JR福知山線脱線事故17年 3年ぶり追悼慰霊式 犠牲者に祈り続く

107人が死亡したJR福知山線の脱線事故から25日で17年です。ことしは新型コロナの影響で去年まで2年続けて中止されていた追悼慰霊式が行われ、遺族たちが犠牲者に祈りをささげました。

17年前の平成17年4月25日、兵庫県尼崎市でJR福知山線、通称、宝塚線の快速電車がカーブを曲がりきれずに脱線して線路沿いのマンションに衝突し、107人が死亡、562人がけがをしました。

現場に設けられた追悼施設「祈りの杜」では、新型コロナの影響で中止していた追悼慰霊式が3年ぶりに行われました。

式には遺族やけがをした人たち、それにJR西日本の関係者など244人が参列し、はじめに全員で黙とうをささげました。

このあとJR西日本の長谷川一明社長がおわびと追悼のことばを述べました。

この中で長谷川社長は「皆様、お一人お一人の大切な人生を私たちが一瞬にして奪ってしまい誠に申し訳ありませんでした。どれだけ時間が経過してもどれだけ世代交代が進んでも私どもとしてこの事故を風化させることはございません。事故の重い反省と教訓を継承し続け、強い使命感を持って安全性向上の取り組みを一歩一歩着実に進めてまいります」などと述べました。

このあと遺族など参列者が慰霊碑に向かって順番に献花を行いました。

「祈りの杜」では午後5時から近くに住む人など一般の人たちによる献花が行われています。

遺族「二度と『遺族』という人間をつくってほしくない」

脱線事故で当時40歳だった長女を亡くした藤崎光子さん(82)は事故現場付近を訪れ「『JR西日本は少しでも安全になったよ』と娘に声をかけてあげたいが、何も変わっていないと感じている。ここに来るたびに、娘は殺され、17年間ずっと迷い続けていると感じている。私と娘が望んでいるのは、二度と私のような『遺族』という人間をつくってほしくないということです。JR西日本に求めるのは安全、それだけです」と話してました。

そして「事故を次の世代、次の時代に伝えていくには、事故現場などの存在がとても大事だと思います。遠足や修学旅行で訪れる子どもたちにも事故車両を見てもらえるような展示の方法を考えてほしい」と訴えました。

遺族「17年を返してくれと感じる」

当時18歳だった次男の昌毅さんを亡くした上田弘志さん(67)は、追悼慰霊式に出席したあと「年をとって体もしんどくなり、JR西日本に対して17年を返してくれと感じることが多い。年月がたつにつれ、多くの人の気持ちが薄れてしまうのはしかたがないが、自分はしっかりと事故と向き合って『健康で頑張るからね』と息子に伝えたい」と話しました。

そして「JR西日本は、僕のように17年つらい思いをしている人がいることを、慰霊式や遺族との交流などを通じて若い社員にしっかり伝え、安全についてもっと考えてもらいたい」と訴えました。

昌毅さんの弟の篤史さん(32)は「ここに来ないとちゃんと兄に会えないような気がしているので、ことしは献花して、祈りをささげて、慰霊式がきちんと行われたことを、すごくうれしく思います。JR西日本には、安全対策をおろそかにせず、社員が危険を感じたときに声をあげやすい風土を作ってもらいたい」と話していました。

負傷した人「あっという間の17年」

17年前、先頭車両に乗っていて足に大けがをした山下亮輔さん(35)は追悼慰霊式に出席したあと「慰霊式では両親と献花し、亡くなられた方の前で僕自身元気に過ごしていると伝えました。振り返るとあっという間の17年でした。事故があったからこそ一日一日を大切に大事にすることを考えながら過ごしています。入院中に支えてくれた看護師や医師、献身的な介護をしてくれた両親に感謝しています。今度は自分が誰かのために役に立てるよう活動を続けたいです」と話していました。

負傷した人「事故から社会が学び 生かしてもらえれば」

先頭車両に一緒に乗っていて大けがをした福田裕子さんと木村仁美さんは、追悼慰霊式のあと取材に応じました。

福田さんは「事故の日はきょうのように暑くて、車内から救出されたときに見えた青空が印象に残っています。負傷者である私たちにできることは、安全に対する取り組みを近くで見ていくことだと思います。安全については『何年後まで考えたら終わり』という話ではないので、歩みを止めずに、このまま取り組みを続けてもらいたいです」と話していました。

木村さんは17年間、脱線事故でけがをした人やその家族に向けてメールマガジンを配信し続けていて「脱線事故はまだ終わってないのだと、どこかで誰かが受け取ってくれたらいいなと思いながら、取り組んでいます。この事故から何か社会が学び、生かしてもらえればと思います」と話していました。

献花に訪れた女性「事故を繰り返してほしくない」

事故現場の近くにある職場で働き、同僚たちと毎年献花に訪れるという50代の女性は「砂ぼこりが職場の近くまで飛んできた17年前の光景が忘れられません。けさは職場の朝礼で『もう17年も経ったんだな』と話をしました。決して事故を繰り返してほしくないと思います」と話していました。

事故発生とほぼ同時刻 快速電車が現場を通過

現場では脱線事故が発生した午前9時18分とほぼ同じ時刻に、快速電車が速度を落としながら通過しました。

線路沿いの道路では関係者や近所の人などが立ち止まって、黙とうをささげていました。

JRへの就職を希望している大阪市の専門学校生は「当時のことはあまり分かりませんが亡くなられた方々に黙とうをささげようとここに来ました。このような事故は二度と起こってはいけないと思います」と話していました。

