欠かせないものが手に入らなくなる?~経済安全保障の課題~

欠かせないものが手に入らなくなる?~経済安全保障の課題~
「必要なのに手に入らなくて焦った」
おととし、新型コロナウイルスの感染拡大直後にマスクが店頭から消えてあちこちさまよったことや、去年の冬に半導体不足から給湯器やスマートフォンなどが品切れになったこと、思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか。
こうした事態を未然に防ごうと今、「経済安全保障」を強化する取り組みが始まっていますが、課題も山積しています。
(経済部記者・渡邊功 政治部記者・加藤雄一郎 おはよう日本ディレクター・磯貝健人)

半世紀以上続けてきたが…

「もし原材料が入ってこなくなれば、この事業は閉めるしかなくなる」

私たちが最初に訪れたのは富山県高岡市の木材輸入会社「柴木材」です。
経営幹部からは重いことばが返ってきました。

この会社の従業員は60人。

半世紀以上にわたって、この地で、欧州アカマツやエゾマツなどロシア産の木材だけを扱ってきました。
ロシア産の木材は、厳しい寒冷な気候の影響で、国産の木材に比べて丈夫で、主に天井裏など住宅の下地材として使われているといいます。

しかし、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて、日本はロシアの最恵国待遇を撤回する方針を表明。

会社が輸入しているロシア材の関税は一部のもので6%から10%に引き上げられる見通しです。
そして4月19日からは丸太や木製チップなどが輸入禁止に。

この会社が輸入している木材は現時点では対象外ですが、今後、ロシア材全般の調達が難しくなるのではないかと経営幹部の二井さんは心配していました。
柴木材 二井誠 取締役
「価格転嫁せざるをえないという状況になっています。非常に難しい判断だが、取引先にお願いしていくしかないです。
もし原材料が来なくなれば、いくらわれわれが頑張っても、仕事として成り立ちません。事業として閉めるしかなくなるので、禁輸となる兆候がないかを含めて見ていくしかないです」

日本企業にも危機感広がる

ロシアの軍事侵攻という想像を超えた異常事態が現実のものとなり、日本企業のあいだでも危機感が広がっています。

原油や天然ガス、それに穀物の価格が上昇、ビジネスにも影響が及ぶ事態となり、経済安全保障を真剣に考え始める企業が増えているといいます。

海外でのビジネスのリスク分析や助言を行っている、アメリカに本社があるコンサルティング会社「PwC」です。
この会社では、去年10月に経済安全保障に関する専門チームを立ち上げています。

2月下旬に起きたロシアによる軍事侵攻以降、およそ2か月間で、自動車や半導体など、製造業を中心に大企業40社から相談が寄せられたといいます。

当初は、状況の把握や各国による経済制裁の内容に関する問い合わせが多かったものの、次第に、半導体やレアアースなど、サプライチェーン=供給網で影響を受けるおそれがある物資や、事業にどのような影響があるかなど、今後のビジネスのあり方に関する具体的な相談が増えてきたということです。

さらに最近では、ロシアやウクライナの情勢だけでなく、台湾をめぐる問題など、より広い国際情勢を見据えた対応を検討する企業が増え、このコンサルティング会社は日本企業の経済安全保障に対する意識の変化を強く感じているといいます。
PwC Japanグループ ピヴェット久美子 シニアマネージャー
「各国がさまざまな戦略的意図を持ってアクションをとっています。ウクライナをめぐる問題が、いったん何かしらの終結を見たとしても、以前と同様に、西側諸国が投資をしていく、事業を展開していくことにはなりえないと思います。
経済安全保障という考え方が入ってくることによって、収益性の軸だけでなく、地政学リスクなどこれまで検討していなかった事項も考慮して経営判断をしなければならず、かなり難しい状態になっていると思います」

政府も法案提出

政府はいまの国会に新たな法案「経済安全保障推進法案」を提出しています。

法案には4つの柱があり、それぞれねらいが異なります。

そのひとつが「重要物資の安定供給」

国が企業に対し、原材料の調達先が特定の国に偏っていないかなどを調査した上で、国民生活や経済活動に欠かせない「特定重要物資」を指定。

有事の際にも物資の供給が滞らないよう、必要に応じて支援を行うというものです。

この「特定重要物資」。

現時点ではまだ具体的に何が指定されるかは決まっていません。

ただ、政府がイメージとして示しているものには、半導体や電気自動車に使われる蓄電池、医薬品などがあります。

二兎追えるか 経済安保とビジネス

「医薬品の業界では、すでに有事に備えた対策が進められている」

こういう話を聞いて、私たちが向かったのは、岩手県金ケ崎町にある製薬大手「塩野義製薬」のグループ企業の工場です。
ここでは、ある重要な医薬品を国内で確保するため、準備が進められています。

