朝日新聞阪神支局襲撃事件から35年 亡くなった記者を追悼

昭和62年に兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が押し入り、記者2人が殺傷された事件から、3日で35年となり、支局には朝から知人や地元の人が訪れて、亡くなった記者を追悼しました。

昭和62年5月3日の夜、西宮市の朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が押し入って発砲し、当時29歳だった小尻知博記者が殺害され、別の記者1人も重傷を負いました。

事件のあと「赤報隊」を名乗る犯行声明文が報道機関に送られ、朝日新聞を狙った犯行が繰り返されましたが、未解決のまま時効となりました。

事件から35年となった3日、支局には小尻記者を知る人や地元の人が訪れ、入り口付近の祭壇で遺影に手を合わせていました。

このほか支局では例年、記帳台と拝礼所を設け、3階の資料室を公開していましたが、新型コロナ対策として、おととしと去年に続いて、ことしも見送られました。

小尻記者から取材を受けたことがある千葉県の高校教師、沼山尚一郎さん(58)は「小尻記者は出会った人を大事にする優しい人でした。この事件が語り継がれることは大きな意味があるし、重みもあると思います」と話していました。

また当時、阪神支局に勤務していた折井邦生さん(78)は「小尻記者は常に弱い立場の側に立ち、納得するまで熱心に取材を続けていました。この事件は民主主義への挑戦であり、許せません。時効にはなりましたが、犯人を捕まえてほしいと今でも思っています」と話していました。