電車内では乗客が祈りも

脱線事故が発生した午前9時18分とほぼ同じ時刻に現場を通過した電車の車内では、事故現場にさしかかる前に「本日で福知山線列車事故から17年を迎えます。お亡くなりになられたお客様のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆様、おけがをされた方とご家族に深くおわび申し上げます。私たちはこの事故を心に刻み安全運行に努め、改めてお客様から安心してご利用していただけるよう全力をあげて取り組んでまいります」とのアナウンスが流されました。

そして電車が現場付近に近づくと速度が落とされた車内では、花を持った男性が静かに手を合わせて祈りをささげる様子が見られました。

千葉県から慰霊のために訪れたという男性は「日常の生活や当たり前の幸せな日々を過ごしていたはずの人たちが事故で命を落としたり、大けがで人生が変わることを余儀なくされたりしたことを考えると、なぜ速度を落としてカーブを通過できなかったのかという思いが込み上げてきます。いちばんの責任は運転士にあるのかもしれませんが、事故の背景を思い起こすとJR西日本にも大きな責任の一端を感じてもらわない訳にはいかない」と話していました。

JR西日本社長「安全第一を積み重ねていかないといけない」

事故が起きた午前9時18分にはJR西日本の長谷川一明社長ら役員が電車が衝突したマンションに向かって深く頭を下げ、黙とうをささげました。

長谷川社長は追悼慰霊式のあと取材に応じ「事故から17年を迎え、改めて被害にあわれた方のご無念や遺族の悲しみや苦しみを深く心に刻み、安全第一を積み重ねていかないといけない」と話しました。

JR西日本は安全性の向上を「最重要課題」に掲げていますが、コロナ禍の影響などで2年連続で巨額の赤字が見込まれる中、さらなるコスト削減を迫られていて、経営の効率化が喫緊の課題となっています。これについて長谷川社長は「鉄道が基幹事業である私たちにとって安全なくしてグループの持続や発展はない。足元が厳しい経営状況ではあるが、だからこそ安全の取り組みを揺るぎなく積み重ねていく必要がある」と話しました。

JR伊丹駅前 3年ぶり犠牲者追悼する鐘の音響く

兵庫県伊丹市のJR伊丹駅前では、事故の犠牲者を追悼する鐘の音が3年ぶりに響き渡りました。

JR伊丹駅前の広場にあるカリヨンは、ピアノのように鍵盤とペダルを使って大小43個の鐘を演奏する鍵盤楽器の一種で、例年、事故の起きた日に鐘を鳴らして犠牲者を追悼してきました。

新型コロナの感染拡大で中止が続いていましたが、ことしは感染状況が比較的、落ち着いていることから3年ぶりに行われ、事故で大けがをした伊丹市の増田和代さん(52)など市民や市の職員15人が集まりました。

そして、事故の起きた午前9時18分に合わせて、事故で亡くなった伊丹市の市民の人数と同じ18回、鐘を打ち鳴らし、集まった人たちが事故現場の方角を向いて黙とうをささげました。

伊丹市危機管理室の井手口敏郎室長は「コロナ禍で追悼行事が縮小したが、事故を忘れてはいけない。17年前の事故に市民の皆さんに思いを寄せていただき、これからも安全・安心な街づくりを一緒にしていきたい」と話していました。

負傷した人などが追悼の風船飛ばす 兵庫 伊丹

兵庫県伊丹市では、脱線事故でけがをした人などが犠牲者を追悼するメッセージを書いた風船を飛ばし、事故を風化させないことを誓いました。

事故で大けがをした伊丹市の増田和代さんは、新型コロナの影響で慰霊式などの中止が相次いだおととしから、事故の記憶を風化させたくないと追悼のメッセージを書いた風船を飛ばす行事を行っています。

ことしも増田さんや友人ら8人がJR伊丹駅近くの河川敷に集まり「あなたたちのことは忘れません。ありがとう」とか「天国のみなさまへずっと見守っていてください」などと書き込まれたおよそ30個の風船を一斉に放ちました。

風船は空高く舞い上がり、増田さんは見えなくなるまで手を振り続けていました。

増田さんは「事故は永遠に忘れません。『ひと事じゃないんだよ』と、皆さんにわかってもらえるよう、事故の記憶を伝え続けていきたい」と話していました。

負傷した人など参列 犠牲者を追悼する法要 兵庫 尼崎

兵庫県尼崎市にある寺では、脱線事故でけがをした人などが参列して、犠牲者を追悼する法要が営まれました。

事故から17年を前に安全な社会を願う写経を全国から募った尼崎市の道心寺では、25日午後、事故の犠牲者を追悼する法要が初めて営まれました。

参列した人たちは、落語家で住職の露の団姫さんと一緒に念仏を唱え、亡くなった人を悼むとともに交通安全への誓いを新たにしました。

このあと、事故で大けがを負った兵庫県伊丹市の増田和代さんが講演し「事故のとき、列車が猛スピードで突っ込んで倒れた人が重なったため動けなくなった。救助されると周りには血を流した人や叫んでいる人たちがいて、悲惨な光景だった」と当時の状況を語り、事故を忘れないでほしいと訴えました。

事故で知人がけがをしたという兵庫県宝塚市の65歳の女性は「今も苦しんでいる人がいると改めて知り、これから自分に何ができるのか考えたい」と話していました。

露の団姫さんは「参列した人たちは事故を自分のこととして考えてくれていたように思います。犠牲者を追悼し、安全な社会になるよう祈り続けたい」と話していました。