マイナス20度に保たれた冷凍庫で見せてもらったのは抗菌薬の原料です。
抗菌薬は、細菌を壊したり、増えるのを抑えたりするもので、手術の注射剤のほか、幅広い感染症の治療につかわれています。

実はこの抗菌薬の原料。

かつては国内でも多く製造されていたものの、しだいに日本よりもコストが安い中国やインドでの製造が増え、近年ではほとんどを輸入に頼っていました。

こうした中、2019年に、原材料を製造していた中国の工場が、環境規制の強化によって出荷停止、日本への供給も途絶えました。
手術などに欠かせない薬の供給が滞ったことで、医療現場は一時混乱に陥りました。

危機感を抱いた国や学会などは、対策に乗り出します。
薬の安定的な供給に向け、特に広く使われている10の抗菌薬を指定。

国内で製造する一部の企業には、設備投資への補助金の支給を決めたのです。

この工場でも、今年度から抗菌薬の原料の一部を、試験的に製造します。
ただ、会社では、国内で安定した供給態勢を整えることは重要だと考える一方、ビジネスとして利益を上げるのは難しいと感じています。

一度止めていた製造を再開するには、現在の基準に見合った新たな設備投資や研究費用などがかかるため、安価な海外と比べて販売価格は数倍以上になると予想されるためです。

有事に備えて対策はとりたい、一方、企業である以上ビジネスとしても成立させたい、二兎追えるかどうかが課題になっています。
シオノギファーマ 久米龍一 代表取締役社長
「コスト面で海外とは相当差がありますので、事業としては非常に厳しいです。これをどうやって継続的に担保していくのかが非常に問題だと感じています」

“国力維持”につながる

いま世界では、ウクライナ情勢にともなう経済制裁などによって、エネルギーや農産物、原材料といったさまざまな物資の供給に影響が出ています。

高まる危機感の中、経済安全保障に携わってきた自民党のベテラン議員は、審議が進んでいる新たな法案が成立すれば、欧米に比べて遅れている日本の経済安全保障にとって「第一歩になる」と意義を強調します。

特に自民党内からは、世界的に供給不足が懸念されている半導体の確保に向けた体制整備につながるという見方が広がっています。
法案では、政府が国民生活に欠かせない重要な製品を「特定重要物資」に指定し、半導体もこれに該当する見通しです。

この「特定重要物資」に指定されると、国が企業の調達先などを調査する権限を持ち、企業は生産体制などの計画を国に提出する代わりに国から金融支援を受けられるようになります。

政府は、DX=デジタル変革が進む社会では、高度な演算処理を行う半導体が大量に必要になり、海外に頼らずに生産することは、日本の国力の維持に欠かせないと考えています。

このため大規模な予算を投じて、半導体について国内の生産拠点を整備するほか、アメリカなどと連携した国際的なサプライチェーンの構築を着実に進めることを目指しています。

早くも第2弾が必要との声も

さらに、経済安全保障の体制を強化するため、今回の法案に続く、第2弾の法改正を求める意見もさっそく出ています。

半導体を含む先端技術の海外流出などを防ぐため、民間の研究者の信頼性を確認する「セキュリティークリアランス」と呼ばれる新たな仕組みの導入などが検討される見通しです。

ただ、研究者の個人情報を調べることにもつながるので、野党側の反発も予想され、ハードルは高くなりそうです。

「優先順位」がキーワード

国の支援が欠かせない中、専門家がポイントとして挙げたのが「優先順位」です。
多摩大学大学院 井形彬 客員教授
「予算面など、国が出来る支援には限りがある。どう優先順位をつけて、どこまで支援するか。そのためにも国と民間企業が、これまで以上に連携することが実効性を高めるカギになる」
世界では、長きにわたるグローバル化や自由貿易体制のもとで、多くの企業が飛躍的な成長を遂げてきました。

しかしここに来て、経済安全保障という、従来の合理性や収益性などとは異なる概念が入ってきたことで、かつてないほど難しい判断が迫られるようになっています。

経済安全保障の強化に向け、国の支援は欠かせませんが、ビジネスに介入しすぎるのも、企業の創意工夫の意欲を奪いかねません。

官民が一体となって対象をどこまで絞り込み、いかに集中的な支援につなげていくか。

日本の将来、私たちの未来の暮らしがかかっていると言えます。
経済部記者
渡邊 功
平成24年入局
和歌山局から報道局経済部
国交省、外務省、銀行業界、経済安全保障の取材を担当
政治部記者
加藤 雄一郎
平成18年入局
鳥取、広島局から報道局政治部
現在、自民党麻生派を担当し経済安全保障も取材
おはよう日本ディレクター
磯貝 健人
平成28年入局
大阪局から社会番組部
経済安全保障について企業や大学を取材