【詳しく】対ロシア“IT戦争” 武器の代わりにSNSを

ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナ。
激しい戦いが行われているのは戦場だけではない。
軍事力で劣るウクライナ側はサイバー空間で有利な戦いを進めている。SNSを駆使して国際世論を味方につけているのだ。
他国を動かし、制裁の強化や軍事支援につなげる。21世紀の戦争の実態に迫る。

インターネット・アーミー 募集中

「スマートフォンであろうと銃であろうと、戦いをやめたら国が滅びてしまう」

ウクライナ政府で情報戦のアドバイザーを務めるバレンティナ・アクソノバさんは、その重要性をこう語った。
ロシアとウクライナはかつてない規模の情報戦を繰り広げている。
特にウクライナ側はゼレンスキー大統領から軍、国民にいたるまで、国を挙げて戦っている。

ロシアによる軍事侵攻開始からわずか4日後、ウクライナの文化・情報省はSNSのテレグラムにある投稿を行った。
「多くの国民が『銃を撃てない自分はどう役に立てばいいのか』と自問しているはずだ。ネットにアクセスできるなら『インターネット・アーミー』に参加してほしい」

「インターネット・アーミー」と名付けられたボランティアの募集だった。
呼びかけに応じたのはおよそ30万人にのぼった。

ウクライナのSNS情報戦 戦略は?

「インターネット・アーミー」には、毎日、具体的かつ詳細な指示が届く。
国際世論に影響を与えるため、大量の書き込みを行えと。

ある日の投稿ではアメリカに武器の供与を働きかけるため、アメリカ議会の軍事委員会の議員らにメッセージを送るよう指示。
議員のSNSのリンクに加えて、投稿に使える写真の素材、そして英語ができない人のために投稿用の英語の例文まで用意されている。

ボランティアたちはこうした指示を受けて大量の書き込みを行っている。

「防空システムを供与して私たちの命を救ってください」。

対象となったアメリカの議員のSNSには、ウクライナ政府の指示どおりのことばが数多く書き込まれていた。

書き込みが行われる対象はロシアで事業を続ける企業も含まれている。
政府が標的にしたコカ・コーラや大手食品メーカーのネスレのSNSにもロシアからの撤退を求める大量の書き込みが行われていた。
ネスレは国際的な批判を受け、事業の縮小と利益の寄付の発表に追い込まれた。

“飽きられない”戦術とは?

発信はSNSの書き込みにとどまらない。

「インターネット・アーミー」の1人、映像クリエーターのセルゲイ・ヴォークさんらは自分たちのスキルを生かして動画の発信を続けている。
ロシア軍のミサイルが着弾する瞬間の映像や変わり果てた街の様子を効果的に編集し、英語のナレーションをつけてメッセージを発信している。

ヴォークさんたちが恐れているのは、ウクライナのニュースが国際社会から「飽きられて」しまい人々が関心を失ってしまうこと。

関心が失われれば支援が途絶えるかもしれないと懸念しているからだ。

セルゲイ・ヴォークさん
「毎日ニュースに取り上げられるように、世界の人々がウクライナを忘れないように映画のような見た人が他の人にシェアするなど伝えたくなるように作っている。見た人に事態の深刻さをきちんと伝えられる『通訳』のような役割を果たしたい」

上級者向けの指示は?

ハッキングの知識を持つ人々には、ロシア政府やインフラなどをねらうよう指示している。

ウクライナ国防省は、キエフ郊外のブチャで多くの市民を残虐な手法で殺害したとして、ロシア軍の兵士など約2000人の氏名や生年月日、パスポート番号といった詳細な個人情報を公開した。
責任追及のためだという。
アメリカの有力紙、ニューヨーク・タイムズはこうした情報の信憑性は確認できないとしたうえで、サイバー攻撃の一環だとの可能性に言及している。

家族との会話も情報戦?

ウクライナの情報戦は国際社会だけでなく、ロシア国内にも向けられている。

ロシアではウクライナでの惨状を伝える映像を「やらせ」だとする政府のプロパガンダを信じる人が少なくないからだ。

ことし3月、インターネット上に投稿された音声が多くの注目を集めた。
ロシアに住む父親とウクライナに住む息子の会話を録音したものだった。
歴史的に関係が深いウクライナとロシアでは家族が両国にまたがって暮らしているケースも少なくない。

息子:
「ウクライナではナチスがロシア語を話す人たちを抑圧している」なんて、本当に信じているの?
父:
ウクライナでは若者がロシアを憎むよう教え込まれている
息子:
父さんが息子の話を信じてくれないなんて間違っているよ

