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ウクライナ避難犬めぐり…日本が65年前に撲滅した狂犬病とは?

「狂犬病のリスクが高まる?」
「農林水産省は軽率だ」

ウクライナからの“避難犬”の受け入れで
思いがけない議論が起きています。

でも、ちょっと待って下さい。

そもそも狂犬病ってどんな病気?
人間もかかるの?日本で発生しているの?

深掘りしてみます。

農林水産省が“特別措置”? 広がる波紋

議論となっているのは、ウクライナから避難してきた人と一緒に日本に到着したペットの犬への対応です。

海外から日本に犬を連れてくる場合は、狂犬病にかかっていないか確認する「動物検疫」を受ける必要があります。

動物検疫では、最長で180日間検疫所の施設で隔離され、飼い主はエサ代や飼育を委託する費用を負担しなければなりません。

ただし、事前に現地で待機期間を済ませ、感染していないことを示す書類があれば、隔離は必要ありません。

今回、ウクライナから避難してきた人の中には、緊急事態の中で証明書の準備などができなかった人もいました。
説明する農林水産省の担当者(20日)
そこで農林水産省は、飼い主への聞き取りや持参した資料からワクチン接種を2回済ませていることが確認でき、かつ入国後の検査で抗体が十分にあるとわかれば、施設での隔離を免除して滞在先に連れて行くことを認める通知を出しました。

ところが、これに対してSNSでは狂犬病のリスクを持ち込むとして「軽率だ」とか「これまでの取り組みを軽視している」といった批判の声が上がり、この措置の撤回を求める署名運動も行われる事態となっています。

農林水産省は20日夕方、急きょ報道各社を集めて「今回の措置はあくまで輸出入の検疫規則に従って対応するもので、条件の緩和や適用の免除ではなくリスクが増すことはない」と説明したのです。

“致死率100%”?狂犬病の症状とは

そもそも狂犬病とはどんな病気なのか。

発症すると有効な治療法はなく、錯乱などの精神症状やけいれんやまひなどの神経症状が出て、ほぼ100%の患者が亡くなります

長崎大学病院高度救命救急センター救急・国際支援室の高橋健介助教は、いきなり恐ろしい事実を教えてくれました。
高橋健介助教
狂犬病は、ウイルスに感染した犬やネコ、コウモリなどの哺乳類にかまれ、だ液に含まれるウイルスが傷口から体の中に入ることで人に感染します。

感染してすぐにワクチンを接種すれば、発症を防ぐことができますが、いったん発症すれば助かる見込みはほぼありません。

高橋助教は先月まで狂犬病が深刻な国のひとつ、フィリピンに滞在。現地で見た狂犬病の患者について教えてくれました。
錯乱状態で手足を拘束された患者(フィリピン)
高橋助教
発症後は、神経が過敏になるため、水を恐れるようになる症状が見られ、落ち着きがなく暴れるケースもあります。けいれんなどもおきます。そして、治療の手立てはなく、100%亡くなります。とてもおそろしい病気です。
本人も、家族も、悲惨だったといいます。

世界と日本の狂犬病事情

世界の国や地域のほとんどで、狂犬病が発生しています。

WHOによりますと、毎年約5万5000人が亡くなり、このうち99%が狂犬病にかかった犬からの感染となっています。
ウクライナも例外ではありません。ほぼ毎年数人程度の死者が出ていて、ヨーロッパでも狂犬病の感染が多い国となっています。

対策として、ウクライナはペットとして飼われている犬へのワクチン接種を必須としています。
実は日本は世界でも数少ない、狂犬病がまん延していない「清浄国」なのです。

清浄国・地域とされているのは、アイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー諸島、ハワイ、グアム、日本だけです。

