“薬が届かない” ウクライナ 支援続けるNGOの苦悩

“薬が届かない” ウクライナ 支援続けるNGOの苦悩
「薬が届かない」「治療を受けられない」
30年余りにわたってウクライナでがんや難病を患う子どもたちを支援してきた日本のNGO「チェルノブイリ子ども基金」。現地で活動する支援団体の中でも草分け的存在です。
ロシア軍による激しい軍事侵攻が続くなか、いま、このNGOのもとには、支援してきた人たちから現地の悲惨な状況を訴えるメッセージが次々と寄せられています。(World News部記者 吉田麻由)

病床から平和を訴える

病床に横たわる女性。
ウクライナ北部で暮らすサビーナ・クジミクさん(22)です。

生まれつき、脊髄や背骨が十分に発達しない難病を患っています。
これまで手術を何度も繰り返してきました。

街がロシア軍によって包囲され、サビーナさんは、絶望的な状況を訴えるメッセージを支援を受けてきた日本のNGOに送りました。
サビーナさんメールより
『私の街には水、通信、電気がありません。すべてがとても恐ろしい状況です。そして、この間手術をした足の傷口が開いてしまっています…。人道回廊もなく、スーパーマーケットにはほとんど食料がなくなりました。うちにある食料はせいぜいあと数週間分くらいです』
『市民はロシアのウクライナ侵攻に苦しめられています。爆弾を避けてシェルターに隠れ、夜が明けるまでに無事に過ごせるよう神に祈っています。私は目下、戦闘の真っただ中にいます。みなさんどうか私たちを支えて下さい』

薬を届けられない NGOの苦悩

メッセージを受け取ったのは、「チェルノブイリ子ども基金」の事務局長、佐々木真理さんです。

旧ソビエト時代の1986年に起きた史上最悪のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故。

このNGOでは、30年余りにわたって、原発の周辺地域で甲状腺がんを発症した子どもたちや、難病を患う人たちを支援してきました。

メールを読んだ佐々木さんは「現地に助けに行きたい」と心から思いましたが、戦争が続く中で何もできず、無力感に打ちひしがれました。
佐々木真理さん
「とにかく生き延びてほしいです。それだけを祈っています。チェルノブイリ原発事故によって、自分の体だけでなく、心も傷ついた人たちが再び、苦しんでいる状況に強い憤りを感じています」
基金が支援してきた子どもたちの1人が描いた絵です。

甲状腺を摘出する手術を受けたあとの傷痕が描かれています。
ウクライナの子どもたちが病気と闘いながら、成長して大人になっていく姿を見守ってきた佐々木さん。

薬を届けたり、治療費の支援をしたりしてきた子どもたちは延べ3000人にも上ります。
しかし戦争が長引く中で、支援してきた多くの人たちと連絡が取れなくなっています。

ようやくメールが届いた人たちからは、「薬が届かない」「治療を受けられない」といった助けを求める声も。
佐々木真理さん
「子どもたちの命を守るために、長い年月をかけて地道に積み上げてきたものが、戦争で簡単に崩されてしまうのは、本当に悔しいです」

ロシア軍の東部攻撃におびえる甲状腺がんの女性

東部・ドネツク州に住むイリーナさん(30代・仮名)です。

イリーナさんは12歳のときに甲状腺がんの手術を受け、その後、腎臓や卵巣にも異常が見つかりました。

「チェルノブイリ子ども基金」から、薬や手術に必要な費用の支援を受けてきました。
イリーナさんからのメールには、治療も受けられず、ロシア軍の攻撃におびえる過酷な状況がつづられていました。
イリーナさんのメールより
『ここでは私の病気について、助言や治療をしてくれる人が誰もいません。攻撃による恐怖で、血圧も高くなっています。きょうも、遠くから激しい攻撃音が聞こえてきました。戦争は今、ウクライナの東に移動すると言われています、再びドネツク州に。恐ろしいです…』
ロシア軍がウクライナ東部へ攻勢を強めるなかで、佐々木さんは、イリーナさんの無事を確認するため、毎日のようにメールを書いています。

佐々木さんは、ロシア軍の侵攻で、治療を受けられなくなり、これまでかかわってきた多くの人たちの症状が悪化してしまい、命が危険になってしまうと焦りを募らせています。
佐々木真理さん
「彼女たちは生きていくために薬が必要で、薬がないことによる健康への被害はとても大きいです。さらに爆撃による危険にもさらされている状態で、弱い立場の人たちがこういうときに一番苦しい状況に置かれると感じます」

支援を続けていくために

3月末、佐々木さんのもとに一通のメールが届きました。

侵攻直後、「逃げられる場所がなく、希望を持てない」と連絡があったサビーナさんが友人たちと一緒に、無事ポーランドへ避難することができた、と知らせてくれたのです。

しかし心配事もあります。
サビーナさんの介護をしてきた母親が、高齢の祖母と一緒にウクライナに残ったのです。

サビーナさんが避難先で治療を受けることができたのかどうかなど詳しいことは聞けていません。
ウクライナ国内の医療状況も、侵攻が長引くにつれて悪化の一途をたどっています。

WHOのまとめによりますと、ロシアが侵攻を始めた2月24日から4月16日までに、攻撃を受けた医療機関は、120に上ります。
激しい戦闘が続く地域では医療物資を届けることもできない状況です。
「現地に行けなくてもなんとか力になりたい」
佐々木さんは、ウクライナに医薬品を届けているスウェーデンのNGOを見つけだし、協力して支援に当たっていくことになりました。

爆撃や銃撃の恐怖におびえ、さらには、生きるための薬もなくなってしまうという絶望的な状況。
戦時下で闘病生活を続ける多くのウクライナの人たちは、何重もの苦しみが続いています。
World News部
吉田麻由
2015年入局。金沢局、長崎局を経て、去年11月から国際放送局World News部。
※日本政府は「チェルノブイリ」の地名表記についてウクライナ語由来の「チョルノービリ」に変更しました。「チェルノブイリ子ども基金」は「チェルノブイリ」という地名が長年使われ、世界的にも、歴史的にも定着していて、事故の悲惨さを広く伝え続けるため、「チェルノブイリ」という地名を使って活動を続けるとしています。