徳川家康の甲冑(かっちゅう)の金物~漆黒の謎に迫る彫金師~

徳川家康の甲冑(かっちゅう)の金物~漆黒の謎に迫る彫金師~
来年放送される大河ドラマ「どうする家康」に合わせて、静岡市に新たな歴史博物館がオープンします。
最大の呼び物は、当時の材料や技法を使って新たに制作が進められている国の重要文化財で、徳川家康が関ヶ原の戦いで身につけたとされる甲冑(かっちゅう)「歯朶具足(しだぐそく)」。その金物は当時の技術では困難だったとされる漆黒で出来ています。
金物はどのようにして作られたのか、甲府市の彫金師によってその謎が明らかになりました。(甲府放送局記者 飯田章彦)

漆黒の甲冑(かっちゅう) 家康の歯朶具足(しだぐそく)

徳川家康が天下統一を果たす大きな節目となった関ヶ原の戦い。
そこで身につけていたとされるのが漆黒の甲冑、歯朶具足です。

戦国時代、戦場での武功を示すために色鮮やかできらびやかな甲冑が主流だったなか、漆黒の色は天下人、家康の象徴ともいわれ、国の重要文化財に指定されています。
この歯朶具足を当時の材料や技法で新たに制作し、来年1月に静岡市にオープンする歴史博物館の呼び物として展示しようという取り組みが始まっています。

宝石の町 甲府市で育まれた彫金師の技術

この歯朶具足の金物の復元を任されているのが甲府市の彫金師、穂坂雅喜さんです。

穂坂さんが生れ育ったのは、全国有数の宝石のまち・甲府市。
多くの宝飾品メーカーや職人が集まり、国内で流通する宝飾品のおよそ3分の1を生産しています。
宝飾職人の家に生まれ、大学卒業後、家業を継いだ穂坂さんですが、高い技術力が認められ、彫金師として甲冑の金物の復元に携わるようになりました。

彫金師とは、“たがね”といわれる伝統工具を使って金属の装飾などを施す職人のことです。

当時の職人と向き合う 甲冑(かっちゅう)復元の魅力

彫金師として歩み出した穂坂さんの転機となったのが、ふるさと山梨の国宝、楯無鎧(たてなしのよろい)の復元でした。

甲斐源氏の祖、源義光の生き様やこだわり、それを制作した彫金師の技術や苦労を想像しながら復元していくことに魅力を感じたといいます。
穂坂雅喜さん
「武将にとって甲冑(かっちゅう)は死に装束みたいなもの。当時の最高の技術を結集して制作されています。それに携われることが魅力だと感じています」
それから10年あまり。
多くの金物を復元してきた技術が評価され、穂坂さんは歯朶具足の金物の復元を任されることになりました。

歯朶具足 漆黒の技法を検証

金物は、革や鉄を素材にした板などをつなげたり、表面に模様を精緻に彫りあげ、甲冑を華やかに彩るものです。

このため金や銀など派手な色のものが多くみられますが、歯朶具足の金物は黒、しかも漆を塗ったような深い黒が特徴です。

難しかった“黒” 初めての科学的アプローチ

穂坂さんによりますと、当時は金物を黒い色にするのは技術的に難しかったといいます。

文献に残っている銅に金を混ぜる「赤銅」という技法では、青みがかった黒しか表現できませんでした。

このため穂坂さんは、黒をどのようにして出したのかを東京芸術大学と検証することにしました。
そこで金属の含有量や成分を調べる装置を使って分析すると、銅に微量の銀が含まれていることがわかりました。

“銀”で漆黒の謎に迫る

この分析を基に、穂坂さんは漆黒を復元する実験を始めました。
実験では「湯床吹き」といわれる当時の技法を用い、1000度以上に加熱したるつぼで溶かした金属をお湯に流し入れて塊にします。

銀の添加量を変えながら金物の制作を繰り返すなかで、銀を入れすぎると表面に浮き出てしまい、黒くならないこともわかりました。
およそ4年、試行錯誤を繰り返した結果たどり着いたのが2%の銀。

できあがった鉄板を60度のお湯で溶かした硫黄につけると、硫化反応で漆黒に変化することを発見しました。
穂坂さんによりますと、銀を銅に入れて金物を漆黒にする技法はこれまで見つかっていなかったということです。

新たな技法で漆黒の金物を復元

当時の技法を解明した穂坂さん。
いよいよ復元が本格的に始まりました。

職人が施した模様をたがねを使って忠実に再現。
「唐草」や魚の卵をかたどった「ななこ」の模様を入れていきます。
仕上げに硫化反応をさせると、1つ目の金具が完成しました。
穂坂さん
「家康の思いや美意識、甲冑の制作に携わった当時の職人の思いを共有し、私の持てる技術と知識を総動員して復元制作にのぞみたいです」

海外技術か?!新たな研究の進展に期待

甲冑は当時の権力者が最高の技術や材料、人材を集めて作らせたもので、歴史をひもとく貴重な資料です。

しかし、武将が命をかけて戦いに臨む際に身につけた神聖なものであるため、これまで博物館などで大切に保存され、科学的な調査はほとんど行われてきませんでした。

今回、家康の歯朶具足の金物を科学的なアプローチで調査し、新たな技法が発見されたことで、甲冑や当時使われていた金属製品の研究が進み、家康が生きた時代をさらに詳しく知ることにつながるのではないかと、歴史学者の平山優さんは評価します。
平山優さん
「銀を使う技法が日本独自に生み出されたものなのか、海外の技術が輸入されて甲冑(かっちゅう)に用いられたのか、研究が広まる大きなスケールを持った発見だと考えています。当時の国際交易の広がりや甲冑研究が進むことに期待したいと思います」
家康の甲冑の金物に海外の技術が使われたとすれば、当時の新たな事実を知る大きな発見と言えるかもしれません。

今回の調査をきっかけに、この時代の研究が進むことに期待したいと思います。
甲府放送局記者
飯田章彦
2021年11月から現職
山梨県の魅力を発信すべく宝石やワインなどを取材
前任地は静岡局。当地の英雄・徳川家康と甲府の彫金師の意外なつながりに感激