【詳しく】国際法で読み解く“戦争犯罪”

ウクライナでの市民の犠牲が増え続け、凄惨な現場の様子が伝えられる中、最近ニュースでよく聞くようになった“戦争犯罪” “ジェノサイド”というキーワード。
そもそも、国際法ではどういう位置づけなのか、一度、整理してみたい。
そんな思いから国際法の専門家に詳しく聞いてみました。
答えてくれたのは、長年、国際法の研究を続けてきた早稲田大学法学学術院の萬歳寛之教授です。
(聞き手 国際部・鈴木陽平)

“戦争犯罪”ってなに?

いわゆる“戦争犯罪”というのは、国家の指導者が違法な戦争の意思決定にかかわった場合、そして、現場で戦っている兵士が国際法のルールに反するような形で損害を発生させた場合に「個人の刑事責任」が問われるものです。

いわゆるジェノサイドと呼ばれる「集団殺害犯罪」、「人道に対する犯罪」、狭義の「戦争犯罪」、そして「侵略犯罪」。
4種類に分類できます。
「集団殺害犯罪」(ジェノサイド)というのは、ある集団の全部または一部を破壊する目的で人の殺害などをすることで、典型例はナチスによるユダヤ人虐殺です。
ユダヤ人をターゲットにしている部分があったので「集団殺害犯罪」の典型ということになります。

「人道に対する犯罪」は広範で組織的な形で人を殺害したり、強制移住させたりすることで、「故意に行っている」ことが非常に重視される犯罪となっています。

「戦争犯罪」というのは、いわば「戦争のルール」に違反することです。
その中には使ってはいけない兵器を使うことや、捕虜や傷病者、民間人など戦闘から離れている人たちへの対応を定めたルールに反する行為をいいます。

「侵略犯罪」は、国連憲章に明白に違反し、違法な戦争の意思決定に関わった、人を処罰するためのものです。

ロシアは“戦争犯罪”を行っている?

現在、ウクライナで“戦争犯罪”と指摘されているものは、民間人を犠牲にしているという点での、狭義の「戦争犯罪」と、広範で組織的な形で人を殺害するなどの「人道に対する犯罪」に該当するのではないかと思われます。

例えばアメリカのブリンケン国務長官も「ロシア軍の構成員が戦争犯罪を行っている」と言っていますが、その際の根拠となっているものが民間施設への攻撃、とりわけマリウポリにあった産婦人科病棟のようなところに攻撃を加えたことです。

「集団殺害犯罪」いわゆる「ジェノサイド」については、ウクライナの、ある特定の民族を全部または一部を破壊する意図があってやっているのかどうかが問われます。
報道ベースでは私はまだそこまでの話は聞いてはいません。

ゼレンスキー大統領がそのような表現を政治的文脈で使うことは分かるのですが、国際法上の概念として考えてみた場合には「集団殺害犯罪」にはまだ当たらないのではないのか、これから捜査が進んでいく過程で明らかにされるのだと思われます。

「侵略犯罪」については罪に問える?

法律上、プーチン大統領に対して、あるいは、ほかのロシアの高官に対して「侵略犯罪」とまで言えるようなことがあったのかどうかは、これからの証拠集めや捜査の進展によって明らかになっていくのではないかなと思います。

ここで区別しておかなければいけないのは、国家としての行動としては侵略があったことは確かです。しかし、その侵略を行ったことに対して、誰がどの程度、個人として犯罪を行ったのかというのはまた別のことになります。

国家としての侵略行為があれば、基本的な政策の意思決定権者の中の、とりわけ最高意思決定権者が「侵略犯罪」に該当するような決定を行ったことは推定されるのですが、犯罪の定義の中に「明白な国連憲章違反」という表現がありますので、認定のための敷居が高くなっています。
かなり強く推定はされますが、ここはちょっと即断はできないという気がしています。

特に「侵略犯罪」については、国際刑事裁判所規程の非締約国であるロシアに対する管轄権行使の手続き上のハードルは高いといえます。

では“戦争犯罪”を「裁く」ことはできるの?

