ビジネス特集

独自分析で見えた上海の“混乱” ゼロコロナで窮地の中国経済

中国経済が今、窮地に追い込まれています。最大の要因は新型コロナウイルスの感染拡大とゼロコロナ政策による厳しい対策。上海をはじめ、各地で都市全体が「閑散」とし、機能停止に陥ったかのような状況が起きています。一方、その裏側では、世界に大きな影響を与えかねない深刻な「混雑」も起きていることがデータの独自分析と取材でわかってきました。

「閑散」が世界経済のリスクに?

「中国のゼロコロナ政策の失敗は、ことしの世界の最大のリスクとなる可能性がある」

これは、アメリカの調査会社「ユーラシア・グループ」が年初に行った予測です。

そして今、その予測が現実味を帯びているという指摘が出ています。
中国では3月以降、急速に感染が拡大し、上海をはじめとした各地で厳しい外出制限が導入されています。

人口約1700万の広東省・深セン※や人口約1300万の陝西省・西安、人口約1000万の黒竜江省・ハルビンなど、厳しい制限が取られた都市は20を超えています。(※「土」へんに「川」)
上海 4月8日撮影
これらの都市では、外出が全く認められなかったり、生活必需品の買い物などごく一部に限られたりして、工場の操業停止や個人消費の落ち込みにつながり、都市機能が停止したような状況に陥りました。

その裏側で起きている「混雑」

閑散とした都市の様子が伝えられるのと同時に、深刻さを増しているのが、ある「混雑」です。
世界最大の港であり、国際的な物流拠点となっている上海港で起きている混乱のことです。

私たちは今回、港の状況に関するデータを独自に分析しました。衛星データの解析などを行う「IHIジェットサービス」から、海や河川を航行する船舶の位置情報のデータの提供を受けて貨物船の動きを図示。

そして、海図や海運会社の担当者の話などをもとに上海港に入るために貨物船が沖合で待機する区域を絞り込み、その区域で確認できた船の数を集計しました。(下記の動画の白枠内)
クリックすると動画が再生されます(19秒)
外出制限が始まる約1か月前の3月1日時点では1日に約730隻の貨物船が確認され、活発に動いている様子が見てとれます。
クリックすると動画が再生されます(14秒)
それが、制限が始まって2週間以上たった4月16日時点では貨物船は約940隻と3割近く増加。

沖合にとどまる船が目に見えて多くなっていました。

この状況について、国際物流に詳しい拓殖大学の松田琢磨教授は、次のように分析しています。
拓殖大学 松田琢磨教授
松田教授
「上海の港の機能が低下した結果、港の出入りがしにくくなって沖合で待つ貨物船がとても多くなっている」
入港できず待機を余儀なくされた貨物船による混雑が起きていると指摘します。

中国政府は、「上海港に停泊する船の運航は比較的正常だ」とし、大きな混乱は起きていないとしていますが、データからは、公式見解どおりではない実態が見えてきたのです。

「閑散」が「混雑」をもたらした?

なぜ沖合で待つ船が増えているのか。

現地に進出する日系の物流会社などへの取材によれば、その要因は、上海や周辺での感染対策によって貨物トラックの運転手が不足していることにあります。

外出制限で自宅から外に出られない運転手も多いほか、勤務できたとしても陰性証明などを提出し、上海市内や高速道路を通行するのに許可が必要なためです。
上海の通行許可証
さらに、部品メーカーが集積する江蘇省など周辺の地域では、感染対策として、上海を通行したことがある運転手や車の立ち入りを許可しないところもあります。

港での貨物の積み降ろし作業は行われていても、輸送する運転手の出入りが滞り、荷物が港にたまったり、輸出する荷物が入ってこなかったりしているというのです。

その結果、陸揚げできず、沖合で待つ船が増えている状態だとみられています。
上海の物流の混乱の影響は中国だけでは収まらず、日本でも一部の企業が一時、工場の操業停止や減産を余儀なくされる要因にもなっています。

拓殖大学の松田教授は、世界の供給網への影響が深刻化する可能性があると指摘します。
松田教授
「外出制限が解除されたとしても港に荷物がたまっているので回復には1か月程度はかかるだろう。その後もし上海からの輸出が急回復すると、今度は欧米の港で荷物がさばききれずに混雑し、またコンテナ不足が起きるリスクもある」

“中国事業のリスク高まる”

