WEB特集

【独占告白】ボクシング 村田諒太 “世紀の一戦”の真実

試合の翌日、彼は傷だらけの顔でカメラの前に現れた。
プロボクサー、村田諒太さん36歳。
4月9日、村田さんは“世紀の一戦”と言われる世界王座統一戦を戦い、そして敗れた。
実は試合の1か月半ほど前、村田さんは取材班に「勝っても負けても引退するかもしれない」と告げていた。
村田さんが勝敗を越えて探し求めていたものは何だったのか。
(クローズアップ現代取材班 岡本直史 伊藤大志)

「負けたんだ、君は」と自分に言い聞かせた

村田さん
「試合が終わった感覚が、まだないんです。けさ起きた瞬間、まだ試合があると思ったんです。それで『負けたんだ、君は』と自分に言い聞かせて、試合がないことにホッとしました。
昨日の究極的にしんどいイメージが沸き上がってきて、それからはもう解放されたんだと。そんな朝は、今回が初めてでした」
この約15時間前、村田さんは1万5000人が見つめるリングに立っていた。

相手は、長年村田さんが憧れてきた、“史上最強”と呼ばれるゲンナジー・ゴロフキン選手。
ファイトマネーなどの総額は数十億円という、日本ボクシング史上最大のビッグマッチ。

第9ラウンド、村田さんはゴロフキン選手の右フックでリングに沈み、王座統一は果たせなかった。

ボクサーとしてではなく、人間として強くなりたい

村田さん(2月)
「その状況にならないとわからないですけど、もう間違いなく、負ければ引退じゃないですか。勝っても、たぶんこれ以上続ける選択肢がない。でもわかんねえな、勝ってみないと。あんなのに勝ったら、どんな感覚なのか」
2月のある日、練習後に喫茶店に立ち寄った村田さんは、私たちにこう語った。

「勝っても引退するかもしれない」という言葉に、私たちは驚きを隠せなかった。なぜなら、村田さんがこの試合に勝利することで手に入れられる称号は、かつてないもののはずだったからだ。

勝敗を越えた何か。

村田さんにとって本当に手に入れたいものが、この試合にあるとしたらそれはなんであろうかと、考えずにはいられなかった。
2012年のロンドンオリンピック、村田さんはボクシングミドル級で金メダルを獲得。鳴り物入りでプロに転向し、2017年に世界王者に上り詰めた。層が厚く競争が激しい“黄金のミドル”と呼ばれるミドル級で、日本選手が世界王者になるのは史上2人目の快挙。

プロとアマチュア、両方で世界の頂点に立った村田さんだが、取材の際たびたび口にしていたのは、自分が抱える“弱さ”についてだった。
村田さん(去年11月)
「ボクシングは強くなっていくけど、実はそれと引き換えにめちゃくちゃ心が弱くなっている。ボクシングは強い、でも中身は“すっからかん”。それで“最強”だと言って、楽しいですかと言われたら、むなしくなっちゃうわけで…」
村田さん(2月)
「自分が思っている強さ、追いかけてきた強さというのは、追いかければ追いかけるほど離れていくような。むしろ見えるところは、弱さ、醜さ。そういうところが目につくようになるという気がしますね。自分の強さに気づく旅だと思っていたのが、結局、自分の弱さに気づくばっかりで」
勝敗だけでなく、人間としての弱さを乗り越えることを目指してきた村田さん。しかし、そのための舞台に立つことすらできない日々が続いていた。

新型コロナウイルスの影響で、試合は何度も延期や中止に。

ことし36歳。キャリアの終盤に入る中で、2年4か月ぶりの試合として実現したのが、“史上最強”といわれる男・ゴロフキン選手との「世界王座統一戦」だった。
村田さん(去年11月)
「ゴロフキンというボクサーに向き合ううえで、やっぱり恐怖はあるわけじゃないですか。それを克服できたとき、僕自身の中身が強くなると思うんです。自分を超えられるかどうか。ゴロフキンと戦って得られるものは必ずある。彼とやらないと見えないものがいっぱいあると思うんです」

満開の桜の木の下で考えた「花は試合、幹が人間」

試合まで2週間。練習の合間の散歩で、村田さんは公園に立ち寄った。

桜の木の前で足を止める。目を向けていたのは、満開の花ではなく、それを支える幹だった。

なぜ、幹をじっと見つめていたのか、尋ねた。
村田さん(3月)
「人生、花ばかり咲かせようと思ってこっち(幹)を見ていなかった。
試合は花。練習で幹が作られている。花が咲かなくなった、注目されなくなったときに、この幹が、人間としてしっかりしているかどうかなんでしょうね。でないと永遠にボクシングをしなければ輝けない人間になってしまう」
村田さん(3月)
「しっかりした幹がある限り、ことし咲かなくても、何年後かに花は咲きますもんね。結局、強さは幹なんだろうな」

「勇気は恐怖とともにある」

4月9日、ついに決戦のときを迎えた。

下馬評は圧倒的にゴロフキン選手有利。それでも村田さんは、序盤から前へ前へと攻めたてる。強烈なボディーへのパンチを武器に、ゴロフキン選手を後ずさりさせ、主導権を握った。
しかし中盤、ゴロフキン選手が史上最強たるゆえんを見せつける。

どこから飛んでくるかわからない変幻自在のパンチ。

多彩なコンビネーション。

じわりじわりと村田さんを追い詰めていく。

それでも村田さんは、前に出る姿勢を決して失わなかった。

ロープに追いやられ、強烈な連打を受け足元がふらついても、なんとか前に向かおうとする村田さんの姿に、胸が熱くなった。

そして第9ラウンド、村田さんが前に出た瞬間のことだった。

ゴロフキン選手の強烈な右フックが顔面をヒット。

村田さんはリングに崩れ落ちた。

それを見た村田さんのセコンドから、試合をやめることを意味するタオルが投げ込まれる。

26分11秒に及ぶ激闘は、村田さんのノックアウト負けで終わった。
村田さんは試合前、私たちに「勝っても負けても、けがが無いかぎり翌日にインタビューに応じる」と約束してくれていた。