ウクライナも国際刑事裁判所規程の締約国ではありませんが、ウクライナ領域内で行われた犯罪について、国際刑事裁判所の管轄権を受け入れていますので、国際刑事裁判所は捜査することができます。
すでに、ウクライナの検察当局と協力する形で国際刑事裁判所の検察局によるウクライナ領域内での捜査が始まっており、特にキーウの郊外での悲惨な事件については捜査が進んでいくのではないかと思います。
一方で、ロシアは国際刑事司法裁判所規程には入っていない非締約国で、管轄権もなく、国際刑事裁判所がどこまで実効的な対応ができるかということが問題になり得ると思います。
国際刑事裁判所は国家の協力を仰がないと、逮捕や身柄の引き渡しを受けることができないわけです。

そうすると、プーチン大統領やその他のロシア政府高官はロシア国内にいるわけですし、軍の構成員がロシア国内に戻ってしまえば、なかなか、ロシアの協力を得るのは予想しづらい。
また、とりわけプーチン大統領や政府高官、そして軍の構成員がそのままの地位にあって、権力の座にとどまるかぎりは、ロシア内部からも国際刑事裁判所の活動に対して協力をする態度が出てくることは基本的に想像できないので、そこは障害になるだろうという気がします。

ロシアはどう反論?

プーチン大統領も国際法を考えていないわけではありません。
クリミアの一方的な併合や、今回の東部地域についても、また、開戦理由一つ一つのところをとってみても、国際法的な正当化を図ろうとしています。

例えば昔から、「在外自国民保護」という考え方があります。
在外自国民を保護するためには他国の領域主権を侵害しても仕方がないというもので、解釈の対立がある難しい問題です。
今回もロシアによる軍事侵攻の正当化するために使われています。

国民ではないのですが、ウクライナの親ロシア派の地域には、ロシア語を話す住民がいて、「同じ民族で本当はロシアと一緒にいたがっている住民が攻撃を受けているから自分たちは守る権利がある」と主張しています。
また「住民投票を行って民族自決のもとで分離独立し、相手が望んでロシア領になりたいと言うのだから、いわゆる領土の併合条約を合法的に結ぶことができるのだ」という理由で、2014年にクリミア半島を併合していったんですね。
今回の東部地域についても基本的にそれをやろうという考えで、順序立てて動いています。
非常に形式論ですが、一応、国際法上のルールにのっとっているという姿勢だけはみせています。

また、「特別軍事作戦」ということばで、ロシア側の法益や親ロシア派の地域にいる東部の人々の利益を守らなければいけないから軍事行動をとるだとか、単なる侵略行為ではないというような理屈をつけています。
さらに、ウクライナ側がロシアによる殺りくが行われていると主張すると、「そんなことはやっていない」とか「うそだ」という言い方をしています。
やってはいけないことだとわかっているので「やって何が悪い」とは言いません。

そういう意味でロシア側も一応は国際法を無視していないということはできます。
ただ、これらは国際法理論の乱用といってよいようなものでしょう。

国際法って役に立つの?

国際法で何でも解決できるとは言いませんが、国際法を知らないと、なかなか、「なぜそんなことを意識しているのか」とか、「何でこんな言い訳をしているのか」とか、なぜみんなが「許せない」と考えているのかというところを見逃してしまうので、ぜひいろんな人に国際法を知っていただきたいと思っています。
やはり国民が、真実を知ったときに、それが何のルールに反するか分かって初めて民主的な力が働いていくものだと思います。

「国際法は、実際に処罰できないから役に立たない」というのではなく、国家の指導者などの意思決定の中で重要な要素になっていて、世界が平和であるためには、やはり国際法の知識が必須だということをぜひ理解してほしいです。

(インタビューは4月4日に行われました)