知られざる “コメパワー”

知られざる “コメパワー”
小麦粉に食用油、パンやコーヒーに回転ずしまで、連日のように値上げが伝えられる食品。新型コロナによる物流の混乱やロシアによるウクライナへの軍事侵攻の影響で、供給が滞っているものも少なくありません。
こうしたなか、供給はバッチリ、価格も抑えられるある食材から新しい食品が誕生しています。それはコメです。
なんとコメから“チーズ”や“バター”、“ビール”まで作り出すというのですが、どんな味がするのでしょうか。開発の現場を追いました。

(政経・国際番組部ディレクター 馬場卓也 / サタデーウオッチ9キャスター 長野幸代)

代替需要を捕まえろ

訪ねたのは、神戸にあるコメの大手卸売会社「神明」の子会社です。

この日、開発ラボと呼ばれる施設で行われていたのは新商品の試食会。

机に並ぶのはバタートーストにピザ、そしてチーズフォンデュ・・・に見えますが、すべて原料にコメが使われているといいます。
6月に販売を予定しているのが、コメを原料に使った“コメチーズ”です。

国内消費のおよそ80%を輸入しているチーズを、国内でほぼ100%自給できるコメで作るというのです。
チーズの香りが広がった試食会の部屋で、“チーズフォンデュ”を試食しました。

さっそくパンをつけると、本物のチーズのように伸びる伸びる!
10センチ近く伸びました。

そしてすぐに口の中いっぱいに濃厚なコクが広がります。

独特な酸味も感じられ、コメから作っている、と言われなければ分からないかもしれないと思いました。

コメからチーズ どうやって?

いったいどうやって、コメからチーズを作るのか。

会社が10億円かけて建設したという専用工場を取材しました。
原料となるのは、国産のもち米です。

ここにコメが原料である酒かすを混ぜることで、チーズ特有の風味を再現。

さらに、独自の技術でコメのなかにあるタンパク質を抽出・分解し、アミノ酸として加えることで、チーズのようなうまみを引き出しました。

乳製品を使っていないため、乳製品アレルギーのある人も安心して食べることができます。

開発の背景は?

なぜ、会社ではコメを使った商品の開発に力を入れているのか。

理由の1つに、近年のコメ価格の低迷があるといいます。

コロナ禍に伴う外出自粛や飲食店の休業・時短営業の影響で、外食・中食事業者向けのコメの販売数量が激減。

コメ余りとなり、民間の在庫は270万トン(ことし3月/玄米換算)に上っています。

その結果、ここ2年で、取引価格が2割ほど下がっています。
コメの卸売会社としては低迷するコメの需要をなんとか高めたいと考え、創意工夫を重ねたのです。

そこに折からの食品価格の値上がり。

輸入に頼る必要がなく供給も安定、さらにコメの値下がりがコストを抑えることにもつながり、“コメチーズ”の場合、本物のチーズと比べて価格を1割から2割程度抑えられるといいます。

開発に携わった会社の幹部は、コメの卸としての長年の経験からコメの特徴を引き出すことができたといいます。
藤尾益造 取締役専務
「コメは熱すると伸びる特性があり、チーズのとろける食感が表現できる。長年コメを扱ってきたので、コメの特長は知り尽くしている。値上げラッシュのいま、日本で唯一とも言える自国生産できる作物に付加価値をつけられれば、農家はもちろん食卓も救うことができると期待している」

“植物性チーズ” 海外に販路拡大か

販路を拡大するための商談も始まっています。

この日、商品開発の担当者たちが向かったのは、大手商社「伊藤忠商事」です。
チーズの消費量が多い欧米向けに日本発の“植物性チーズ”として大々的に販売ができないか、打診をしました。

商社の幹部は、アメリカやヨーロッパではSDGsの高まりから代替肉など植物性食品に注目が集まっていること、乳製品アレルギーの消費者向けの市場もあることなどから、潜在的なニーズが非常に高いと話していました。

フードロスも解決!?

