キリンもゾウもいない動物園があってもいいじゃないか

キリンもゾウもいない動物園があってもいいじゃないか
「ゾウは今、2頭いるけれど、死んだらもう飼わないー」

そう言い切るのは北九州市の動物園「到津の森公園」で50年にわたって動物たちに寄り添ってきた園長、岩野俊郎さん。

この春、退職を迎えた岩野さんが目指したのは人間と動物、双方にとっての「癒やしの森」。その思いとは。

(北九州放送局記者 新屋敷美玲)

キリンもゾウもいない。そんな動物園があってもいいじゃないか

到津の森公園は北九州市の中心部から少し離れた場所にあります。

暮らしているのは動物園ではおなじみのキリンやゾウをはじめおよそ90種類の動物たち。
規模はそれほど大きくありませんが年間40万人が訪れる人気の動物園です。

この場所で3月まで園長を務めたのが獣医師の岩野俊郎さん(73)。

前身の「到津遊園」で昭和47年に働き始めてから実に50年間にわたって園を見つめ続けてきました。
その岩野さんが綴ったことば。
「キリンもゾウもいない。そんな動物園があってもいいじゃないか」
動物園にキリンやゾウがいるのは当たり前。

そんな固定観念をなくしたい。

人気の動物に頼るのではなく、個々の動物らしさを大切にすれば、訪れる人間にとっても魅力ある場所になるーー。

それが一度は動物園の閉園を経験した岩野さんが貫いた信念です。

動物を増やし続けた結果…閉園へ

到津の森公園の前身となる「到津遊園」の動物園は昭和8年に開園しました。

ピーク時には年間80万人が訪れましたが少子化の影響などで入場者は減少の一途をたどります。

「多くの人に来てもらいたい」

園は人気の動物を増やし続け、最大でおよそ200種類の動物を飼育するまでになりました。

そんななか、平成9年に園長を任されたのが獣医師だった岩野さんでした。

当時をこう振り返ります。
岩野さん
「若い頃は動物園も大きくないといけないと思ったし、たくさん動物がいないといけないっていうのが僕の中にあった」
拡大路線を継承した岩野さん。

しかし、就任から3年後、園は経営難で閉園を余儀なくされました。

最後の日には涙を浮かべる岩野さんの姿がありました。

再出発 匂いのしない動物園?

動物たちの引受先を探すなど奔走していた岩野さんの元にうれしい知らせが入ったのは閉園から5か月後。

「動物園をなくさないで欲しい」という強い市民の声を受けた市が経営を引き継ぎ、到津の森公園として再出発することになったのです。

市民の手で取り戻した動物園で岩野さんは再び園長になりました。

そして大胆な方針転換を図ります。

動物の種類は半数に減らした一方で、動物本来の姿を見てもらうことにこだわりました。

獣舎の床にはコンクリートではなく土を入れることを提案。

その提案を聞いた飼育員からは「水で洗い流せないから掃除が大変だ」と猛反発を受けましたが、譲りませんでした。

結果、動物園特有の匂いがほとんどしない園になりました。

岩野さん曰く、土の中の菌や微生物がふんなどを分解することで匂いが出ないんだそうです。

動物は見えなくていい動物を“感じて”

岩野さん
「こんな風に動物が見えないように隠してる動物園ってないよね」
園内を回りながら岩野さんは笑います。

お客さんから動物たちが見えにくい理由は岩野さんが園長に就任した当時園内の至る所に植えた木々です。

今では大きく茂った木々。

園内は、今ではまさに森のようです。

動物たちは木々が作り出す日陰で休んだり、人の目から子どもを隠したりすることもできます。

「だってそれが動物本来の姿でしょう」と岩野さん。
動物が見えにくいつくりは不評を買うどころか訪れた人の好奇心をくすぐると人気を集めるようになりました。

「ここにいるのはどんな動物かな?」という期待感を抱かせるのです。

実際、この園では、動物が動いて見えるようになるまで、楽しそうに待ち続ける親子の姿が多くみられます。

動物たちを「見る」のではなく「感じて」欲しいと岩野さんの思いです。

飼うならゾウなら10頭

岩野さんの声を聞くと必ず近寄ってくる動物がいます。

セイロンゾウです。ゾウは2頭いて姉妹です。

それぞれが1歳と2歳のときにこの園にやってきました。
ゾウを育てるのが初めてだった岩野さんは片端から文献を読み、人間の赤ちゃんのミルクを飲ませて育てあげたと言います。

それから40年あまり。

2頭は44歳と45歳になりました。

「それでも僕がこの園で最年長」とユーモアたっぷりに話しながら、岩野さんはたびたび2頭のもとに足を運びます。
岩野さんが「死んだらもうゾウは飼わない」というのは、群れで生活している動物は群れで飼いたいからです。

飼うなら“群れ”と呼べる10頭で飼いたいと岩野さんは語ります。

もちろん動物園は人がつくった人工の場所だけれど、子どもたちにはできるだけ自然に近い姿を見せたい。

そんな動物園なら、多くの驚きや発見があるはずだと考えています。

癒やしの森よ 永遠に

いつか到津の森公園は本当にゾウもキリンもいない動物園になるかもしれません。

それでも動物たち自身が癒やされる場所なら、人間も憩こう場所になるはずです。

岩野さんが思い描いた癒やしの森は50年を経て、多くの人の笑顔とともに確かにここにあります。
キリンもゾウもいない、そんな動物園があってもいいじゃないか。

キリンが1頭死んだ。

キリンは群れで飼いたい。

ゾウはいま、2頭いるけれど、死んだらもう飼わない。

もともと群れで生活している動物を2頭だけで生活させるなんてゾウのことを考えていないと思う。

インドゾウなら森のなかで暮らせるようにしてあげたい。

外国の動物園をまねたようなのじゃなく日本人らしい情趣のある公園のような動物園。

森で憩える動物園。

ここは一度なくなりかけたけど北九州市民が取り戻した動物園なんですから市民のみなさんには自分の庭だと思ってきていただきたい。
岩野さんは、この日、多くの仲間と動物たちに見送られながら、癒やしの森を後にしました。
北九州放送局記者
新屋敷美玲
平成23年入局
現在は北九州市政を担当