ロシア発『ウッドショック』の衝撃 ~もう家が買えない!?~

ロシア発『ウッドショック』の衝撃 ~もう家が買えない!?~
「まさか、こんなに高いなんて…」
マイホームの購入を検討していた30代の夫婦はこうつぶやきました。
世界有数の森林大国ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。住宅に欠かせない木材などのさらなる価格高騰が懸念され“夢のマイホーム”が手の届きにくいものになろうとしています。日本の住宅市場を襲う、ロシア発の「ウッドショック」。実態を調べました。(経済部記者 野上大輔 太田朗/ サタデーウオッチ9 長野幸代)

「プーチン大統領のせいで・・・」

ロシアによる軍事侵攻のあと、SNS上にはこんな投稿が相次いでいます。
「家建てるの絶望した・・・」
「ロシアのせいで、いや、プーチンのせいで木材の価格が高騰してるんだって」
「コロナ以降、戦争も含めてどんどん住宅価格が高くなっていく・・・」
「東京オリンピックが過ぎれば落ち着くとか言われていたが全然落ち着かない」

マイホームを建てようとしていた人たちが口々に嘆いていたのが、ウクライナ侵攻をきっかけにした木材価格のさらなる高騰です。

「ウッドショック」再び

住宅をめぐっては去年、家を建てるために欠かせない木材の価格が高騰する「ウッドショック」が起きました。

アメリカでコロナ禍からの回復に伴って住宅の需要が急激に高まったことがきっかけになり、世界的な木材不足になったのです。

日本でも木材が足りなくなり国産木材の価格も上昇。
必要な木材を確保できず住宅の建設に大きな影響が出ました。

こちらは日本国内で取り引きされた木材の価格の推移を示したグラフです。
去年3月には6万円台だった価格は、8月に13万円を超え、その後も高止まりしていることがわかります。

そして今、懸念されているのがロシア発の「第2次ウッドショック」です。
ロシアは世界全体の木材輸出量の21%を占める世界有数の森林大国。
軍事侵攻に対する経済制裁で木材の輸入が難しくなり、価格高騰に拍車がかかるおそれが出ているのです。

木材が手に入らない

実際に影響はどの程度広がっているのか。
私たちが最初に向かったのは横浜市の住宅の建築現場です。
床や壁の下地にロシア産のカラマツを原料にした合板がふんだんに使われているこちらの住宅。

この合板は、強度が高く耐震性を高めるとして日本の住宅に幅広く使われているといいます。
富士ソーラーハウス 大澤社長
「日本の木造住宅の8割から9割はロシア産のカラマツが使われた合板を使用しているんじゃないでしょうか。地震に強く、耐力壁に使うのにふさわしい材料なので、この20年間はずっとこの合板を使っています」
しかし、軍事侵攻が始まってからロシア産の木材を使った合板の入手が困難に。

経済制裁の影響を懸念して早めに確保しようとする業者が相次ぎ、手に入ったとしても価格はウッドショック前に比べて8割近く上昇しています。

このため住宅の販売価格の値上げを考えざるを得ない状況だといいます。
大澤社長
「仕事仲間が全国にいるんですけど、『合板ある?』『あるわけねえだろ』と答えられるくらい本当に日本全国どこにもないですね。もともと品薄なところに戦争が始まってロシアの資材が入ってこなくなってしまった。例えばコロナ前に契約したお客様なら、延べ床面積27坪で3000万円ぐらいの予算でいい家が建てられましたが、今は3800万円くらいないと同じレベルの家は作れない感じですね

価格高騰は木材以外にも

住宅を襲う価格高騰の波は木材だけにとどまりません。

私たちが次に訪ねたのが東京・世田谷区の住宅設備メーカー。
ステンレスの質感を生かしたシステムキッチンの製造販売を行っています。
ステンレスの原料となるのが「ニッケル」で、ロシアは世界の輸出量のおよそ13%を占めています。

しかし、ウクライナ侵攻によってロシアからの供給が滞る懸念から価格が高騰し、OECD=経済協力開発機構の分析では侵攻後に価格が63%も上昇しているのです。
このメーカーには、来月以降、ステンレス材の価格を10%値上げするという通知が仕入れ先から届き、どれだけ商品に価格転嫁するか判断を迫られているといいます。
ステンレスキッチンNEW 上田社長
「ある程度、世の中で価格が上がっていることは分かっていましたが、実際に自分のところにも通知が来たかと驚きました。これだけ仕入れ価格が上がってくると、残念ながら販売価格を値上げをしないと会社がやっていけない状況になるのかなと思っています」

