「保育園が見つからない」 ~医療的ケア児 支えていくには~

「保育園が見つからない」 ~医療的ケア児 支えていくには~
「『障害』があることで、こんなにも保育園へ預けることが難しく、親が働くことは当たり前にできないことがショックでした」
今年2月、佐賀市の母親からNHKに寄せられたメールです。母親は、保育園を探す中で、社会から拒絶された感覚に陥ったといいます。
病気や障害で、栄養の補給や人工呼吸器の装着といった日常的にケアが必要となる医療的ケア児。
子どもと家族をどのように支えていけば良いのでしょうか。(佐賀放送局記者 渡邊結子)

24時間態勢で医療的ケア

佐賀市に住む、前川愛さんです。

息子のひろむ君(2)は、まだ首が据わっておらず、起き上がることもできません。

ご飯を食べたり、水を飲んだりすることができないため、おなかにつないだチューブで直接、胃に栄養分を注入する医療的ケアの「胃ろう」が必要です。
朝と昼、そして夕方と夜の少なくとも1日4回、水や薬などを補給します。

前川さんは夫と手分けして、24時間態勢で対応にあたってきました。

授かった待望の第一子

ひろむくんを授かったのは、おととし3月。
待望の第一子でした。

しかし、生後20日目のときに異変が。
血圧が急激に低下する症状に陥ったのです。

懸命な処置が行われましたが、全身に後遺症が残りました。
前川さん
「ひろむの容態が急変したとき、ちょうど桜の時期だったのですが、その桜にも色がついてないと感じるほど、ショックで。自分たちだけ別の世界にいるんじゃないかっていう感じでした」

見つからない保育園 「そんな子を預ける気か」の反応も

コロナ禍での子育てとなったこの2年。
前川さんは孤独を感じながらも、懸命にひろむくんを育ててきました。
しかし、育休で休んでいた職場に復帰するため、去年6月から始めた保育園探しは、前川さんを精神的にさらに追い詰めるものとなりました。

保育園を探すため前川さんがまず向かったのが、地元の市役所でした。
医療的ケア児の受け入れ実績がある保育園について情報を得ようとしたのです。

しかし、そうした保育園のリストなどはなく、情報は得られませんでした。
次に試したのが、インターネットを使った検索。

掲載された保育園のリストの「看護師」の欄にチェックを入れると、看護師を置いている園を、絞り込むことができました。

自宅に近い保育園から順番に電話をかけ、少しずつ範囲を広げていきました。
見学に来ても良いと言われれば、ひろむくんと一緒に足を運びました。

しかし、看護師を置いているからといって、受け入れてもらえるとは限らないことは、すぐに分かりました。

看護師の経験不足や、施設が狭いといった理由で、断られ続けたのです。
精神的な負担が大きいため、1日に2回か3回ほどしか、かけられなかったという電話。

ある時、『そんな状態の子どもを預けるのか』と言われたことも。
電話を切ったあと、涙がこぼれてきました。

ひろむくんの病気を今も、完全には受け入れることができていないという前川さん。

ひろむくんの状況を何度も説明し、断られ続けることで、病気を理由に社会から拒絶されたような感覚に陥りました。
前川さん
「頭では子どもの状態は理解しているけど、やっぱり言葉にすることで、自分の子どもは寝たきりで医療的ケアが必要で、障害的にも重いんだなというのを、改めて突きつけられるというか。社会に受け入れてもらえないほど、重い障害なんだと実感させられたというか、現実を突きつけられました」

増える医療的ケア児

胃ろうによる栄養の補給や人工呼吸器の装着といった医療が、日常生活で欠かせない、医療的ケア児。
全国で2万人いると推計されています。

医療が発達し、これまで救えなかった命が助かるようになった中で、増加しています。

子どもに教育などの選択肢を与えるとともに、親の精神的な負担をどうすれば減らしていけるかが、全国的な課題となっています。
このため国は去年9月、家族への支援を進める初めての法律「医療的ケア児支援法」を施行。

