“使える”二酸化炭素

“使える”二酸化炭素
脱炭素社会の実現に向けて、いまや世界各国でいかに二酸化炭素の排出を減らすかが大きな課題になっています。
“やっかいもの”扱いされる二酸化炭素ですが、微生物のエサや資源になることをご存じですか?
いかに「出さないか」ではなく、いかに「利用するか」。逆転の発想の技術開発、その最前線に迫ります。
(経済部記者 野中夕加・室蘭局記者 臼杵良)

二酸化炭素を食べる?

こちらの微生物。

名前を水素細菌といいます。
サイズは、2マイクロメートル、0.002ミリほどの大きさで、土の中であればどこにでも存在しています。

最大の特徴は二酸化炭素をエサにするという点です。

その吸収力も抜群です。

サトウキビが光合成によって吸収する二酸化炭素の量と比較すると、水素細菌は65倍もの二酸化炭素を取り込めるという試算もあります。
この分野で最先端の研究を行っている神戸大学です。

研究の第一人者として知られる近藤昭彦副学長は可能性の高さをこう指摘します。
神戸大学 近藤副学長
「水素細菌はいろいろなものを食べる雑食性を持っているんです。
だからいい。近年、技術が高度化してきたことで、二酸化炭素を食べるスピードを圧倒的に速くすることができるんじゃないかということになってきました。
原理的には何でも作れるので、ポテンシャルは非常に大きい」

研究は大きく進まず

水素細菌は1960年代にNASA=アメリカ航空宇宙局がたんぱく質を宇宙でつくることができないか研究に取り組むなど、昔からその可能性は知られていました。
しかし、二酸化炭素を効率的に吸収させる技術が十分に確立されていなかったことなどから、研究開発が大きく進むことはありませんでした。

また、今のように世界的に脱炭素の機運が高まっていなかったことも影響しているといわれています。

バイオ技術の進化が可能性広げる

それが今、深刻な地球温暖化と待ったなしの対策が求められる時代に。

そしてなんといってもバイオテクノロジーの技術向上が追い風になりました。
微生物の遺伝子を操作するなど技術の進化によって水素細菌自体を改良して二酸化炭素を吸収しやすくし、そこからプラスチックなどをつくることが可能になりつつあるのです。

しかも、その一連の工程を機械によって自動化することで大幅に効率がアップし、産業レベルでこの微生物を使える可能性が高まっています。

実験繰り返し効率化へ

どのように水素細菌に二酸化炭素を食べてもらい、それを有効活用するのか。

その仕組みです。

神戸大学の研究室を訪ねると、フラスコでの培養が行われていました。
塩水のなかに水素細菌を入れ、そこに水素と酸素、二酸化炭素を8:1:1の割合で注入します。

注入する速度などの条件を変えながら、どの条件のもとで培養すればより効率的に物質を生産できるか実験を繰り返しています。

こうした技術開発が、今後メーカーがプラスチックやたんぱく質を生産する際に役立つことが期待されています。

二兎追えるイノベーション

近藤副学長は、「経済成長と社会課題の解決の二兎を追えるイノベーション」だとして、国をあげてこの分野を育てていくべきだと指摘しています。
神戸大学 近藤副学長
「バイオテクノロジーで新たな産業を生むことができるのです。
微生物を使ってプラスチックなどいろいろなものをつくれば、新しい価値を生み出しながら社会課題を解決できる。
例えば、薬を作ることもできるなどいろいろなところに展開可能な基盤となり、新たな産業を育てていくことができる」

海外はすでに先手

すでにアメリカや中国では、この分野で大規模な投資が行われ開発競争が激しくなっています。

中国では、政府がバイオテクノロジーの研究開発に10兆円を超える資金支援を行っているほか、民間投資も活発になっています。

アメリカでも、この分野に兆単位の金額の投資が行われ、スタートアップ企業、「エア・プロテイン」は、水素細菌でたんぱく質を生産し、それを代替肉として食べられる技術を開発しています。

