「相対性理論」はわかるけど 学校の宿題は難しい

「相対性理論」はわかるけど 学校の宿題は難しい
「小学生で大学レベルの数学を理解する」
「バイオリンの上級曲を初見で演奏できる児童」――
科学や言語、芸術などで優れた能力を持つ子どもたち。
その秀でた能力には多くの人たちが驚かされますが、当の子どもたちに話を聞くと、私たちが意外に思うことで苦労しているといいます。
いったいどういうことなのでしょうか。
(大津放送局 記者 松本弦)

アインシュタインと量子力学を語る小学生

滋賀県大津市に住む小学6年生の智(さとし)くん(仮名)。
智くんは読書が大好きで、放課後、専門書を読むことを楽しみにしています。

はじめは緊張した様子で口数も多くありませんでしたが、興味のあることを尋ねると、とたんに様子が一変します。

新幹線の絵を描きながら、話し始めたのはアインシュタインの相対性理論について。
智くん(仮名)
「新幹線の中に光の往復で時を刻む時計があったと仮定します。一方、地上にも同じ時計を置いている。新幹線が走り出すと速度の条件が変わりますよね。この時、外から見ると新幹線の時計の光がずれて往復しているように見える。しかし光の速度は変わらないという原理をもとに考えると、外側からは新幹線の時計のほうが、時間がゆっくり進んでいることになる」
私(記者)の理解が追いつかないスピードで、すらすらとよどみなく話す様子に驚かされました。

後日、専門家に確認したところ、智くんは相対性理論について正しく理解していることが分かりました。

知能検査の結果、智くんは「言語理解」に関する分野でIQ(=知能指数)が150。難解な理論や文章の読解に優れた能力があるといいます。
このほかにも量子力学の専門書を読んだり、プログラミングを学んで自分でゲームを作ったりしているという智くん。

自宅の本棚にはずらりと本が並び、そのほとんどを読んでしまったといいます。

「ギフテッド」と呼ばれる子どもたち

専門家によりますと、アメリカなどでは智くんのように、ある特定の分野に特別な才能を持つ子どもたちは、「ギフテッド」と呼ばれます。

「天性の素質を与えられている」という意味があり、学習能力が秀でていたり、美術や音楽で高い技術を発揮したりする子どもがいます。

特にアメリカでは、そうした子どもたちの才能を伸ばすための教育が充実していて、「飛び級」や「飛び入学」をできるようにしたり、その子どもに合ったペースで学習できるようにしたりするなど、幼いころからさまざまな環境で支援を受けられるということです。

アインシュタインはわかるけど 学校の宿題は…

何気なくすらすらと相対性理論を話す智くん。

「すごいね!」そう言いたくなった私に、智くんはとても苦手なものもあると話し、学校の宿題を見せてくれました。
授業で乗ったびわ湖の船について感想をまとめる宿題です。

用紙の大半が白紙のままになっています。

智くんは手で文字をうまく書くことができないというのです。

さらに、ほかにも苦労していることがあるといいます。

それは、自分が考えていることが、周囲の人たちになかなか理解してもらえないことです。

場合によっては、「自慢話をしている」と受け止められて、しだいに学校に行くことがつらくなっていったといいます。

智くんは、自分のペースで学習したいと考え、去年から特別支援学級に通っています。

“息子は孤独感を感じています”

智くんの母親は、将来に不安を感じているといいます。
母親
「息子は本当に自己肯定感が低くて、お話が通じる友達も周りにいないし、授業で自分ができることを評価してもらえるわけでもない。『自分にいいところは何ひとつない』と言って、孤独感を感じていました。今は支援級(特別支援学級)に通えていますが、周囲とのコミュニケーションで苦労した経験がすごく多いので、今後進学などで環境が変わったときに、新しいお友達の中でやっていけるのかなと心配しています」
そして母親は、次のように訴えました。
母親
「一見勉強ができるように見えても、その裏ですごく傷ついている子どもたちがたくさんいると思います。けれどそのサポートは、親の力だけではできません。学校生活を送るのにも先生の理解が不可欠ですし、悩みを打ち明けられる友人も必要だと思います。こうした子どもたちがいるということを、一人でも多くの方に知ってほしいです」

“才能と困難をあわせ持つ”子どもたち 国が実態を調査

智くんのような子どもは、実は少なくありません。

国は去年、”特定分野に才能のある児童生徒”を支援するために有識者会議を立ち上げました。

メンバーは、全国の大学教授やNPOの代表など10人余り。

日本では、子どもの才能をどのように見いだし、その能力を伸ばすのかが十分に議論されていないとして、才能ある子どもたちへの教育や支援策について検討を始めたのです。

そして、その一環として、去年、子どもたちの実態を探るためのアンケートが行われました。
対象になったのは小学生から高校生までの児童や生徒たち。同年齢の児童や生徒たちと比べて、知能や芸術、運動、教科ごとの学力などにおいて一定以上の能力を示す子どもたちです。

去年8月から9月にかけ、インターネットで回答を受け付けたところ、児童や生徒、保護者、それに学校の教員などからおよそ800の回答が寄せられました。

アンケートからわかってきたのは、子どもたちは、特定分野に才能がある一方で、困難も抱えているという実態でした。

子どもたちが持っている才能の例については、次のようなものがありました。
▼小学2年生で中学の数学を終える勢いで、大学レベルの数学に理解を示している
▼小学生で、初見で上級レベルの曲をバイオリンで弾くことができる
▼中学生で中国語を聞き取り、英単語は一度聞けば覚えられる
一方、子どもたちが抱えている困難としては、こう指摘されています。
▽発言すると授業の雰囲気を壊してしまうので、わからないふりをしなければならない
▽周りに合わせる必要があると感じ、知識を入れることに恐怖を感じるようになった
▽みんなと違う部分が強調され、いじめの対象になりやすい