子どもや家族に対する、国や自治体の支援は「努力義務」ではなく「責務」と位置づけられました。

「家族の離職防止」も法律の目的の一つに掲げられ、全国各地の小学校や保育園で、受け入れに向けた整備が現在、進められています。

しかし、医療的ケア児は症状が一人一人異なり、それぞれに合った環境を整えるには時間がかかります。

佐賀県によりますと、ことし4月の時点で、医療的ケア児を受け入れている県内の保育園や幼稚園は、4か所にとどまっています。

受け入れる上で必要な、経験ある看護師をどう確保するかが、大きな課題になっています。

また、ケア児1人に対して、1人の保育士が必要になるケースも多く、保育園側の人材確保も重要になってくるほか、現場の知識不足も壁になっているといいます。
県医療的ケア児等コーディネーター 荒牧順子さん
「看護師も、小児科の分野や医療的ケアで経験がある人とは限らないので、看護師がいれば受け入れられるとは限らない。また保育園は、医療的ケア児がどんな方か、保育園で過ごせる子なのかとか、みなさんわからないので、わからない不安がすごく大きいのかなと思う。人的に余裕がないと、受け入れは厳しい」

受け入れている保育園 その態勢は

医療的ケア児を実際に受け入れている保育園は、どのような態勢をとっているのでしょうか。

県西部・伊万里市にある公立の保育園を訪ねました。
去年10月から、医療的ケア児の5歳の男の子を受け入れています。
男の子は朝、看護師と一緒に登園します。
男の子が普段通っている、児童発達支援施設に勤務する看護師です。
定期的に必要なたんの吸引や活動時の人工呼吸器の装着などのケアを行います。
この保育園は、男の子が利用している支援施設と連携。
男の子の状況に詳しい看護師に付き添ってもらうことで、受け入れを実現させました。
看護師は、緊急時や医療的ケアが必要な場合に備え、教室で見守ります。

一方、ほかの子どもたちと一緒に遊ばせたり、ご飯を食べさせたりといったほとんどの世話は、担当の保育士が担います。

当初は、医療的ケアを必要としない短時間に絞った、一時保育から始めた登園。
現在は、正式な入園に切り替えられ、男の子は1日に3時間ほどを園で過ごしています。
保育園で過ごす時間を少しずつ増やしていく中で、保育士も日々学び、経験を積んでいきました。
男の子の担当保育士
「一緒にいる時間が長くなるにつれて、他の子どもと変わらない面も多いなということがわかってきました。なにより、付き添ってくれる看護師さんがいることで安心感があり、医療的なことはすっかり任せて、保育に集中できています」
この保育園が医療的ケア児を受け入れるのは初めての試みです。
当初は断ることも考えましたが、保護者からの強い要望に突き動かされ、受け入れを決めたと言います。
福田和子園長
「ほんの少しでも良いから、同年代の子どもと触れさせたいという気持ちがすごく強かったんです。この前、保護者の方から(男の子が)保育園を楽しみにしているとの言葉をいただいて、その言葉は本当にうれしかったです」

断られ続けた母親 ようやく迎えた初登園の日

受け入れ先を、断られ続けていた佐賀市の前川さん。
今月5日、ひろむくんを車に乗せて、市内の保育園に向かっていました。

半年以上かけて探した結果、ようやく受け入れ先が見つかり、この日初登園を迎えたのです。
名乗りを上げたのは、看護師が確保できないとして、1度は受け入れを断った保育園でした。
園側で人員の配置を見直し、行政も相談に乗る中で、受け入れが実現しました。

今後数か月は前川さんが付き添い、保育園の看護師に、ひろむくんが必要とする医療的ケアを伝えることにしています。

自宅から保育園までは車で20分かかります。

ひろむくんが保育園で過ごすのも2時間程度と、短い時間からのスタートです。
前川さんの復職は、まだ先になりそうです。

それでも、ようやく「受け入れてもらえた」と感じています。
前川さん
「どこにも預けられないし、働くのって難しいのかなと思っていたけど、“いいですよ”といってくれるところが1つあるだけで、安心します。
“みんなで育てていきましょう”と言ってもらえたのがうれしかったです。保育園とか、色んな所と育てていける環境になっていければ良いなと思います」
“みんなで育てる”。
そして子どもの状況に関わらず、誰もが当たり前のように働き続けることができる社会。

前川さんが願う、これからです。
佐賀放送局記者
渡邊結子
令和2年入局
親と暮らすことが難しい若者など子どもを取り巻く社会的課題を取材