WEB特集

「コバコ」の灯は消させない 創業50年老舗ライブハウスの挑戦

コロナ禍で次々と閉店していく、ライブハウス。

中でも大きな影響を受けたのが「コバコ(小箱)」と呼ばれる小さなライブハウスです。

そんな中、東京 新宿の老舗ライブハウスのオーナーは、その逆境と戦い、新たに業界団体を立ち上げるまでに至りました。

「コバコは、マイノリティーを象徴する存在だ」

そう考え、日本のコバコを守るために奮闘してきたオーナーの、2年間の記録です。

(首都圏局記者 直井良介)

創業54年の「コバコ」

東京 新宿にある「新宿HEAD POWER」

54年前の1968年に創業した、老舗ライブハウスです。
ステージと客席を入れた長さが10メートル程度。

こうした小さなライブハウスは、「小さな箱」=「コバコ」と呼ばれてきました。

そんな「新宿HEAD POWER」2代目オーナーが、阿部健太郎さんです。
阿部健太郎さん
このライブハウスでは、聖飢魔IIやX(のちのX JAPAN)など数々の有名バンドも演奏してきたといいます。

阿部さんは、若いバンドがファンと近くでつながり、どんな表現も受け入れる懐の深さが、「コバコ」の魅力だと感じてきました。
コロナ前のライブの様子
阿部健太郎さん
「『コバコ』はキャパシティーが小さいから集まる人も少ないんですが、その中には逆に“濃密なもの”があって、世間一般に受けるものだけではない多様性を表現する場となっています。私にとってライブハウスは、マイノリティーを象徴する存在なんです」

相次ぐ閉店 阿部さんの思い

そんなライブハウスを追い詰めたのが、新型コロナの感染拡大でした。

ライブハウスは「3密」の条件がそろう場所とされたのです。

2020年4月の緊急事態宣言の発表で、多くのライブハウスが休業を余儀なくされました。

阿部さんの店も、収入のほとんどを失います。

これは、阿部さんのつけていた日記です。
全国各地のライブハウスが次々と閉店していく事実が、記されていました。
“4/12(日)北海道札幌COLONYが4月末での閉店を発表”
“4/17(金)京都VOXhallが4月末日での閉店を発表”
“4/22(水)沖縄 GIG昭和、閉店 高円寺グレイン 9月末で閉店”
“4/25(土)横浜HeyーJOE閉店”
”4/30(木)渋谷VUENOS、Glad、LOUNGE NEOが閉店決定。シンボリックな存在だった。街の景色が変わっていく”
阿部さんにとっては見知った名前ばかり。

知り合いの店もありました。

日記には、そうしたオーナーと電話で話したときの言葉が印象的だったと記されていました。
“「僕は、自分の無力さを思い知らされてるんです」”

“海賊船”をまとめる組織作りを

阿部さん自身も無力さを感じながらも諦めませんでした。

「コバコ」を中心としたライブハウスの組織作りに取り組んだのです。
阿部さんは、組織作りを始めた当初のライブハウスの現状を「海賊船」と表現しました。
阿部健太郎さん
「コバコのオーナーは1人1人が海賊船の船長みたいなもので、これまで組織的に何かをやってきた経験がなかったんです。その声をまとめて行政に届ける必要があると思いました」
インターネットなどを使って手作業で店をピックアップすると、その数およそ700。その一軒一軒に電話をかけ、趣旨を粘り強く説明していきました。

日記には、印象的な言葉があります。それは、全国のオーナーの「このままではいけない」という危機感が感じられました。
“電話に出るオーナーさん、店長さんからは等しく同じ雰囲気を感じる。宇宙人との戦いでも始まったら、人類皆このような共通の感覚を持てるのかもしれない”
1か月余りで150店舗からの協力を得ることができ、業界団体「日本音楽会場協会」が船出しました。

そして、国や都の協力を得たほか、専門家とも協力して、業界独自のライブハウスの感染対策のガイドラインを作ったのです。

ガイドラインに沿ったライブハウスとは!?

ことしの4月25日、阿部さんたちも参加して、ライブハウスのガイドラインは更新されました。

ガイドラインに沿ったライブとはどのようなものなのでしょうか、阿部さんの店で行われたアイドルのライブを取材しました。
まず入り口で、マスク着用のチェック、検温、消毒を終えると、フロアに案内されます。

