脱ロシアのエネルギー未来図~アメリカは救世主になれるのか~

脱ロシアのエネルギー未来図~アメリカは救世主になれるのか~
「LNG=液化天然ガスの増産をお願いしたい」
5月4日、萩生田経済産業大臣は、アメリカの首都ワシントンで、エネルギー省のグランホルム長官にLNGの調達で協力を要請した。
ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、世界のエネルギー安全保障が揺らいでいる。
G7=主要7か国は、エネルギーのロシア依存からの脱却を宣言する一方、中長期的にどう代替していくのか、大きな課題を背負っている。
世界一の石油・天然ガスの生産国アメリカは、この課題を解決する“救世主”たり得るのだろうか。(ワシントン支局記者 吉武洋輔)

高まる増産機運

アメリカ南部ルイジアナ州キャメロン。

エネルギーの都・テキサス州ヒューストンから湾岸沿いを車で2時間ほど走った場所に、フェンスで覆われた巨大な施設が現れた。
LNGの生産会社「ベンチャー・グローバルLNG」が、天然ガスを液化して輸出する拠点だ。その内部を取材する機会を得た。

ゲートを抜けて最初に案内されたのが、担当者が「全米最大規模」だと胸を張るLNGの貯蔵タンク。
コンクリート製の円柱型で、高さは10階建てのビルに相当する。

タンクの頂上から、東京ドーム80個分以上に相当する広大な敷地を見渡すと、18棟の液化設備を一望できる。その規模の大きさに圧倒された。
アメリカには、2000年代の「シェール革命」を機に、こうした拠点が次々につくられた。

ちょうどこの日、敷地の桟橋に、LNGの運搬船が横付けされていた。
朝方に帰港したばかりだったが、すぐにLNGを積んで、翌日にはポーランドに向けて出発するという。フル回転の状態が続いていた。

ヨーロッパを支えよ

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、EU=ヨーロッパ連合は3月、エネルギーのロシア依存から脱却する決意を示した。

こちらはG7各国のロシアへのエネルギー依存度。
ヨーロッパ各国の天然ガスの依存度はドイツで43%、イタリアで31%、フランスで27%に上るが、フォンデアライエン委員長は、2027年という具体的な目標を掲げて脱却を目指すとする。ヨーロッパのエネルギー政策の大転換となる。

では、どのように転換していくのか。

大きな頼みがアメリカだ。

アメリカからヨーロッパ向けのLNGの輸出は、ウクライナ情勢の緊張が高まっていた1月時点で、前年比で4倍に上っていた。

取材したLNG生産会社のトップも、アメリカ産のガスの需要に自信を示した。
ベンチャー・グローバルLNG マイケル・サベルCEO
「生産能力は今はまだ年1000万トンだが、これを7000万トンに拡大する工事を進めている。
地政学の状況は様変わりし、石油や天然ガスを供給できるアメリカの重要性がますます高まる」

資源なき日本も

アメリカに頼ろうとしているのは天然ガスの9%をロシアに依存する日本も同じだ。

日本がロシア極東の石油・天然ガスプロジェクトなどからの撤退を表明していないことについて、アメリカでは、有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルが「欧米の動きに逆らうもの」と評するなど、資源なき日本のエネルギー事情への気遣いのない論調も多い。

その日本も、G7の一角として、ロシア産原油の原則禁輸を表明。
5月に訪米した萩生田経済産業大臣がグランホルム長官にLNGの増産を要請したのは、天然ガスでもロシア依存を下げていくには、同盟国アメリカからの調達の拡大が代替先として有力な選択肢になると見込んでいるためだ。

前述の「ベンチャー・グローバルLNG」は、3月、日本のJERA(東京電力と中部電力の合弁会社)にLNGの販売を始めた。

サベルCEOは「ほかにも多くの日本企業と接触している」と語った。

脱炭素の要請 見えぬ政策

アメリカはこのまま世界のエネルギー需要を支えていくのだろうか。

石油、天然ガスの生産量がいずれも世界トップのアメリカだが、そのほとんどを国内で消費するため、これまでエネルギー輸出国としての存在感は大きくなかった。

LNGの輸出量でも、オーストラリアや中東のカタールを下回る。

脱ロシア依存を目指すEUに対して、アメリカは、LNGの供給を増やしていくことで合意した。

EUが2021年にロシアから輸入した天然ガス1550億立方メートルの3分の1にあたる量を、2030年までにアメリカ産へと置き替えていくという。
一方で、この数字は、現時点での精いっぱいの対応とも言える。

ヨーロッパや日本の脱ロシア依存を本格的に代替するとなれば、新たなガス田の開発や輸出拠点の拡大が必要になる。

しかし、皮肉なことに、欧米が率先して取り組む脱炭素に向けた政策が、その行方を不透明にする。

ウクライナ情勢を受けて、バイデン大統領は、石油・天然ガスの増産を促す、政策転換ともとれる発言をしているが、エネルギー業界には、脱化石燃料を看板政策としてきた政権への不信感が残る。

脱炭素に積極的なヨーロッパがいつまで化石燃料を購入してくれるかもわからない。

突然増産しろと言われても、将来的なエネルギー政策が見えない中では、新たな投資に踏み切りにくいというわけだ。

高まる両論の声

3月末、テキサス州の石油の業界団体が開いたフォーラムで演説した共和党のアボット知事は、政府にこう注文をつけた。
テキサス州 アボット知事
「ヨーロッパの混乱でテキサス州のエネルギー産業が今ほど重要なことはないことが証明された。
ワシントンがやるべきことは、石油・天然ガス業界を解き放つことだ」
増産を要請するのなら、国有地での開発禁止といった数々の規制を今すぐに見直すべきとの主張だ。会場に集まった関係者たちは大きな拍手で応えていた。

一方、ホワイトハウスの前では、脱化石燃料を徹底して進めるべきだと訴える若者グループたちのデモが行われていた。
参加した学生は「大統領が進める化石燃料の増産はひどい考えだ。再生可能エネルギーを使って安全保障を強めるべきだ」と憤った。

エネルギー安全保障と脱炭素の両立は図れるのか。

アメリカをはじめとする各国のリーダーは、ますます大きくなる課題への対応を迫られる。

混迷する世界の映し鏡

4月下旬、ワシントンでG20=主要20か国の財務相・中央銀行総裁会議が開かれた。
議長国のインドネシアはロシアのオンライン参加を認めたが、アメリカのイエレン財務長官らは抗議の意思を示すため、ロシアの発言の際に退席する異例の展開に。

ロシアに対する各国のスタンスの違い、世界がまとまる難しさを浮き彫りにした。

さらに、G7によるロシアへの前例のない経済制裁は、国家間の対立や経済のブロック化への懸念を高めている。
ロシアはポーランドやブルガリアへの天然ガスの輸出停止というカードを切り始めた。

また、中国やインドは、ロシア産のエネルギーを購入し続ける方針を示す。

ヨーロッパや日本が、リスクを承知でロシアのエネルギーを輸入してきた背景には、経済的なつながりを持つことが対話や良好な関係を促し、国際秩序の安定につながるという理念もあった。

しかし今、その理念も揺らいでいる。

エネルギーをめぐる各国の攻防や思惑は、混迷する国際秩序そのものの映し鏡になっている。
ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局・経済部を経て現所属