「電子レンジ使えます」“おけ”で作った弁当箱

「電子レンジ使えます」“おけ”で作った弁当箱
『木でできた弁当箱も、電子レンジで温められたらいいのに…』
そんな願いに応えたある弁当箱を開発したのは、香川県にある小さな「おけ屋」です。
商品開発のカギを握ったのが、伝統的な「おけ」作りの技術でした。
時代に求められる商品とは何か。奮闘する若き職人を追いました。
(高松放送局記者 楠谷遼)

若きおけ職人 伝統産業にかける思い

一般的に、木製の食器は電子レンジにかけることができません。

“木製なのに、電子レンジで温められる”

そんな弁当箱を開発したのは、香川県三木町のおけ屋の3代目、谷川清さん(37)です。
工房では、60年以上前の創業以来、昔ながらの「すしおけ」や、ごはんを入れる「おひつ」、風呂で使う「おけ」などを製作してきました。
その一方で、新たなことに挑戦しようという思いは、谷川さんが4年前に家業を継いだ時から持ち続けていました。

時代に合わせた商品の開発こそ、伝統産業が生き残るカギだという考えからでした。

父親は家業を継ぐのに猛反対

実は谷川さん、介護施設で働いていた当時、父親に家業を継ぎたいと告げたところ、猛反対されました。

需要が減少し、海外から価格の安いおけが大量に入ってくる中、今後おけが売れていくとは思えないというのが父親の当時の考えでした。

3か月近く毎日のように説得を続け、なんとか両親からの了承を得ることができました。
父親 谷川雅則さん
「継ぐと言われて確かにうれしい部分もあったが、それ以上に、職人としてこの先、生活できるかどうかを心配する部分の方が大きかった。
絶対苦労するだろうからやめておいた方がいいと」
谷川清さん
「おやじや母親からおけの需要が減っていると聞かされていたが、なぜ減っているのかというと生活に合っていないだけの話で、ライフスタイルに沿っているもので売れないものはないはずだと思っていた」

レンジで使える弁当箱 開発の課題は

おけを作る上で最も難しいとされるのが、木片一つ一つを1ミリに満たないレベルで精密に削ることです。

少しでも角度が違えば、きれいな丸い形のおけにはなりません。
おけ作り40年以上のベテランの父親の技術を、見よう見まねで習得した谷川さん。

かねてから思いをめぐらせていた“ライフスタイルに沿った商品”として2年前に開発したのが、おけの形をした弁当箱です。
通常のおけと同様、一つ一つの木片を組み合わせて作られています。

木の持つ保湿性により、ふっくらとしたご飯を家の外でも楽しめるだけでなく、電子レンジにかけられることが大きな特徴です。
しかし、完成までには大きな課題を乗り越える必要がありました。

弁当箱の素材の木は水分を含むため、レンジを使うと急速に収縮や膨張をして大きさが変わってしまうのです。
おけは、側板に溝をつけて底板をはめ込む構造をしています。

底板が乾燥して収縮すると、側板との間に隙間が空き、中の汁などが漏れてしまいます。
一方で、底板が水分を吸収して膨張すると側板に力が加わり、割れてしまうおそれがあるのです。
このため、レンジで木がどう変化するかを考えながら、板の厚さや大きさを1ミリ以下の非常に細かいレベルで加工。

職人の技術力に新たなアイデアを加え、収縮しても隙間ができず、膨張しても力が加わらない絶妙の形状を実現しました。

開発の陰に 父親の技術

実はこの技術、谷川さんが父親から受け継いだものでした。

かつて、父親が「食洗機にかけられるおけ」を開発しようとしたとき、食洗機にかけることで木の大きさが変わってしまうという同じ課題に直面し、試行錯誤を繰り返してようやくたどりついた形状だったのです。
谷川清さん
「おやじが別の商品を開発していたとき、納入しても失敗して大量に返品されてというのを繰り返して苦労していた。
何年もかけて試行錯誤して、ようやくたどりついたものだと知っていたから、これをなんとか自分の商品で生かしたいと思っていた。
実際にできあがったときに、改めておやじのすごさを痛感した」
こうして完成した弁当箱は、工房の看板商品になりました。

家具づくりも「おけ」の技術で

おけの持つ可能性をさらに広げたいと、谷川さんはこのほかにも新たな挑戦を続けています。

タッグを組むのは、友人の家具職人やデザイナーたちです。

そのひとつが、おけ型のいすです。
おけを大きくした形をしていて、座面には地元で捕獲された鹿の皮を使うことなども考えています。

もうひとつは、食器です。
サラダやパンをのせることを想定しています。

こちらも、木片を微妙な角度で組み合わせる、おけづくりの技術が生かされています。

谷川さんたちは、一連の商品に、地元のシンボルの山にちなんだ「白山(しらやま)コンセプト」というブランド名をつけて、この夏にも市場に投入する計画です。
谷川清さん
「伝統的なおけだけに技術を使うのではなく、いろんなところにこの技術を生かして、これまでにない全く新しい商品を生み出していきたい。
違う分野の商品を手がけてきた仲間たちが集まるからこそ、それぞれが個別にやっていたら絶対思いつかないようなものが生まれてくる」
父親から受け継いだ技術を生かしながら、時代に合った新しいおけ作りに挑戦する谷川さん。

今度は自分の後にも工房を継ごうという人が現れるよう、新たな伝統をつくっていきたいと話します。
谷川清さん
「すごい技術を持っているはずなのに、父はかつてそれを誇れずにいて、寂しいしもったいないと思っていた。
この技術を生かした弁当箱を買ったお客さんから感謝の声をもらって、この技術は残していかないといけないし、自分の代で終わらせたくないと改めて思った。
時代に合ったおけづくりを進めて、今後も後を継ぎたいと思ってもらえるような産業にしていきたい」

伝統の職人技 未来は

時にジョークを交え快活に笑いながら、取材に応じてくれた谷川さん。

伝統産業の職人さんはもっといかめしい雰囲気かと思っていたので、最初に会った時は少し驚きました。

おけ作りでは、木片の一つ一つを1度にも満たない角度で削るなど、微細な加工技術が必要です。

真剣な表情で作業にあたる谷川さんの様子などを通じ、おけ作りの奥深さを知ることができました。

県内にかつて数十軒はあったといわれるおけづくりの工房は、いまや谷川さんのところを含め、わずか2軒にまで減少したといいます。

伝統の職人技は、若い感性によってどのように引き継がれていくのか。

これからも注目していきたいと思います。
高松放送局記者
楠谷 遼
2008年入局
鳥取局、経済部などを経て、2021年秋から地元の香川県で勤務
現在は地域経済のほか地元の活性化に取り組む人たちを取材