそれが「レトロ」だと評判になり、地元だけでなく遠く離れた場所からもお客さんたちがやってきます。

児童館の職員、木下真由(きのした まゆ)さん(47歳)は、そんな人気のプラネタリウムで星のガイドをする仕事を続けています。
真由さんの両目は明るい場所でも光をわずかに感じられる程度。

上映中は、ほかの職員がサポート役として付き添い、機械の操作などをします。
木下真由さん
「オレンジ色に光る1等星アルクトゥルスです。アルクトゥルスはうしかい座です…」
天井のスクリーンに星や星座が映し出され、真由さんのゆったりとした優しい解説の声がドームの中に響きます。

真由さんを襲った病魔

加賀市内の病院で看護師として働き、人工透析の患者のお世話をしていた真由さん。

33歳のころ、頭痛や体調の異変が続くようになりました。

文字が見えにくい。

突然、自転車に乗れなくなる。

両目の視野が狭くなっていき、精密検査を受けると、脳の前頭葉にできた腫瘍が視神経を圧迫していたことがわかりました。

医師からは「腫瘍が大きく摘出が難しい」と説明されました。

目はやがてまったく見えなくなり、7年前、少ない可能性にかけて県外の病院で手術を受けましたが、視力が戻ることはありませんでした。
木下真由さん
「手術をすれば見えるようになるって信じていました。でも手術が終わって包帯を外した時に何も見えなかった。眼科の先生に“私の目は見えるようになりますか?”と聞いたけれど、“それは無いと思います”とはっきり言われて。本当に?もう二度と見えないの?ことばにならないほどショックでした」

忘れられなかった生きがい

真由さんは、自分が看護師であることを誇りに感じていました。

こんなに素敵な仕事はない。一生続けていきたい。

つらさを抱える人たちに頼りにされ、寄り添っていられることが、彼女にとっての生きがいだったのです。

手術のあとまもなく真由さんは看護師を辞めました。

社会福祉協議会やNPOで事務の手伝いなどをしていましたが、充実していた看護師としての日々をずっと心に引きずっていたといいます。
木下真由さん
「それまで看護師として患者さんの気持ちをわかってきたつもりでした。でも、自分が障害者になって、人に頼る立場になり、病気の人はこんな気持ちでお願いをしていたんだってはじめてわかりました。誰かに必要とされたい。もっともっと看護師としてできたことがあるはずだと思えば思うほど、つらくなりました」

届いたオファー

こうした中、真由さんのもとに去年、思わぬオファーがありました。

児童館の仕事を紹介されて職場を訪ねていくと、そこで「プラネタリウムで解説をしてほしい」と頼まれたのです。

なぜ目が不自由な真由さんに、プラネタリウムのガイド役を?

オファーを出した児童館の所長の宇賀神曜子(うがじん ようこ)さんは数年前のある出来事について語りました。
児童館所長 宇賀神曜子さん
「遠足でやってきた保育園児たちの中に、目の不自由な子どもが1人いたんです。ほかの子どもたちが大喜びする中、じっと静かにしていた。あの子は、プラネタリウムを楽しむことができたんだろうか。そのことがずっと頭から離れませんでした」
障害がある人たちに、どうすれば星の魅力を届けられるのか、ずっと考えてきたという宇賀神さん。

視力を失ってからも誰かの役に立ちたいと強く願ってきた真由さんとの出会いを「神さまからもらったチャンス」と感じ、ガイド役のオファーを出したということです。
一方の真由さん。

引き受けることに心の迷いは無かったといいます。
木下真由さん
「自分でも役に立てるんだと、本当にうれしかったんです。どういう仕事なのか、そのときはまだ詳しくわかりませんでしたが、ぜひやらせてくださいと言いました。私は、人から頼ってもらえる場所に身を置きたかった」

夫と二人三脚で

もちろん、目の見えない真由さんにとって、解説の準備は簡単なことではありません。

プラネタリウムの公演は1回40分。解説の原稿はA4サイズの用紙で6枚分です。

これをすべて暗記しなければなりません。

視覚障害者になって“日が浅い”真由さんはまだ点字が読めません。

職場の仲間に吹き込んでもらった声を繰り返し再生し、暗唱することで頭に刻み込んでいます。

真由さんの努力をすぐそばで支えているのが夫の厚生さんです。

原稿を忘れてしまったり、間違えたりする妻に、厚生さんはいつも優しく「助け舟」を出します。
真由さん
「うしかい座は、ギリシャ神話の巨人のアトラスがモデルだといわれています。アトラスという名前には“熊の番人”という意味が…」
夫 厚生さん
「アルクトゥルスという星の名前のほうに、熊の番人の意味があるんじゃない?」
真由さん
「私、間違えて覚えていた?」
難しいチャレンジにも前向きさを失わない妻に、厚生さんは「自分も勇気づけられる」と話していました。

星空の楽しさ 多くの人に

3月。

春の星座を紹介する新しいプログラム公開の初日です。

開演の時間が迫り、真由さんの様子を見るとドームの隅でしゃがみこんでいます。
雑音が入らないよう耳をふさぎながら、覚えた原稿をずっとつぶやいていました。

公演の前にはいつも、極度の緊張に襲われるといいます。

館内には、真由さんにとって特別なお客さんが来ていました。
  
視覚障害がある2人のお年寄りです。
真由さんは、この日の解説にある工夫を加えて臨みました。

公演が始まり、館内が暗くなります。

 
小さなころから星を見るのが好きだった真由さん。

記憶の中にある夜空の情景を思い起こしながら話をします。
「おおぐま座の頭は西の3時の方向。

 しっぽは東の方向で時計の9時。おなかは南に向いて時計で6時…」
レーザーポインターの光をスクリーンに当てて指し示すことが多い、星や星座の場所。

真由さんは、目が不自由な人でもわかりやすいように、それらを『時刻』で表現しました。
真由さん
「8時の方向におとめ座、スピカを見つけることができました。
 アルクトゥルスと、しし座の2等星デネボラと合わせて春の大三角といいます。春の星座、みなさんわかりましたか」
解説を終えた真由さんはほっとした様子。

気になっていた視覚障害のお客さんからの評価は上々でした。
視覚障害の女性
「病気で目が見えなくなってから空など見たことはありませんでしたが、情景が思い浮かぶようでとてもよかったですよ」
たとえ目が見えなくても、星空を“感じる”ことはできる。

その楽しさを1人でも多くの人に伝えていくことが、真由さんの新しい生きがいになりました。
木下真由さん
「目が見えない自分のことを、かわいそうだとは思わないようにしています。星の解説のフレーズを1つずつ覚えていき、それが連なって星座になったとき、“楽しい”って思います。やるからには責任もありますし、みんなに助けてもらいながらなので、気持ちの兼ね合いは難しいけど、失敗をしても頑張っていこうと思います」

取材後記

家で家事をしている時にも星や星座のことを考えていて、そんな毎日が楽しいと話してくれた真由さん。

もっと知識を広げて、すべての季節の星座を解説できるようにすることが、当面の目標だということです。

真由さんと話していると、「私ももっとチャレンジをしなくちゃ」と、前向きな気持ちになります。

障害のあるなしに関わらず、私たちは誰かを頼り、頼られている。

その関わり合いの中で生きがいや幸せを感じているのだと思います。
結川弥生
金沢放送局で15年にわたり取材を担当。大切にしているのは主婦、母親の目線。幅広いネットワークを生かし、日々、地域密着のニュースを発信している。