大阪クリニック放火事件 遺族「国の補償制度の改善を」

去年12月、大阪のクリニックが放火された事件で、クリニックに通っていた夫を亡くした女性がNHKのインタビューに初めて応じました。夫は家族のため懸命に仕事への復帰を目指していましたが、今の国の犯罪被害者・遺族への国の補償制度では残された家族が十分な経済的支援が受けられないとして制度の改善を訴えています。

大阪 北区のビルに入る心療内科のクリニックが放火され巻き込まれた26人が死亡した事件から5か月となる今月17日、クリニックに通っていた夫を亡くした女性が初めてインタビュー取材に応じました。

突然、犯罪被害者・遺族となって直面した事態を伝えることで、少しでも同じような立場に置かれた人たちの助けになればという思いからです。

女性の夫は、資格が必要な職業で、正社員として働いていました。

ただ真面目で一生懸命な性格で頑張りすぎてしまい、事件の前、心と体のバランスを崩して仕事を辞めざるを得なくなったといいます。

それでも家族のためにもう一度働きたいと、クリニックに通い、職場復帰を支援するリワークプログラムを受けていました。

心の持ち方などについての講座をいちばん前の席で熱心に聞いていたといいます。
夫が書き残したメモには、「家庭を守る。子どもの成長の可能性を広げてやりたい。家族の笑顔を作りたい」とつづられていました。

女性は「とても仕事が好きな人でした。家族のことを考えて、これから先もう一度働けるように、前向きに取り組んでいる気持ちで書いたんだと思います」と話しました。

持っている資格を生かして復職を目指していた夫を亡くし、女性は1人で幼い子どもを育てていくことになりました。

しかし、頼りにした犯罪被害者の遺族を支援する国の補償制度では、給付金が被害当時の収入額を基準に算定されることを知りました。

夫は長年、働いてきたのにたまたま被害に遭ったとき、収入がなかったことを理由に給付金が低くなるというのです。

女性は「命の価値を勝手につけられているように感じて、命の差を作っている国の制度は理不尽で、憤りを感じます。子どもの進路を、夫が亡くなったことで諦めさせるようなことは絶対にしたくないです」と話しました。

女性は、被害者支援団体とともに、国に対して被害者や遺族の経済的な不安を少しでもなくすために、制度を改善して十分な支援をしてほしいと訴えています。

犯罪被害に遭った人や遺族に対する補償の課題

故意の犯罪で被害に遭った人やその遺族に対しては、「犯罪被害給付制度」で、早期に再び平穏な生活を営むことができるように、国から一時金が支給されますが、女性は、支援が十分でないと訴えています。

「犯罪被害給付制度」では、支給額は、▽被害者の年齢や、▽収入、▽扶養家族の有無などをもとに算定されます。

このうち、収入については被害にあった当時の額がベースとなるため、女性の夫のように一時的に仕事を辞め、職場復帰を目指していた人でも、事件当時、収入がなければ、収入があった場合に比べ、支給される金額が少なくなってしまいます。

女性は、こうした現状について「被害者の命の価値に違いは無いのに、国による制度で違いが出るのはおかしい」として、収入にかかわらず、犯罪被害者への補償を、一般の人の平均給与額か年齢別の平均給与額を基準に支給額が算定される自賠責保険の水準にしてほしいと訴え、4月に支援団体と共に国に要請をしています。

犯罪の被害者や遺族は加害者に対して、民事裁判で損害賠償を求めることもできますが、今回の放火事件では容疑者も死亡し、賠償を求めることができない状況です。

賠償命令が確定した場合でも、加害者から賠償金が支払われずに被害者や遺族の精神的、経済的な苦しみが続くケースも多いということで、女性は、支援団体とともに、国が賠償金を立て替えるなどの新たな支援の仕組み作りをしてほしいと求めています。

犯罪被害者への補償をめぐってはほかの被害者団体も国に対策を求める声をあげていて、自民党の有志による議員連盟も5月、抜本的な支援の強化に関する提言案をまとめています。

警察庁「真摯(しんし)に耳を傾け支援の推進・充実に努める」

現在の犯罪被害給付制度で被害者が収入が無い場合、支給額が低いことについて、警察庁はこれまで、専門家や犯罪被害者などから意見を聞きながら経済的支援をできるだけ手厚くするため、数回にわたって支給額を引き上げてきたとしています。

事務担当者の会議を開き、迅速に裁定するなど、運用の改善について各地の警察に指導しているということです。

警察ではこのほか、
▽居住や雇用の安定を図るために必要な情報の提供や、
▽相談体制の確保、
▽さらなる犯罪に遭わないための安全の確保などの支援策を通じて、一人一人に寄り添ったきめこまやかな支援を行っているとしています。

警察庁は「犯罪被害者等の思いに寄り添い、権利利益を保護するという犯罪被害者等基本法の理念にのっとり、さまざまなご意見に真摯に耳を傾けながら、支援する取り組みのさらなる推進・充実に努めてまいりたい」としています。
犯罪被害者や遺族に対して加害者から賠償金が支払われず精神的・経済的な苦しみが続いているケースも多く、国が立て替えるなど新たな制度を設けてほしいという要請について、法務省は、去年5月に被害者側が加害者の財産の状況を把握しやすいように、民事執行法の一部が改正され施行された一般の人の平均給与額か年齢別の平均給与額を基準に支給額が算定されるとしたうえで、「まずはその執行状況を見ていきたい」などとしています。

専門家「現在の補償制度は被害者や遺族に寄り添っていない」

犯罪被害者や遺族への補償制度について詳しい、常磐大学の元学長の諸澤英道さんは、「現在の補償制度は、被害者の経済的な損失を補うのには金額が少なく、多くの被害者や遺族の現状に寄り添っていない」と指摘しました。

また、遺族の女性が犯罪被害者への補償は交通事故の自動車損害賠償責任保険の補償よりも少なく不十分だと訴えていることについては、「犯罪被害者と交通事故の被害者で補償の違いが出るというのはおかしな話で、せめて同じ基準にすべきだ。その基準として自賠責並みの補償というのは考えられる」と話しました。

そのうえで、「国は国民を犯罪被害から守ることができなかった責任を感じて経済的支援を行い、加害者からも確実に賠償させる仕組みを整えるなど、現在の補償制度そのものを見直すべきだ」と話しています。