撲滅への道 命がけの検診と犠牲の上で

現在、日本では海外から持ち込まれるケースを除いては狂犬病の発生は見られません。

しかし、60年以上前には、国内でもまん延していました。

取材の中で見つけた一枚の写真。
ベッドの上に座り、コップを片手に飲み物を受け取るの男の子が写っています。

犬にかまれて病院に入院したこの子は当時4歳。

1か月後、

母親が手を握る中、息を引き取りました。

この子がわずか4歳で命を落とした1950年は、国内で狂犬病が流行した最後のピークの年です。
日本でも幾度となく流行を繰り返し、多くの命を奪った狂犬病との闘いをつづった記録がありました。

『東京狂犬病流行誌』

著者は東京都立衛生研究所に勤務し、狂犬病の検査・研究を行っていた獣医師の上木英人さんです。

狂犬病は、戦争・天災などで人々の不安や社会秩序の混乱が広がる時期に、増える傾向にあったと分析しています。

上木さんのまとめによれば、発症した犬の数は、第一次世界大戦や関東大震災の時期に増加したほか、戦後数年たってからも急増していました。

こうした時期には1日に数十件も犬にかまれたという届けがあったといい、その都度出動して検診にあたったことをこうふり返っています。

犬を見ると狂犬病犬に見えた

「犬に、しかも素手で立ち向かわなければならなかった予防員は本当に命懸けでした」
狂犬病予防法成立後 飼い犬へのワクチン接種(資料)
上木さんは流行の原因は、届け出のない犬や捨てられた犬の存在で、その責任は人間にあると指摘しています。

犬に罪はありません。無責任に犬を飼っている人にのみ、大いに自覚してもらい、社会生活の意義を考えてもらわねばならぬ」

流行のピークとなった1950年に狂犬病予防法が公布され、飼い犬の登録や年1回のワクチン接種が義務づけられると、徐々に発生頭数は減少。1957年についに撲滅に至ったのです。

最後に上木さんはこう書き残しています。

「最近のように空に、海に、交通機関の驚異的な進歩が見られるとき、狂犬病は何時、何処から侵入してくるか、なかなか油断の許せない状況です。私どもとしては、常時この対策は考えておかねばならないことと思われます」

上木さんの戒めは、今も通じるものです。

専門家に聞いたリスクと注意点

今回のウクライナからの“避難犬”への対応について専門家はどう見ているのか。

狂犬病の発生が多いフィリピンで早期発見と予防の支援を行っている、大分大学医学部微生物学講座の西園晃教授に話を聞きました(以下西園教授の話です)。
西園晃教授

実際、ウクライナからの“避難犬”のリスクはあるの?

今回、ウクライナから日本に入ってくる犬について現状はきちんと検査と把握がなされていて、過剰に心配せずとも大丈夫だと思います。

ただ、万が一、狂犬病にかかった犬が日本に入ってしまい日本の犬をかんだり、人をかんだりすると大きなリスクとなります。

ですので、しっかりと血液検査でウイルスに対する抗体が十分あることを確認して所定の期間の健康観察を行うことが大切です。

接種証明がない犬に関しては入国した際にワクチン接種を行えば、より安心して受け入れられるのではないでしょうか。

現在、動物検疫で行われている180日の隔離期間は妥当?

現在の法律は70年以上前にできた法律で、当時は血液による抗体検査のしくみもない時代でした。

検査でウイルスに対する抗体が十分あることなどが確認できれば、180日という検疫期間も短くすることが可能なのではないでしょうか。

今回の件をどう見ている?

