ロッテ 佐々木朗希 “令和の怪物” 覚醒の背景

ロッテ 佐々木朗希 “令和の怪物” 覚醒の背景
最後の105球目は146キロのフォークボールでした。
プロ野球記録に並ぶ1試合19奪三振。
そして28年ぶり史上16人目となる完全試合という歴史的な快挙を達成したロッテの佐々木朗希投手。右手を力強く握りしめたあと両腕を広げマウンド上で笑顔を見せました。
プロ3年目の20歳。“令和の怪物”と言われてきた佐々木投手は、なぜこの試合で覚醒したのか?関係者の証言も交えて振り返ります。
(スポーツニュース部 記者 森脇貴大)

覚醒

しなるようなフォームからの剛速球。
目の前でプロのバッターが次から次へと三振に倒れていく。
その数が増えるにつれ、スタジアムのざわめきが大きくなりました。
「違うスポーツを見てるみたいだなあ」
記者席でスコアを記入していた私の隣でアナウンサーがつぶやきました。
2022年4月10日。日曜日のZOZOマリンスタジアム(千葉)。
ロッテ対オリックスの3回戦。佐々木投手にとって今シーズン3試合目の先発登板でした。
この試合、佐々木投手がオリックスの1番 後藤駿太選手へ投じた1球目は160キロ台のストレートでした。2球目、3球目もストレートで押し、4球目は落差の大きいフォークボールを打たせてセカンドゴロ。これがすべての始まりでした。
2番のバレラ選手、3番の吉田正尚選手は、ストレートとフォークボールで2ストライクに追い込みフォークボールで三振。1イニングをわずか10球で抑え、手応えを感じていました。
佐々木朗希投手
「ストライク先行でいけたのと、ストレートとフォークボールの質がすごくよかった」

“ストレート”と“フォークボール”

2回以降もストレートとフォークボールを軸に次々と三振を奪っていきました。3回を終え、7者連続奪三振。打者9人を完璧に抑えました。
ここまでで佐々木投手が投げた36球のうち、34球がストレートもしくはフォークボールでした。
なぜ、この2球種だけで相手打線を抑えることができたのでしょうか?
プロ野球で2000本安打をマークし、去年ロッテで現役を引退した鳥谷敬さんに話を聞きました。
鳥谷敬さん
「ストレートとフォークボールがほとんど同じ軌道。同じラインからフォークボールは(打者の手前で)落ちてくる。ストレートが145キロくらいなら、『ストレートを待って、フォークボールに反応できました』ということはあると思うが、ストレートのベースが160キロと考えると、やることと時間のバランスが合わないので空振りしやすい。人の想像を超えている」

異変

佐々木投手はその後も次々に三振を奪い、4回には10連続奪三振でプロ野球記録を更新。さらに5回も3人を三振で抑え記録を13者連続奪三振まで伸ばしました。
しかし6回、異変が起きました。
ストレートがシュート回転したり、高めに抜ける場面があったのです。
ロッテ 木村龍治 投手コーチ
「狙いすぎてボールゾーンに行ってしまうのが、佐々木投手の状態がよくない時の傾向。狙いすぎちゃって、“力み”と言うものが入ってしまい、自分で崩れていってしまう」
2019年12月9日。ロッテの新入団選手発表会が開かれた。ここでドラフト1位の佐々木投手は真新しいユニフォーム姿でプロでの目標を話していた。
佐々木朗希投手
「ピッチャーとして完璧なところが僕にとって理想なので、そういうピッチャーになれるよう頑張りたい」
ただその“完璧”を求める故の課題がありました。
それが、「力み」でした。
試合でボールが先行すると力んでしまい、球がシュート回転や高めに抜け、フォアボールになったり打ち込まれたりして自滅する傾向があったのです。
しかし、この試合、佐々木投手が“力み”で自滅しなかった背景には、ある選手の存在がありました。
キャッチャーの松川虎生選手(18)です。