外出制限は生産現場にも大きな負担となっています。

人口約900万の東北部・吉林省の中心都市、長春では、3月11日から外出制限が始まりました。

市当局が徐々に制限を解除すると発表したのは4月28日。厳しい制限が1か月半にわたったのです。
長春は自動車メーカーや関連企業が集積し、製造業が盛んな都市ですが、この間、ほとんどの企業が完全に操業を停止せざるをえない状況に追い込まれました。

現地にある日系の鋼材加工メーカーの社長を務める久間毅之さんによると、外出制限は、当日、急に当局から電話がかかってきて通知され、直ちに始まりました。

そのため何の準備もできずに生産が止まり、事務処理も滞りました。
工場は当局が封鎖して人の出入りを確認するセンサーを設置したため、仮に出勤すると処分を受けるおそれもあったということです。

4月28日に47日ぶりに外出できたという久間さんは、事業環境の変化を肌身に感じています。
日系の鋼材加工メーカー 久間毅之社長
久間社長
「コロナそのものよりも政策によって生み出される恐怖に対して住民の心理的な負担が大きいと感じます。ゼロコロナ政策が厳しく取られる中で、中国で事業を行うリスクが高くなっているようにも思います」

ウクライナ侵攻による悲鳴も

国内での感染拡大が経済に打撃となる中で、追い打ちをかけているのがウクライナ情勢を受けた原材料価格の上昇です。

広東省東莞にある非鉄金属の部品メーカーでは、主力製品に使われるアルミニウムやすずの仕入れ価格が最高値を更新し続けています。
世界経済がコロナ禍から急速に回復したことを背景に原材料価格が高騰した影響で、去年1年間の利益は前の年と比べて1割ほど落ち込みました。

ことしに入ってから価格はやや低下していましたが、ロシアのウクライナ侵攻以降、再び上昇に転じ、取材した4月時点では、年末比で2割ほど上昇。おととしの2倍近くになりました。
このためメーカーでは、一部の製品の価格を引き上げる対応をとっていますが、値上げによって取引先が離れる懸念もあり、経営をめぐる不透明感が増しているといいます。
非鉄金属部品メーカー 索有喜 副総経理
索有喜 副総経理
「利益の少ない受注を減らして赤字になるリスクを避けながら品質を高め、付加価値の高い製品の受注を伸ばすしかない」

“誤算”に強まる危機感

国内外の要因が景気にもたらす影響について、中国政府は、「外部の不安定さと不確実性が増していることや、国内の感染拡大など予想していなかった突発的な要因で経済の下押し圧力が強まっている」(国家統計局報道官)として、「誤算」だったと認めています。
当局は危機感を強めているとみられ、4月25日には追加の金融緩和を実施。

さらに4日後には共産党の重要会議を開き、「新たな政策手段を打ち出す必要がある」と、景気を刺激する姿勢を鮮明にしました。

再びV字回復は果たせるのか

しかし、直近では、首都・北京でも感染が増え始め、感染対策は厳しさを増しています。

4月30日から5月4日にかけては、中国でもメーデーにあわせた5連休でしたが、北京ではすべての飲食店で店内の飲食が禁止に。本来なら景気に弾みをつけたいところですが、街がひっそりした様子で、この措置は5月10日時点でも続いています。
閑散とした北京駅 4月30日撮影
各地で厳しい感染対策がとられる背景には、3月に共産党の最高指導部による会議で「職務怠慢で感染拡大が制御不能になった場合は厳しく責任を問う」という方針が示されるなど、感染が拡大すれば処分されるという危機感が地方当局の担当者にあることだとみられています。

経済の減速が避けられないことで、中国政府が掲げることしの経済成長率の目標「5.5%前後」の達成は難しくなっているという指摘が多く出ています。

取材をしていると、中国の経済関係者からも、「あくまで目標達成を目指すなら、ゼロコロナ政策を転換して消費を刺激する必要がある」という声が聞かれます。

おととし新型コロナウイルスが感染拡大したあと実現させたV字回復のように、今回も景気に力強さを取り戻せるのか。ゼロコロナ政策の行方が鍵を握っています。
中国総局記者
伊賀 亮人
仙台局 沖縄局 経済部などを経て現所属
広州支局長
高島 浩
新潟局 国際部 政治部を経て現所属
ネットワーク報道部記者
穐岡 英治
報道局 大津局を経て現所属
データビジュアライズチーム「NMAPS」でデータ分析を担当
メディア開発企画センターエンジニア
渡辺 聡史
「NMAPS」でデータ処理を担当
ネットワーク報道部ディレクター
森田 将人
「NMAPS」でデータ分析・可視化を担当
ネットワーク報道部ディレクター
田中 元貴
「NMAPS」でデータ分析・可視化を担当

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