知られざる水中洞窟の謎に挑む

知られざる水中洞窟の謎に挑む
「透き通ったブルーが延々と続いていた」

世界で活躍しているイギリスのケーブダイバー、マーティン・ファー氏のことばだ。ファー氏が30年ほど前に潜水調査を試みたのは、熊本にある水中洞窟。あまりの深さのため先に進めず、今も全容がわからないままになっている。

今回、私たちは特別な許可を得て、洞窟の専門家とともに現地を調査。特別に改良した水中ドローンやVRカメラを駆使し、知られざる水中洞窟の謎に迫った。

(熊本放送局カメラマン・河村信、おはよう日本ディレクター・野澤咲子)

挑んだのは巨大洞窟「神ノ瀬ノ岩屋」

私たちが挑んだのは、「日本三大急流」の一つ、球磨川の近くにある「神ノ瀬ノ岩屋(こうのせのいわや)」。洞窟の入り口の大きさは幅40メートルを超え、国内最大級と言われている。

早速、360度の範囲を撮影できるVRカメラを携えて、洞窟に入ってみた。古くから信仰の対象になってきたのか、入り口付近には神社がある。

その先は、人が立ち入るのを拒絶するように真っ暗な縦穴が口を開けていた。

※下のVR動画は好きな方向に動かせます。

絶壁の先には…

上からではその先がどうなっているのか、わからない。

縦穴は、ほぼ垂直に切り立っていて、岩は崩れやすく、下におりるのは簡単ではなさそうだ。

私たちは洞窟探査のエキスパートたちの協力を得て、ロープを張って慎重に下っていくことにした。

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30メートルは進んだだろうか、地上からの光が届かず周囲はほとんど見えない。ライトをつけると、目の前には神秘的な青の世界が広がっていた。
姿をあらわしたのは、巨大な地底湖。水は驚くほど透き通り、数十メートル先まで見通せそうだ。

水中洞窟に未知の災害リスク?

地底湖の中が、どうなっているのか話を進める前に今回の調査の目的について説明させてほしい。

今回、立ち入りの許可が得られたのは、水中洞窟が引き起こす新たなリスクを解明するという目的があったからだ。
洞窟がある集落では、おととし7月(2020年)、九州を襲った豪雨災害で球磨川が氾濫して広い範囲が水没し、住民3人が亡くなった。

実は集落が水没する前、洞窟の周辺で不可思議な現象が起きていた。川とは反対方向の洞窟がある山のほうから大量の水が流れ出ていたというのだ。

目撃した男性はこう証言している。
球磨村神瀬地区 岩戸智区長
「これまでに見たことがないような水が津波のように流れていました。(球磨川から氾濫した水よりも)洞窟からの水のほうが多かったと思います」
この時、岩戸さんは、高台にある自宅に避難するよう川沿いに住んでいる人たちに呼びかけようとしていたが、山のほうから流れてきた濁流に行く手を阻まれてしまう。助けに行けないまま川沿いの住宅は浸水し、逃げ遅れた住民が犠牲になったのだ。
岩戸区長
「いま助けんと助からんということは分かっていたんですけど、どうしても渡ることができなかったもんですから。今でも悔やんでいるんです」

集落を襲った水はどこから?深まる謎

集落を襲った水は、洞窟からあふれ出たのか。私たちは日本洞窟学会の元会長で九州大学の浦田健作さんと調査を始めた。

すると、意外なことが明らかになった。洞窟の入り口には激しい水が流れた痕跡が見当たらないというのだ。
九州大学 浦田健作さん
「洞窟の入り口付近はコケに覆われているんですよ。激しい水の流れがあればコケは流されるはずなので、この辺りは激しい水が流れていない」
では、水はどこから流れ出たのか。調査を続けると、洞窟の近くで地面が大きく崩れた場所が見つかった。
浦田さんは、地面の下にこの場所と地底湖をつなぐ未知のルートがあり、そこを流れてきた水が、ここから噴き出したのではないかと考えているようだ。
九州大学 浦田健作さん
「なんでここから今回、水が出たのかというのが最大の謎なんですけどね。僕は、ここにですね、いままで知られていなかった未知の水中洞窟が1本あるんじゃないかと思っています」

未知の水中洞窟に挑む

その謎を解明するため、私たちは地底湖に向かった。
地底湖の先に広がる水中洞窟の姿を探るべく特別仕様の水中ドローンを使って撮影を行うことにした。横幅が40センチほどと小さく小回りがきき、真っ暗な洞窟を照らせるよう強力なライトも搭載している。

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いよいよ潜水開始。太陽の光がほとんど届かない地底湖の底。ライトを頼りにドローンを進めていく。

澄み切った青、カメラが捉えた水中洞窟の姿。奥へ奥へと進んでいくと…。

水中洞窟は何本もの道に枝分かれし、複雑に入り組んでいた。
その一つ一つを丹念に調べていったが、どれも途中で狭くなっていて水が噴き出した場所とつながるルートではなさそうだ。未知のルートは、さらに奥にあるはずだ。
われわれが頼りにしたのが、壁にできた“くぼみ”だ。激しい水の流れが渦となって岩を削ってできたもので、これをさかのぼっていけば、奥に広がる水中洞窟の本流にたどりつけると考えたのだ。

しかし、調査は難航した。強い流れに逆らうことで予想以上にバッテリーを消耗し、思うように先に進めないまま時間だけが過ぎていった。

調査を続けること3日。ついに本流につながると思われる幅10メートルほどのルートを見つけた。ついに誰もたどりつけなかった本流の姿を見ることができる。

ところが…。

ルートには大小さまざまな岩が積み重なり、幅40センチのドローンでも容易に入り込むことが出来なかったのだ。ゴン、ゴンとドローンが岩に衝突する音が伝わってくる。

ドローンに搭載したソナーは、奥に広い空間が広がっていることを示している。この先にある本流にたどりつければ、未知のルートも見つかるはずだ。

なんとか入り込もうと隙間を探ったが、ついに突破口を見いだすことはできなかった。

謎を解く手がかりを得た

「ここまでか」。

落胆するクルー。

しかし、浦田さんは、集落を襲った大量の水の謎を解く手がかりが得られたと語り始めた。

そのメカニズムとは…。
水中ドローンの行く手を阻んだ岩によって地底湖と本流の間が塞がれたため、豪雨で流れ込んだ水は行き場を失い、未知のルートに流れ込んだ。

やがて水圧が高まり、水が地表を突き破って吹き出したのではないかと言うのだ。
九州大学 浦田健作さん
「洞窟はできるのに何万年もかかるので、僕らが見てるだけでは何も変わらないようでも、実は刻々と変化は起きている。今後の防災に役立てるためにも何が起こったのかという原因をできるだけ突き止め、明らかにしたいと思います」

取材を終えて…

水中洞窟の近くを流れる球磨川は、ふだんはとても美しく、全国からラフティングなどを楽しもうと大勢の人が訪れます。

豊かな水は地域で暮らす人たちにも多くの恵みをもたらしてきました。

しかし、時に自然は、荒々しい姿を見せ脅威にもなりえます。

自然と、どう向き合って暮らしていくのか、多くの地域に共通する課題について、私たちは改めて考え直す必要があると感じました。
熊本放送局 カメラマン
河村 信
2002年入局
札幌局・報道局などを経て現所属
NHK潜水取材班指導員
流氷の下など、各地の潜水取材の他、熊本豪雨や観光船事故などの緊急報道にも携わっている
おはよう日本 ディレクター
野澤 咲子
2016年入局
熊本局を経て2020年から現所属
球磨村の好きな場所は「沢見の展望所」