この音声を投稿したウクライナ人のミーシャ・カツリンさんが取材に応じてくれた。
「58歳の父はインターネットは使わないので、ロシアの国営テレビや新聞が情報源のすべてです。私は軍事侵攻の犠牲者ですが父はプロパガンダの犠牲者です」

ロシア側に住む家族に現実を伝えることで、ロシア政府に攻撃を止めるよう圧力をかける。

カツリンさんはウェブサイトを立ち上げてプロパガンダを信じる家族とどうコミュニケーションをとるべきか指南している。
アドバイスは具体的だ。

やってはいけない例:
「『なぜ分からないんだ』と言ってはいけない」
(相手が聞く耳を持たなくなるから)
「怒って会話を断ち切ってはいけない」
(1回で説得できなくても、相手は電話を切った後も繰り返し相手のことばを考えるから)
ミーシャ・カツリンさん
「私たち自身が(ロシアの)国営メディアに代わる彼らのテレビやラジオとなる必要があります。家族とコミュニケーションを続けてロシアのプロパガンダに抵抗するのです」

しかし、情報戦で攻撃は止められない?

情報戦においてウクライナはロシアを圧倒しているというのが多くの専門家の見方だ。
SNSを使った情報戦の第一人者は次のように指摘する。
ピーター E.シンガー氏
「ウクライナは自分たちのメッセージを広める情報戦に勝っているのではなく、すでに勝利したと言える。ロシア側が自分たちのメッセージを打ち出すことはもう不可能な状態まできている」

しかし、情報戦に勝利してもロシア軍による攻撃は止められず、多くの市民が犠牲になる状況は変えられていない。
ならば、情報戦の意味は何か。

それは情報戦がサイバー空間だけでなく現実の世界に大きな影響を及ぼしていることだという。

ピーター E.シンガー氏
「戦争における情報戦は外交や国際経済と結び付いている。かつてない規模の軍事支援や制裁は情報戦の勝利なしには起きえなかっただろう」

ロシアはなぜ手をこまねいているのか?

ロシアは情報戦にたけた国として知られている。
ロシアは2016年のアメリカ大統領選挙への介入を行ったとされたり、偽アカウントなどを使って大量の誤情報を拡散させることで何が事実なのかわからなくさせたりするなど世論操作も得意としている。

にもかかわらず、なぜ劣勢に立たされているのか。

その前提にあるのがロシアが一方的に軍事侵攻を仕掛けていることで正当化が難しく、そして市民の犠牲もためらわない残虐な攻撃の証拠とも言える映像が大量に出てくる中で、ロシア側の言い分が通りにくくなっていることだ。

それに加えてアメリカのNSA=国家安全保障局でサイバー戦を担当していたジェイク・ウィリアムズ氏は、ロシアがウクライナを短期間で制圧できるとの見通しから、情報戦の準備を十分していなかったのではないかと分析している。

ジェイク・ウィリアムズ氏
「ロシアはサイバー戦において世界でも突出した国の1つでウクライナは無名ですらあった。それがいきなり勝者として躍り出たのだ。世界各国がウクライナの情報戦の戦い方を注視し、記録しているに違いない。次に起きる紛争ではウクライナの戦い方から学んだ戦いが繰り広げられるだろう」
「この戦いはロシアとウクライナだけの問題ではない。ウクライナは世界全体の民主主義と自由のために戦っている」
ー今、ウクライナ政府が全面に押し出しているメッセージだ。

ウクライナ政府のアクソノバさん
「西側諸国にはわれわれの戦いを支援し続けてほしいのです。ウクライナが世界の民主主義のために戦っているからこそ、ウクライナを支援し続けることが重要だと理解してもらわなくてはいけません」

「戦争の最初の犠牲者=真実」

戦争ではさまざまなプロパガンダが飛び交うため、事実がわからなくなってしまうことが少なくない。

「戦争の最初の犠牲者は真実」と言われるゆえんだ。

ロシア軍の動きは西側諸国の政府やシンクタンクが詳細な分析を行い、民間の企業も部隊の配置などがわかる衛星写真を公開している。

これに対してウクライナ軍に関する情報はその被害状況も含めて限られている。
これはウクライナを支援する西側諸国が、戦闘で不利にならないようにあえて公開していないためだとみられ、出回る情報が意図を持ってコントロールされていることは明らかだ。

さらにSNSの情報は、事実かどうかにかかわらず瞬く間に拡散する。
ロシア、ウクライナ双方から真偽不明の情報や一部だけを都合よく切り取った情報も多く出てきている。
その情報が誰によってどのようなねらいで発信されているのか。
私たちもまた、情報戦の渦中にあるのだ。

(ワシントン支局 辻浩平)