日本酒 海外展開に新チャンス!? 台湾出身男性が挑む酒造り

日本酒 海外展開に新チャンス!? 台湾出身男性が挑む酒造り
14年前、台湾から留学生として日本にやってきた男性が、去年、島根県出雲市に日本酒の酒蔵をオープンさせました。
「みずからの手でおいしい日本酒を造りたい」
その夢を後押ししたのは、国が新たに設けた酒造免許の制度でした。
取材を進めると、国内で消費低迷が続く日本酒の新たな可能性が見えてきました。

日本では飲めない日本酒?

出雲市にある酒蔵にことし1月、取材に訪れた日、酒蔵では初しぼりが行われていました。

蔵の中に漂う新酒独特の甘い香りに、その味が気になります。

確かめてみたいと思ったときに驚きの事実がわかりました。

実はこれ、日本国内では飲むことができないというのです。

日本国内では販売されない「輸出専用の酒」だからです。
陳さん
「香りも味もいいので、初しぼりとしてはすばらしい酒だと思います。台湾の業者が、あるだけ全部の酒を欲しがってくれています」
そう話すのは、この酒蔵のオーナーで台湾出身の陳韋仁(ちん・いにん)さん。

外国の人が、海外に輸出するために、日本で日本酒を造っている…。

これはいったいどういうことなのでしょうか。

留学で見つけた“夢”阻む酒造免許

その謎を解くカギは、陳さんのこれまでの歩みと日本酒の製造免許にありました。

陳さんは14年前に島根の大学に留学。日本神話を学ぶための留学でしたが、神話以上にのめり込んだものがありました。

それが日本酒でした。
陳さん
「香りも味わいの奥深さも今まで飲んだ酒とは全然違う。感動のひと言でした」
大学卒業後、帰国することなく日本酒造りの道に飛び込んだ陳さん。

まず、「獺祭」で有名な山口県の旭酒造で酒造りの基礎を学びます。

その後も島根県内各地の酒蔵を転々として、10年以上にわたって腕を磨いていきました。

海外展開に力を入れていた酒蔵に勤めていた際は、輸出用の酒造りを任されます。

その腕前は、フランスやアメリカなど欧米を中心に多くの賞を受けるまでになりました。
酒造りの腕前が評価され自信をつけていく中で、陳さんの心には新たな思いが芽生えます。

“雇われてではなく、みずからの蔵で理想の味を追い求めたい”

そんな陳さんの前に立ちはだかったのは、日本の酒造免許制度でした。

国はもう50年以上にわたって新しい酒造免許を発行していないのです。
理由の1つが、日本酒の国内消費量の落ち込みです。

ピークは1975年ごろのおよそ167万5000キロリットル。

それが2020年の時点ではおよそ4分の1にまで減っています。

消費が減り続ける中、国は新しい免許を出さないことで国内の酒蔵を保護してきたのです。

また、酒造免許を得るには年間最低でも6万リットルを造らなければならないと定められていて、酒蔵が乱立して共倒れになるのを防いできました。

ただ、6万リットルの酒を造るには、米などの原材料費だけで最低でも2000万円ほどかかるといわれています。

最初から大きなリスクを抱えるおそれもあり、陳さんにとって日本酒造りへの新規参入は夢のまた夢という状況でした。

海外で高まる“日本酒熱”が後押しに

国内での消費が落ち込む日本酒。

ただ、海外に目を向けると状況はまったく違います。
「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたこともあり、海外での日本酒の人気は急上昇。

国税庁のまとめによりますと、輸出金額は過去最高を更新し続けて2021年は400億円を超え、およそ10年で4倍ほどに増えているのです。

こうした海外での日本酒人気の高まりを受けて、陳さんに転機が訪れます。

去年4月、国は輸出向けに限った「輸出用清酒製造免許」という免許を新設したのです。
陳さんは外国人として初めてこの免許を取得。

ふるさと「台湾」と「出雲」から一文字ずつとり、念願の「台雲酒造」を立ち上げました。

また、この新しい免許では年間最低でも6万リットルという下限も撤廃され、最初から原材料費に大きなリスクを抱えることもなくなりました。
陳さん
「今までは免許制度に阻まれてほとんどの人が新規参入を諦めていたけれど、新しい免許ができて自分の理想の酒造りをできるようになってうれしい」

理想の日本酒を目指して 陳さんの戦略は

みずからの蔵を立ち上げた陳さんには、輸出用の日本酒を造るうえで“ある戦略”が。

海外展開に力を入れていた酒蔵に勤め、これまで海外で多くの賞を取ってきた陳さんは、国ごとの好みの味を熟知しています。

国や地域に応じた好みの味の酒を造ろうというのです。
陳さん
「欧米になるとやはり濃厚な味の酒が好みなんですよ、どうしてもワインの文化が根強いところですから」
そこで4つのタンクを用意。

発酵の温度や期間を少しずつ変え、微妙な味わいの違いを表現できるようにしました。
酒蔵がオープンして以来、最初の輸出先となるのは台湾です。

台湾の人が求めるのは、香りと甘みが強い日本酒。

そこで陳さんは毎日タンクを確認し、糖度やアルコール度数を計測していきます。

酒の甘みを左右するのは醸造の温度です。

陳さんは温度管理に細心の注意を払うといいます。
そして完成した最初の日本酒。

日本では飲めないので、陳さんに出来栄えを聞いてみると「台湾パイナップルのような甘さ」とのこと。

台湾パイナップルは糖度が17度ぐらいある甘い果物です。

陳さんの狙いどおりの味わいに仕上がったそうで、ことし5月までに台湾へ3500本を輸出することにしています。
陳さん
「輸出先から『どの酒も全部おいしい』と言われる酒蔵を目指したい。ファンから求められる日本酒を造り続けていきたい」
陳さんは今後、台湾だけでなく、アメリカやヨーロッパにも日本酒の販路を広げていきたいとしています。

日本酒の未来は…

新しい免許制度ができたことで日本酒の未来はどうなるのでしょうか。

JETRO農林水産・食品部の石田達也さんは、日本酒業界を盛り上げるきっかけになる可能性があると指摘します。
JETRO 石田主幹
「日本酒の消費量がどんどん減少していく中で、新たな市場として海外はとても重要。今回の免許制度は少量生産が可能なことが大きなポイントで、海外のコアなファンの多様なニーズに応えていくこともできるようになった。既存の免許制度が壁になって今まで新規参入を諦めていた人に、日本酒造りの道を開いたとも言え、日本酒が盛り上がるきっかけになる可能性がある」
そして、陳さんのような外国人の存在にも大きな期待を寄せています。
石田主幹
「日本酒が今後、海外に出て行くときには“多様性”がキーワードになってくると思う。そんなとき陳さんのような外国の方がオリジナルの視点で日本酒造りをすることで、可能性にあふれた日本酒を海外に輸出することができるのではないか」
陳さんは将来、自身の蔵を島根県と台湾を繋ぐ拠点の一つに育てていきたいと話します。

そして将来的には、海外から来た日本酒好きの観光客の人たちに出雲を案内して、酒蔵を見学してもらうツアーなども実施してみたいと考えています。
酒はその国の文化でもあります。

日本酒の消費が低迷する中で、新しい免許制度が、そして陳さんのような存在が日本酒業界を盛り上げる1つの起爆剤になるのか注目していきたいと思います。
松江放送局記者
佐藤大輔
令和2年入局
松江局が初任地で警察や司法を担当
日本酒好きで「マイおちょこ」購入。持ち歩いている