フロアの床には足跡マークがあります。

客同士の距離をわかりやすく示そうという工夫です。

客はこの足跡マークから原則動くことができません。
客同士の距離あらわす“足跡マーク”
客と演者の間の距離はおよそ2メートル。

間をロープで区切り、その中に入ることができないようにしています。

フロアでは、能力を向上させた機械で常に換気がされ、新たに導入した二酸化炭素濃度測定器で空気中の濃度を測っています。

飲食店でも行われるような対策を、徹底しているのです。

“沈黙”のライブにファンは…

開演前には、フロアは定員いっぱいに。

ライブが始まりました。
ファンは、マスク着用の上で声は出せません。

無言で手にしたコンサートライトを振ります。

合いの手は手拍子に変えています。

ファンの「沈黙」の中のライブですが、手拍子の音が鳴り響き、歌のボルテージは上がっていきます。

さらに、4月に更新されたガイドラインで新たに取り上げられたのが、「マイクロ飛まつ」対策です。
休憩中には“換気”
機械換気だけでなく、曲の間に店の出入り口を開け、自然な換気を行うようにしました。

気になる音漏れも、そこは「コバコ」ならでは。

演者と客の距離が近いこともあり、演者もマイクを使わずにMCを行うなど、工夫することで対策を行っていました。

さらに、ライブのあとに行われるグッズ販売(物販)や写真撮影会でも、対策は徹底されています。

透明のシート越しで、直接の握手やハイタッチはできません。

それでも、アイドルとファンは楽しそうに話していました。
透明カーテン越しのコミュニケーション
徹底した飛まつ(大声)の防止、接触の禁止、そして換気の徹底。

それは、かつてのライブハウスの姿とは違います。

ただ、訪れたファンは物足りなさを感じながらも、小さなライブハウスの意義を話していました。
ライブを聴いた男性
「コロナの前は、狭いところであればあるほど、声を出してファンの一体感ができるので楽しかったが、今は見ているだけだから、正直に言って物足りなさがあります。でも、ただ、小さなライブハウスのライブが減っていく中で、一度なくなると作り直すわけにもいかないと思うので、感染対策をしながら維持していってほしい」
阿部さんも、今は奇をてらわずに、感染対策の基本を徹底することが何よりも大切だと考えています。
阿部健太郎さん
「ライブハウスを存続させる上で最も理解を得なければならず、最も理解を得るのが難しいのは、ライブハウスを利用する人の家族や職場の人だと思っています。こうした人たちに受け入れてもらえることが、存続になくてはならいポイントなんです」

なぜライブハウスでアイドルが?

実は、今回、アイドルがライブをしていたのも、コロナ禍をきっかけにした阿部さんの方針の変更が影響していました。

アイドルが収入の場を失い、夢を諦めるケースが相次いでいると聞き、これまで積極的には貸していなかったアイドルにも貸すようになったのです。

バンドの演奏の需要も減る中、アイドルに利用料を割り引きするなどして、パフォーマンスの機会を提供したといいます。
そこには、感染対策を徹底した上で、「コバコ」の持つ多様性を守りたいという阿部さんの思いもありました。

そして、その姿勢は、関係者を勇気づけてきたのです。
当時店を利用したアイドル事務所の社長
「パフォーマンスをする場所がない中で、快く舞台を貸してくれた阿部さんには、本当に感謝しています。周囲が休業する中で有名な店が積極的に開け続けることは、同じ業界の人たちに勇気を与えたと思う」
事務所にあったのは、店を利用したアイドルからのお礼の色紙。
「ずっとサポートして下さり感謝です!!!優しくて、安心できる場所です」
と記されていました。

「コバコ」の灯は消させない

阿部さんが、自ら業界団体を作り、ガイドラインを作ってまで、守ろうとしたものとは何なのでしょうか。

やはりそれは、阿部さんの愛する「コバコ」だと言います。

先日、その原点のひとつとなった場所を案内してくれました。
2020年11月に閉店した、六本木のmorphーtokyoという人気のライブハウスのあった場所です。

阿部さんも尊敬していたこの店のオーナーは、「いやー、阿部さん、持たなかった」と明るく話したと言います。

そのとき「コバコ」の文化をなくしたくないと、改めて思ったと言います。
morphーtokyoでのライブの様子
阿部健太郎さん
「お店はいつか閉じるものではありますが、予期せぬアクシデントでそうなってしまうのは、思い入れのある人全員にとって残念です。こういう場所はなくしたくない」

コロナ前のあの日を夢見て

「またライブで、大きな声を出せる」

阿部さんは、今もそんな日を待ち望んでいます。
阿部健太郎さん
「ひとつの場所に集まって触れ合うことはすごく自然な欲求だと思うし、僕自身もすごく欲しているっていうのも感じます。今は感染対策をして、距離をとって、密を避けることが重要ですけど、1日も早くそういう現場を取り戻せたらいいなと思っています」
なんとしてもコバコを守るという阿部さんの決意。

そのことを示す印象的な一文が日記に残されていました。
“みんなもう一度ライブハウスを作ったときのトキメキやワクワク感を思い出さないか。コロナなんて、あの頃の情熱があれば乗り越えられるはずだろ?”
首都圏局記者
直井良介
2010年入局
山形局・水戸局などをへて首都圏局
趣味はライブに行くこと

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