年下のキャッチャー

松川選手は、高校を卒業し1年目ながら開幕スタメンマスクをかぶったドラフト1位ルーキーです。
佐々木投手はみずから投球を組み立てたいタイプで、これまでは先輩キャッチャーに対してもちゅうちょすること無くサインに首を振っていました。
しかし、キャンプからこの年下の松川選手とバッテリーを組み、ブルペン、練習試合、オープン戦と徐々に経験を重ねると、積極的にコミュニケーションをとってくる松川選手に対し、次第に心を開いていきました。
佐々木朗希投手
「本当に僕の考えをくみ取ってくれて、僕が投げたい球をサインで出してくれる」
わずかな異変が見られた6回終了後。
松川選手は
「いつもどおりシンプルに、テンポよくいきましょう」
と佐々木投手に声をかけていました。
この場面について松川選手は次のように話してくれました。
松川虎生選手
「佐々木投手は100%を求めるところがある。自分でピッチングを作るというか、配球を考えていることもあるかなと思う。もっとシンプルに考えれば、もっとこう有利にできるのではないか」
この試合、ピンチは7回にもありました。
1番の後藤駿太選手に対し、3球連続でボール。あと1球でもストライクゾーンを外したら完全試合を逃してしまう場面でした。
しかし、佐々木投手はここから立て直しました。ストレートを2球続けて、ライトフライに打ち取り、このピンチを乗り越えたのです。
佐々木朗希投手
「心をコントロールしながら、松川を信じながら投げられた」

完全試合

8回。佐々木投手は、さらに1段ギアを上げたかのように3者連続で三振を奪い、完全試合まであとアウト三つとします。
プロ3年目で完投したことがない佐々木投手にとって9回は経験したことがないマウンド。スタジアムは期待と緊張に包まれました。
ショート 藤岡裕大選手
「独特な感じでした。(守備で)ヒットにだけは絶対にしないという思いで、すごい場面に立ち会えるなという思いでした」
キャッチャー 松川虎生選手
「初めてで、わくわくした」
井口資仁監督
「いずれやるだろうと思っていたが、こんな早い段階でできるとは」
代打攻勢に出るオリックス。
佐々木投手はわずか4球で2アウトを奪い、続くバッターは去年のホームラン王の杉本裕太郎選手でした。
フォークボールを3球続け、空振り三振。
28年ぶりとなる完全試合の達成でした。
【ピッチング内容】
投球数:105
奪三振:19(空振り三振15/見逃し三振4)
【記録等】
※完全試合
 プロ野球史上28年ぶり史上16人目
 史上最年少20歳5か月での達成
 プロ初完投、初完封が完全試合達成
※三振
 19奪三振:日本プロ野球記録タイ
 13者連続奪三振:プロ野球新記録
佐々木朗希投手
「完全試合は正直あまり意識していなく、打たれてもいいかなと思いながら投げました。いちばん僕が完全試合だったりとか諦めていたので、そこがよかったのかな」

我慢の日々

快挙達成には、我慢の日々がありました。
高校時代に163キロをマークし“令和の怪物”と呼ばれ注目を集めた佐々木投手。高校3年生の夏、エースとして大船渡高校を岩手大会の決勝まで導きながら決勝のマウンドには上がることができませんでした。
準決勝まで計435球を投げていたことなどから、監督がけがをする可能性が高いと判断し、登板を回避したのです。
ベンチから試合を見守り続けた佐々木投手。チームは敗れて甲子園出場はなりませんでした。
佐々木投手は涙をこらえながら気丈に取材に応じました。
佐々木朗希投手
「高校野球をやっている以上、試合に出たいと思うのは当然だと思うので、投げたい気持ちはありましたが監督の判断なのでしょうがないと思います」
プロに入ってからも我慢の日々は続きました。
佐々木投手の将来を考えた球団は、異例の育成計画を立てました。
1メートル90センチの長身に対し筋肉量が少ない佐々木投手のけがを防ぐため、体作りを優先し1年目は1軍に帯同させながら1回も実戦で投げさなかったのです。
井口資仁監督
「けがをしたらどうにもならないので、朗希を世界に羽ばたかせるためにわれわれはしっかり抑えるところは抑えてってところを心がけています」

“投げられている幸せ”

我慢しながら迎えたプロ3年目。
初めて開幕ローテーション入りを果たし、3試合目で迎えた快挙の達成。
佐々木投手のことばが印象に残りました。
佐々木朗希投手
「たくさん苦しい思いをした中で、いろいろ我慢してきた部分もあったので。今こうやって投げられていることに幸せを感じます。これから、どんどん結果を残していけいたらいいかなと思っています」

もっと大きな未来へ

完全試合の次の試合となった4月17日の日本ハム戦。
8回を完璧に抑え、2試合連続の完全試合が現実味を帯びる中、9回、井口監督がピッチャーの交代を審判に伝えました。球数が100球を超えていたからです。
スタジアム、そして日本中が前人未到の記録達成を期待する中での交代。取材をしていた私は首脳陣は勇気のある決断をしたと思いました。
佐々木投手を待つもっと大きな未来のためにー。
スポーツニュース部
記者 森脇貴大
2016年NHK入局 松山局を経て現所属。プロ野球ロッテ担当。