一方、コロナ禍を機に、コメの活用方法を見直し始めたという企業もあります。

大阪を中心にカレー店を4店舗展開する会社「ジパングフードリレーションズ」が4月から販売を開始したのが、炊飯米(炊いた米)から造った“ビール”です。
コメからビールを造るという意外なアイデアが生まれたきっかけは、新型コロナの感染拡大でした。

緊急事態宣言やまん延防止等重点措置によって時短営業を余儀なくされたことで、廃棄せざるを得ない炊飯米が増えてしまったからだといいます。
安藤育敏 社長
「これまでは昼に炊きすぎても、まかない料理や夜の営業に回せたが、時短営業でそれもできなくなった。客足が読めず、多い月には20キロ、100人前のお米を廃棄することもあった」
まだ食べられる炊飯米を廃棄せずに済む方法がないか。

方法を探る中で出会ったのが、廃棄されるパンから“ビール”を造っていたシンガポールの企業でした。

元々、ビールが大好きだったという社長の安藤さん。

すぐにシンガポールの企業に連絡をとり、炊飯米から造ることができないかと相談。

炊飯米からの“ビールづくり”に適した糖分を抽出する独自のレシピの提供を受け、地元の醸造所とともに開発を始めました。

コメと麦芽の割合など、試行錯誤を繰り返すこと1年。

コメが元々持つビタミンやミネラルを豊富に含んだ、華やかな香りを持つ“ビール”を造ることに成功しました。
試飲してみると、まず感じたのは、炊きたてのお米のようなほのかに甘い匂い。

そして、後味にはしっかりとビールらしいうまみも感じられました。

店頭での販売数は1か月で600本程度と、反応は上々。

今後は付き合いのある飲食店などと協力しながら、フードロス削減の一手としてこの“コメビール”を活用していきたいと考えています。
安藤社長
「コメが余らないようにすることが一番大切なので、本当ならこのビールを造らなくても済む状況を作り出すのが望ましい。ただ、飲食店を経営するうえで、どうしてもコメは余ってしまう。値上げラッシュで食材の調達などが難しくなる中、今あるものをなるべくムダにしないという取り組みの1つとして広まってほしい」

コメが脱プラの救世主に?

コメは食品だけでなく、新たな活躍の場も広げようとしています。
こちらのおもちゃや食器類。原料の一部にコメが使われています。

都内にある「バイオマスレジンホールディングス」という会社が約20年かけて開発した独自の技術で、食用に適さない古米や米菓メーカーなどで出た破砕米とプラスチックを混ぜ合わせることで、特殊な素材を生み出すことに成功しました。

コメの割合を増やせばその分、プラスチックの含有量を減らすことができます。

必要な強度を保ったうえで、最大で原料の70%をコメに置き換えることが可能だといいます。

急速に広がる「脱プラスチック」の動きの中で、「原料として採用したい」という企業からの問い合わせが急増。

最近は原油高や脱炭素などを理由に、一日10件以上メールが寄せられているといいます。

コメの活用に専門家は

企業が相次いで進めるコメの新たな活用。

農林水産省の審議会委員としてコメのビジネスチャンスの検討を行う日本総合研究所の三輪泰史さんは、“SDGsが追い風”になるとしたうえで、“甘えのない商品開発”が市場拡大には欠かせないと指摘します。
日本総合研究所 三輪泰史エクスパート
「SDGsへの関心が高まる中、海外からたくさんのエネルギーを使って運んでくるものを食べる、使うことに疑問を感じる消費者も増えている。そのため、環境にもやさしい国産の植物由来の商品を積極採用するというのが企業価値、ビジネスでの重要なキーワード。ただ、その上で大事なのは、消費が定着するようなすぐれた商品作り。値段が落ち着いた後も、“この商品だから食べる・利用する”といった商品自体の本質的な価値を提供し続けることができるかが、成否を分けることになる」

コメの利用は広がるか

コメがチーズやビールになるー。

聞いた時には「どうせ味は二の次だろう」と思いながら取材を進めたものの、実際に口にすると、いずれも「無理をして食べる」というものではなく、その完成度に驚かされました。
一方で、コメの消費量はこの60年でピーク時の半分にまで減っています。

物価高騰、SDGsを背景に、コメは新たな価値を身にまとうことができるのか。

コメの底力が試されることになります。
政経・国際番組部
馬場 卓也
2013年入局
鹿児島局、首都圏放送センター、ニュースウオッチ9を経て、2020年から現所属
サタデーウオッチ9
長野幸代
経済キャスター
2011年入局
岐阜局、鹿児島局を経て経済部記者
小売企業、証券取引所、不動産業界などを取材