住宅のあらゆるものが値上がり

ほかにも住宅の設備には原材料をロシア産に頼るものが少なくありません。
例えばロシアが主要な生産国の「パラジウム」は半導体に使われていて、LED照明や給湯器や温水洗浄トイレなどの価格に影響します。

ほかにもウクライナ情勢がさまざまな原材料価格の高騰に拍車をかけ、アルミニウムが使われる「サッシ」や、セメントが必要な「基礎部分」など、住宅に必要なありとあらゆるものが値上がりしているのです。

実際に複数の住宅設備メーカーが、キッチンやトイレ、ユニットバスなどの値上げをすでに発表しています。

ウクライナ侵攻の影響が家に集中

横浜市の住宅を手がけている大澤社長。
私たちを案内しながら、こう説明してくれました。
大澤社長
「取材している皆さんの目につく物で、値段が上がっていないものは1つもないんですよ。コンクリートも鉄も木材も設備機器類も値段が上がり、サッシやガラスなど、あらゆる家に関するモノの値段が上がっている。コロナとかウクライナショックとかすべての影響が、最後に家に集中してきているという感覚があります
そして苦しい胸の内も明かしました。
大澤社長
「住宅ローンというのは、それぞれの家庭のライフプランをもとに借りられる上限を設定して予算を決めていくものなので、予算が大幅増になってしまうと、生活のほかの部分にしわ寄せが行くことになります。例えば予算が6000万円の人は、その中でギリギリの夢を描いているはずですから、値上がりによって家を建てることを諦めなければいけないという事態がすでに起きています。ちょっと前なら出来たことが今はできない。私のせいではないけれど、それを強いなくてはならない立場にいるのがとても心苦しいです」

夢のマイホーム どうすれば?

軍事侵攻によって私たちの手が届きにくくなっている“夢のマイホーム”。

この状況、不動産市場の動向に詳しい専門家はどう見ているのでしょうか。
東京カンテイ 井出上席主任研究員
「住宅の価格はすでに高止まりしていますが、今回の軍事侵攻でロシアによる供給不安が加わり、コスト高、建材高に歯止めがかからない状況で、供給側のディベロッパーや工務店も頭を抱えています。円安が進んでいることも追い打ちをかける形になっていて、2重3重に価格高騰が加速する方向に来ています」
「今は市場がリスク含みになっているので、すぐに住宅を購入する必要がなく、少し先を見据えている人は、もうちょっとタイミングを見て、円安やコスト高が下がる可能性を見極める方法でもよいと思います」
ただ、結婚や子育て、仕事の事情などで、住宅の購入をこれ以上待てないという人もいます。
そこで井出さんが住宅選びのポイントの1つに挙げたのが中古物件です。
井出上席主任研究員
「新築ではなくて中古の物件を狙うのが方法としてあります。住宅価格が上がっているので『今が売り時』と思って家を手放す人が増えていて、中古物件に目を向ければ希望する条件に近いものがみつかる可能性がありますし、リフォームなどで新築に近い仕様にすることもできます。また立地についても人気のスポットを少し外すなどして条件を広げてみるとお手ごろの物件が見つかるかもしれません」

「価格が高すぎる…」

いまは価格が高すぎる。高額な住宅ローンを組んで、生活費や老後の資金が少なくなってしまうことを考えると、そこまでして買いたいとは思わない

これは都内でマンションの購入を検討していた40代と30代の共働き夫婦のことばです。
この夫婦はおよそ10年前にも同じエリアで住宅を探したということですが、その時より4割ほど相場が上がっていることを知り、状況が変わらなければ購入を見送ると話していました。

ロシアによる軍事侵攻によって一段と加速する世界的なインフレ。

住宅の価格がこれ以上高くなれば、買いたいと思う人が少なくなり、これまで好調だった住宅市場が縮小して、日本経済全体に影響が及ぶおそれがあります。

ロシア発「ウッドショック」の影響はどこまで広がるのか。

今後も注意深く見ていきたいと思います。
経済部記者
野上 大輔
平成22年入局
金沢局を経て経済部

経済部記者
太田 朗
平成24年入局
神戸局、大阪局を経て経済部

サタデーウオッチ9
経済キャスター
長野 幸代
平成23年入局
岐阜局、鹿児島局を経て経済部
4月から経済キャスター