講習会などで狂犬病の患者や発症した犬の様子を紹介すると「初めて見た」という人ばかりで、今回の出来事は専門家からしても“まさか”の想定外の事態でした。まさに『戦争』という有事でおきた出来事です。

日本から狂犬病がなくなって60年以上になりますが、この状態を続けてこられたのは海外からの流入をコントロールしてきたことと、飼い犬へのワクチン接種など国内での地道な努力があったおかげです。

今回の出来事を通じてあらためて狂犬病の危険性を認識し、一歩日本を出ると日常にある病気だということを覚えていてほしいと思います。
狂犬病ウイルスの電子顕微鏡写真

その他 西園教授Q&A

血液中に抗体が十分あれば、ほかの犬や人に感染させるリスクは少ない?
ほとんどの場合、そう考えられます。

血液中に抗体が十分にあって体がふるえたり、だ液をたらすなどの狂犬病を疑われる症状が出ていない犬の場合は、ワクチンをすでに打っていることで得られた十分な抗体と見ることができます。

抗体が十分にはなく、抗体がない(低い)場合はどうして危険なの?
もし犬が狂犬病にかかっても、症状が出るまでの潜伏期間中では抗体はまず上がりません。

発症し死んでしまう数日前に抗体の値がやっと上がってくる程度です。

つまり、抗体がない(または、低い)というのは、感染の危険性がある時期だということができます。

狂犬病を疑う症状が出た犬はどう処置されるのでしょうか?
そのためにも係留措置がとられる訳です。

疑わしい症状が出た場合は、即刻安楽殺させて狂犬病かどうかの検査がなされます。

もし係留期間10日間を超えて犬が生きていれば、それは狂犬病ではありませんので、ほかの病気を疑います。

抗体が十分にあるとされた場合でも、健康観察が必要なのはなぜですか?
きわめてまれに、狂犬病の犬と接触した犬が潜伏期間中であっても抗体の値が既に上がっているケースがあります。

また、こちらもまれにですが、子犬の場合、母親犬から移行した抗体を見ているために子犬本来の感染防御能と一致しない場合があります。

このため、何よりも健康観察が大切ですし、出国前に「絶対に安全です」という証明書を持ってきてほしいというのが、わが国での動物輸入検疫の基本的な考え方です。

いま私たちができることは

取材班・村上ディレクターの愛犬ノコ…(毎年ワクチン打ってます)
忘れてはいけない狂犬病の危険性。日本にいる私たちもできることがあります。

まず、犬を飼っている人は犬に予防注射をすることです。

日本では飼い主が予防注射を毎年受けさせることが法律で義務づけられていますが、2020年度の全国の接種率は70%あまりにとどまっています。

予防注射は動物病院で受けることができ、自治体によっては公園などを会場にした「集団接種会」が開かれていることもあります。費用は3000円から4000円ほどです。

わからない場合には、かかりつけの動物病院やお住まいの自治体に相談してみてください。

また、私たちが海外に行くときの注意点としては、

・地域によっては狂犬病の予防注射を打つこと
・現地では可愛いからといって安易に動物に近づいたり触ったりしないこと

が大切です。

余話:“私たちは君を忘れない”

記事で紹介した1950年に狂犬病で亡くなった4歳の男の子については、亡くなるまでの様子を撮影したとみられる映像が、一部のインターネットのサイトで公開されています。

取材を進めたところ、この映像は10年ほど前に長野県の倉庫から見つかったテープに記録されていたものだとわかりました。

狂犬病臨床研究会によりますと、会員の獣医師が資料を整理していて、たまたま見つけたといいます。

研究会によりますと、映像は戦後日本を統治していたアメリカGHQの指令のもとで撮影されたものではないかということです。

研究会ではこの男の子が誰なのかを調べようと当時のカルテなどを探しましたが、結局見つからなかったといいます。

狂犬病予防の啓発のため厚生労働省とも協議して、映像から画像を切り出してこのポスターを作りました。
当時、なすすべもなく小さな命が失われていくのを目の当たりにした、家族や医療関係者の無念はいかばかりだったでしょうか。

取材班の記者にも同じくらいの年頃の子どもがいるので、やりきれない思いです。

悲劇を繰り返さないために狂犬病の怖さを知り、予防につとめることが重要だと思いました。

“私たちは君を忘れない”
(ネットワーク報道部 大窪奈緒子 杉本宙矢 藤島新也 おはよう日本 村上隆俊)

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