”ありのまま過ごせる居場所を”

特別に優れた能力を持ちながら、学校や集団生活で苦労している子どもたちは、どうすれば自分らしくいられるのか。

支援するための取り組みも行われています。

そのひとつ、大津市で子どもたちが定期的に集まるフリースクール「トライアンフ」を訪ねました。
場所は、市内の商店街にある町家。

続々と集まる子どもたち。

アットホームな雰囲気のある部屋で、色鮮やかな絵を描いたり、動物についての専門的な知識を深めたりと、1人1人が自分の興味があることに思い思いに取り組みます。
美術の能力に優れている女子生徒が描いた絵です。
「容姿」をテーマに、鏡をのぞき込む女の子と、そこに映るキャラクターの対照的な姿が描かれています。
女子生徒
「タイトルをつけるなら、『かわいいね』かな。自分の容姿に悩むことってあると思うんですが、ほかの人から見たら、あなたはかわいいんだよと、絵で伝えたかったんです。私にとっては、自由な時間が過ごせるこのフリースクールは大事な場所です。1人で好きなこともできるけど、みんなと同じ時間も過ごせる。そのバランスが良くて居心地が良いです」
このフリースクールを運営している、谷川知さんです。

子どもが音楽の分野で高い能力を持っていましたが、学校に通うことに負担を感じて、不登校になった経験があります。

その経験から、3年前、子どもたちが無理に周囲に合わせなくて済むように、そして自分の時間を過ごせるように、このスクールを開いたといいます。
谷川さん
「こっちの分野にはすごく興味があるけれども、こっちの分野にはないっていう、濃淡があるお子さんが非常に多いと思いますね。自分が自分のままでいていい、ありのまま過ごせてほっとできる場所は求められていると思います」

“保護者どうしの交流の場”も

悩みを抱えているのは、子どもたちだけでなく、その保護者も同じです。

谷川さんは、保護者どうしが交流できる「親の会」も立ち上げています。
谷川さん
「子どもの悩み=保護者の悩みだと思います。自分の子が学校になじめなくなり、今後どうなるのかが分からず、道筋が見通せない。いばらの道を歩んでいくような感覚があり、保護者にも孤独感があるんです」
この日、保護者どうしの交流会がオンラインで開かれました。

全国から悩みを抱える保護者が参加し、直面している悩み事について語ります。
参加した保護者
「周囲に子どもたちへの理解を求めていかないと、せっかくいいところがあっても伸ばせずにつぶれてしまう。それが一番心配です」
参加した別の保護者
「子どもが周りのお友達からあぶれている状態です。いったい何がこの子にあう対応なのか、ずっと探していますが、なかなか答えが見つかりません。いろんな子がいるということを、社会や学校にただ認めてほしいです」
谷川さん
「子どもって何も知らずに生まれ育っていく中で、制度や社会常識にそまっていかなくてはいけない。その社会を作っている大人には、やはり責任がある気がします。子どもって、子ども時代を楽しく生きていく必要があると思いますし、それが幸せにつながっていってほしい」

「子どもに多様な選択肢を」

才能と困難をあわせ持つ子どもたちをどう支えていけばいいのか。

国の有識者会議のメンバーで子どもの才能教育に詳しい、関西大学の松村暢隆名誉教授は、こう話します。
松村名誉教授
「才能があり、かつ困っている子は全体の数パーセント、クラスに1人ほどいると思います。自分の子が気づいていないけれども、そうかもしれない。身近な問題なんです」
松村さんは、1人1人の子どもが力を伸ばせるよう、日本の教育システムを改善する必要があると指摘します。
松村名誉教授
「日本の戦後の教育システムは、教室でみんなが同じ内容を、同じ方法で、同じスピードで進めるのが公平でよいのだとされてきました。この考え方は、さまざまな家庭環境の子どもに教育の機会を与えることになり、多くの子どもたちの学力や教養の底上げに貢献しました。しかし平等性が重視される一方で、周りと合わせないといけないという同調圧力が生まれてくると、どうしてもなじめない子どもが出てきます。学び方を固定せず、子どもに多様な選択肢を与えて、主体的に学べるようにする。そうした支援の仕組みがあると、少しずつ子どもが生きやすくなると思います」
国の有識者会議では今後、学習や学校生活で困っている子どもたちをサポートするために、次の論点などで議論を進めることにしています。
▼才能ある子どもたちの特性を見いだす方法や指導の在り方
▼学校や教室にとどまらず、大学や民間事業者など、学校の外と連携して学びの場を充実させる方法
▼支援する環境の整備やリソースの確保
そして、ことし中に結論を出したいとしています。

“未来の子どもたちに すてきな社会を”

「子どもって、子ども時代を楽しく生きていく必要があると思いますし、そのために1人1人の大人が向き合っていかなくてはいけない」
取材を通じ、フリースクールを開く谷川さんの言葉は力強く、とても印象的でした。

子どもたちがのびのびと過ごし、豊かな才能を発揮できる社会をどうつくるのか。
日本ではまだ議論が始まったばかりです。

相対性理論が好きな智くんの母親は、国の有識者会議をきっかけに、子どもたちへの理解が広がってほしいと話しています。
智くんの母親
「教育の現場に支援の輪が広がれば、子どもにとっても、保護者にとってもすばらしいことだと思います。生きづらさを抱える子どもたちに寄り添い、大人が手を差し伸べられる社会になったら、すてきですね。未来の子どもたちのために、有識者会議がその一歩になってほしいと願っています」
大津放送局 記者
松本弦
平成30年入局。事件や事故、いじめ問題など子どもについての取材を続ける