「転出超過」“ごっそり”の青森でシンガポールから起業!?

「転出超過」“ごっそり”の青森でシンガポールから起業!?
青森県では人口が県外に流出する「転出超過」が長年、課題になっています。
こうした人口減少を重要なテーマとして取材していた私は“海外から青森でのビジネスをリモートで立ち上げようとしている人がいる”という話を耳にします。しかも青森の“りんご”を使ったビジネスだというので、さっそく取材を始めました。

シンガポールから“リモート起業”を目指す

この話を教えてくれたのは青森市などが運営に携わっている「あおもりスタートアップセンター」です。
ビジネスを通じた地域の活性化を目指して設立されたこのセンターでは、“起業”や中小企業の経営についての相談を受け付けています。

センターのモニターに映っているのは重野由佳さん(38)です。
重野さん
「もう少し大きい広い世界を見て仕事を選んで、人生を突き進んでいきたいなって思って青森から出ました」
重野さんは、りんご栽培が盛んな青森県の西部=津軽地方の出身です。

高校を卒業した後、県内の企業に就職しましたが、「自分の可能性を試したい」と20代で県外へと飛び出し、スイーツのブランドの立ち上げにも関わりました。

さらには海外にも拠点を移し、3年前からはシンガポールに移り住んで、現在は日本の食品の買い付けなどを手がけています。

重野さんはシンガポールから青森でビジネスを立ち上げることを目指し、資金調達や青森で連携する相手についてセンターに相談しているのです。

“りんごの搾りかすから革を”

なぜ、青森で起業しようと思ったのか。

重野さんに聞いてみると、こんな風に答えていました。
重野さん
「青森を出たときから、ふるさとの活性化に関わりたいとずっと思っていたんです。
青森に住んでいないのにどう関わるのか分からなかったけど、コロナ禍になってオンラインで何でもできるようになって、青森に住んでいなくても課題を解決することができるんじゃないかと思って起業することにしました」
実は青森県は「転出超過」に頭を悩ませています。

毎年、春になると、就職などで若者たちが“ごっそり”県外へ流出するのです。

最新の統計の2020年までの約5年間では約3万人と全国最多となっていて、ふるさとに思いはあるけれど、一度離れたら戻ってこない人が多いと言われてきました。

背景として指摘されているのが「若者にとって魅力のある仕事がない」ことでした。

重野さんはこの課題を解消しようと考えているのです。

重野さんが考えているのは青森が日本一の生産量を誇るりんごの搾りかすを活用するビジネスです。

この搾りかすから家具やかばん、自動車のシートなどにも使える革を作り出そうというのです。
こうした動物由来ではない革は「ビーガンレザー」と呼ばれ、動物愛護や環境への配慮の観点から、世界で注目を集めています。

ビジネスとしてうまくいけば、青森の若者が世界と関わることのできる“魅力的な仕事”になるのではないかと考えています。

約6000キロを超えリモートで起業!

ただ…。重野さんは生活の拠点をシンガポールに置いたまま起業しようと考えています。

夫や子どももシンガポールでの生活を続けたいと希望しているためです。

青森から約6000キロ離れたシンガポールからどうやって起業するのか。

重野さんが考える起業までの計画がこちらです。
重野さんは、日本にいる共同経営者といっしょに青森市内に新たな会社を登記する予定です。

会社の設立はことし5月を目指していますが、当初はオフィスも設けないことにしています。
事業に加わるスタッフも当面は自宅などでの“リモートワーク”とすることにしています。

シンガポールにいる重野さんは共同経営者やスタッフと“リモート”で話し合って経営方針などを決めていきます。

事業が軌道に乗れば、地元スタッフを増やしたり、青森の大学生などにインターンとして活動してもらったり、雇用や活躍の場を増やしたいと考えています。

重野さんからの相談を受けている「あおもりスタートアップセンター」の植松宏真さんは、こうして新たなビジネスが立ち上がることで雇用が拡大すると期待しています。
あおもりスタートアップセンター 植松さん
「新しい会社ができると新規雇用を生み出すので、少しでも地域に雇用を増やすのは創業を増やすことが近道。
人口減少していく中でも起業は可能性を生み出し、地域にとって欠かせないものだと思います」

ふるさと青森で起業を準備

起業に向けて準備を進める重野さんはことし2月下旬、新たなビジネスの舞台となる青森を訪れます。

向かったのは国内有数の規模を誇る弘前市のりんごジュースメーカーです。
製品の材料となるりんごの搾りかすを供給してもらおうというのです。

ここでは、年間6000トン以上出る搾りかすをバイオプラスチックなどに有効利用しようと、特殊な乾燥機を導入しています。
乾燥された搾りかすを見せてもらった重野さんは、その質のよさに驚きの声をあげていました。

一方のメーカー側も、搾りかすの一部はお金を払って処分してもらっていたため、地域に貢献したいという重野さんのビジネスプランに関心を示していました。
JAアオレン 小笠原 代表理事専務
「りんごジュースを作ると必ず搾りかすが出ます。有効に活用できれば、SDGs=“持続可能な開発目標”に貢献できる。
青森のりんごは世界に誇れるりんごなので、この価値を広めてもらえる事業に携わる人たちとやっていきたいと考えています」

ビジネスでふるさとに貢献できるか

果たして思い描いたビジネスプランでふるさとに貢献することはできるのか。

重野さんは2月下旬に青森市で開かれた、地域を活性化させるビジネスアイデアを競うコンテストに出場しました。
重野さんは、「私のルーツは青森にあって、青森に生まれ育ったことは変わらないことに気づいた。りんごの新しい価値を作っていきたい」と熱い思いを語り、約6000キロ離れたシンガポールからでもふるさとを元気にできるとアピールしました。

審査の結果、国境の壁すら超えて起業しようという行動力などが評価され、重野さんは最優秀賞を受賞しました。
重野さん
「私のように青森で起業する人が増えたら、雇用にもつながるしすごく楽しいことだと思う。絶対青森を盛り上げる自信があります。
青森にいてもシンガポールにいてもそんなに変わらないと思っているので、同じビジョンを持った人が集まることで、ビジネスを前に進めていきたい」
かつて飛び出したふるさとにリモート起業を通じて貢献したい。

コロナ禍で生まれた新たな挑戦が、地方からの人口流出の抑制や経済の活性化につながっていくのかこれからも注目していきたいと思います。
青森放送局 記者
吉永智哉
平成18年入局
おととしから2度目の青森放送局
りんご栽培への温暖化の影響からエネルギー、人口減少対策まで、青森の課題を取材中
ふるさと兵庫県への貢献を模索中