俳優の柳生博さん(85)死去 味わいのある演技などで人気

味わいのある演技やテレビ番組のナレーションなどでお茶の間に親しまれたほか、自然愛好家としても知られた俳優の柳生博さんが今月16日、老衰のため山梨県内の自宅で亡くなりました。85歳でした。

柳生博さんは1937年に茨城県で生まれ、大学を中退したあと劇団の養成所に入り、1961年に映画「あれが港の灯だ」で俳優としてデビューしました。

その後、NHKの連続テレビ小説「いちばん星」をはじめ数々の映画やテレビドラマに出演し、味わいのある演技を見せました。

また、柳生さんは民放の人気クイズ番組などでも幅広い年代に親しまれたほか、NHKの番組「生きもの地球紀行」では、穏やかな語り口をいかしてナレーターを務めました。

柳生さんは自然愛好家としても知られ「日本野鳥の会」の会長を長年務めるなど、野鳥の保護などの活動に積極的に取り組んでいました。

関係者によりますと、柳生さんは、山梨県北杜市で暮らしていましたが、今月16日老衰のため自宅で亡くなりました。

次男 宗助さん「父はとても幸せだったと思う」

柳生さんが住んでいた山梨県北杜市では、柳生さんが設立したギャラリーやレストランを併設した「八ヶ岳倶楽部」で、次男の宗助さんが取材に応じました。

宗助さんによりますと、柳生さんは先月上旬から体調を崩し、北杜市の自宅で療養していましたが、今月16日、家族や八ヶ岳倶楽部の社員などに見守られながら息を引き取ったということです。

宗助さんは「父は大好きな八ヶ岳の家に最期までいたいと言っていたので、みんなに見守ってもらってこの地で亡くなったこと、好きなことをしてみんなを幸せにできたこと、とても幸せだったと思います。これからは、残された私たちで八ヶ岳倶楽部の森を守り、育てていきたい」と話していました。

柳生さんが、7年前に亡くなった長男の真吾さんと一緒に八ヶ岳倶楽部の敷地内に建てた「柳庵」と名付けられた小屋には元気だったころの柳生さんの写真が飾られ、死去の知らせを聞いた人たちが次々と訪れて手を合わせていました。

柳生さんと20年以上前からつきあいがある北杜市の歯科医師の男性は「柳生さんと出会って東京から北杜市の八ヶ岳に移住してきました。いろいろ自然のことを教えてもらい、本当にお世話になったので、ありがとうという思いでいっぱいです」と話していました。

また、柳生さんに憧れて八ヶ岳倶楽部に就職した男性社員は「本当に自然が大好きな方でした。感謝の気持ちでいっぱいです。柳生さんの気持ちを引き継いで森を守っていきたい」と話していました。

藤田朋子さん「信じられない気持ち」

柳生博さんの逝去を受けて、俳優の藤田朋子さんは「NHK連続テレビ小説『ノンちゃんの夢』でご一緒させて頂きました。ドラマ初出演ということもあり、何も出来ない私へ向けて下さるお言葉と穏やかな眼差しに、現場で気持ちが和んでいた記憶が、柳生さんを画面で拝見する度に蘇ります。訃報を知り、信じられない気持ちです。ご冥福を心よりお祈り申し上げます」とコメントしました。