日本政府も支援に乗り出す

各国に追いつこうと、政府も重い腰を上げました。

ことし3月、水素細菌など微生物の研究開発に積極的な資金支援を行う方針を表明。

大学などの研究機関と民間企業との連携を推し進めようとしています。

4月には、萩生田経済産業大臣、岸田総理大臣が相次いで神戸大学の研究施設を視察し、バイオに力を注ぐ姿勢を鮮明にしました。

小さな小さな微生物が持つ大きな可能性。

その開発を効率的に進め、実際のモノの生産につなげられるよう政府も後押ししようとしています。

二酸化炭素を混ぜてコンクリートに

一方、“やっかいもの”の二酸化炭素を吸収させてコンクリートをつくる取り組みも始まっています。

北海道苫小牧市に本社がある「會澤高圧コンクリート」は、カナダの企業と契約を結び、コンクリートの製造過程で二酸化炭素を混ぜる技術を導入。

日本で初めて低炭素コンクリートの実用化に成功しました。

セメントの量を減らせる?

コンクリートは通常、セメント・水・砂利などを混ぜて作ります。

この過程で液化した二酸化炭素を混ぜ込むと、コンクリートの中に炭酸カルシウムが作られ、会社では、強度が通常のものに比べて7%高まったとしています。
コンクリートに混ぜる二酸化炭素は少量ではありますが、炭酸カルシウムの効果で強度が高まれば、セメントの量自体を減らすことができるといいます。
會澤高圧コンクリート アイザワ技術研究所 青木所長
「コンクリートの製造過程で排出される二酸化炭素の約9割は、セメントの製造時に発生します。
つまり、セメントの削減は二酸化炭素の削減に直結します。
今後、主力製品をすべて低炭素コンクリートに置き換えられれば、年間710トンの二酸化炭素が削減できます。
これは杉の木およそ8万本が年間に吸収する量と同じなので、かなりの効果になります」
現在、低炭素コンクリートの技術を導入しているのは、あらかじめ工場で作る既製品だけです。

将来は、建設現場でもコンクリートを固める作業ができるようにしたい考えです。

これができるようになると、鉄筋コンクリートの建物にも低炭素コンクリートを使えるようになるなど、用途が広がるということです。
會澤高圧コンクリート アイザワ技術研究所 青木所長
「日本ではSDGsが浸透してきたこともあり、ハウスメーカーや消費者の脱炭素への意識も高い。
価格も通常のコンクリートとほとんど変わらないため、採用したいという声が多く寄せられています」

建設大手も参入

コンクリートの原材料として二酸化炭素を使う動きは建設大手にも広がり始めています。

大成建設は去年、炭酸カルシウムを活用することで、セメントを使わないコンクリートを開発。
今月には、自動車部品メーカーのアイシンと提携し、排ガスに含まれる二酸化炭素から炭酸カルシウムをつくり、コンクリートに利用する技術の開発を始めました。

この技術は2030年ごろまでの実用化を目指しています。

排ガスの二酸化炭素を使う上に、製造過程で二酸化炭素を多く排出するセメントを使わないことで、二酸化炭素の利用量が排出量を上回る可能性もあるといいます。

課題もあるが、大きなチャンス

二酸化炭素を原料とする水素細菌にコンクリート。

夢のある話ですが、もちろん課題もあります。

いかに安定的に二酸化炭素を調達するのか。

コンクリートのケースでは、コストを抑えるために苫小牧市で、二酸化炭素の排出量と使用量が多い産業を特定地域に集約させる仕組みづくりが議論されています。

やっかいものとはいえ、二酸化炭素の回収には費用もかかるからです。

また、水素細菌の場合、ビジネスとして成り立つ水準までいかに効率化やコスト削減が進められるのかが大きな課題として立ちはだかります。

国際的な競争力をつけるには、企業の開発意欲と継続的な投資、そして政府の効果的な資金支援が一体となる必要があります。

いかに「出さないか」ではなく、いかに「利用するか」という逆転の発想で石油に依存した今のものづくりを大きく変えるチャンスになる可能性を感じました。
経済部記者
野中 夕加
2010年入局
松江局、広島局、首都圏局を経て現所属
現在、経済産業省を担当
室蘭放送局苫小牧支局記者
臼杵 良
2019年入局
札幌局で災害・原発担当を経て去年11月から現所属