激闘を目の当たりにした私たちは、見る者すべての心を震わせた村田さんの言葉を聞きたいと願いながらも、大きな負担をかけてしまうのではないかと、複雑な思いを抱いていた。

そして試合翌日の午後1時、村田さんは約束の場所に現れた。

あごや首、肩などはまだ痛むが、後に残るような症状はないと言う。タオル投入の判断は、間違っていなかったのだろう。

いつもどおり、私たちの目をじっと見つめながら、誠実に質問に答えてくれた。
試合前、「恐怖を乗り越え、人間として強くなりたい」と語っていた村田さん。ゴロフキン選手との一戦を経て感じたのは、意外な思いだった。
村田さん
「恐怖がなくなることが大事かというと、別にそうじゃない。恐怖のままでいいんだと思いました。だって怖くないわけないじゃないですか。
結局、勇気は恐怖とともにあると思うんです。だから怖くてもいい。怖いけど進むんだ。最終的には、そういう気持ちになれたので。それが悪いとは思わない、それでいいんです。
恐怖や緊張はないほうがいい。僕だって今言ったように避けたい。もう1回味わうのなんて嫌だ。だけど結果として、そこに立ち向かうことが、人間を作っていく。すごくありがたい機会をくれた。恐怖というものが人生において、絶対的なマイナス要因ではないということを、今すごく感じます」
村田さん
「あと、やっぱりゴロフキン選手じゃないとこんな気持ちにさせてくれなかった。変な話、勝てると思う相手だったら、こんな気持ちにさせてくれなかった。
だからゴロフキンに、そして試合を作ってくださった皆様に、心の底から感謝したいです。こんな経験をできる人間なんかほとんどいない。本当にありがとうございます」

「このあたりがいい“辞めどき” でも答えはまだ出せない」

そして、私たちが1か月半前に聞いた、「勝っても負けても引退するかもしれない」という言葉。

試合を終えた今、どう思っているのか、率直に尋ねた。
村田さん
「ゴロフキンは名実ともに最強のチャンピオンだと思っているので、その選手に対してぶつかっていければ、思い残すところがないという気持ちはありました。準備においてできる限りのことはやった。
自分の中では今までやってきたベストを尽くした。そういう気持ちもあって、『次は無いんじゃないですか』ということを言ったのかな。
確かにもっとやりたい、もっと強くなれる、だけどそこは冷静な判断をしていかなきゃいけない。だからこの期間にしっかりその判断を下せるようにしなきゃいけない。
可能性としては…、というか今の僕としては、このあたりがいい『辞めどき』なんだろうとは思っています。ただ、まだ答えは出せない。そんな感じですかね」
村田さん
「本当にボクシングからいろいろなものをもらったんですよ。ボクシングがあったからいろいろな方々と出会わせてもらって、勉強さしてもらった。
だから次は、いただいた“ベネフィット”、恩恵を誰かに返していかなきゃいけない立場になると思ってるので、それができればいいですよね」

「勝利以上のものをもらえた」

インタビューの最後、村田さんに聞いた。
“世紀の一戦”と呼ばれた試合で、何を得たのか。
村田さん
「何を得たか…。パっと思いつくのは、『自分に向き合うこと』ですね。
相手に勝つことばかり追いかけるのではなく、自分に勝つこと。そして自分に負けなかったこと。うん、自分に『勝つ』じゃなくていい、『負けない』でいいと思います。
自分に負けないこと、自分を律すること。そのうえで勝利があれば最高でしたね。ただ勝てなかった。そんなに甘いものじゃないですね、プロスポーツだから。
でも自分に負けないと思えた気持ちは、やっぱり何事にも代えがたいな。今日の時点の話ですけど、その充実感は得たと思います。今までやってきた試合を終えた感覚とは、まったく違う。変な話、『勝利以上のもの』をもらえた気がします」
私たちの取材で村田さんがいつも強調する言葉がある。
「自分は特別な存在ではないただの普通の人間。ただそこにボクシングという打ち込むものを見つけて、たまたまうまくいってしまっただけ。みんなと一緒」
村田さんにとっての「試合」を「仕事」に置き換えたら、大きな仕事を前に感じる「不安」や「恐怖」。そこで気づく「自分の弱さ」は普通の人間と同じではないか、というのだ。

金メダリストで世界王者の村田さんを“ごく普通の人間”だとはとても思えない。その一方で、ボクシングは経験したこともないが、村田さんの姿には不思議と共感してしまう瞬間がある。

そして、だからこそ“ごく普通の1人の人間”である村田さんが「迷い」も「不安」も「恐怖」も抱えたまま、試合を通して強い人間になろうとする姿に心を打たれるのだと、今回の試合までの日々を見ていて、強く感じた。

ゴロフキン戦に敗れた村田さんは、満開の桜を咲かせることができなかったのかもしれない。

しかし彼はこれからも、堂々とした“幹”と力強い“根”を育てようと生きていくのだろう。
社会番組部 ディレクター
岡本直史
2012年入局
村田さんが世界王座に挑んだ5年前から取材
村田さんの実家で振る舞われた柿を食べていたところ、当時6歳だった村田さんの長男が柿を盗んだ人物と誤解
以来「柿泥棒の岡本さん」と呼ばれている
スポーツ情報番組部 ディレクター
伊藤大志
2012年入局
村田さんが世界王座に挑んだ5年前から取材
初防衛を前にヘアスタイルを丸刈りにして以来、会うたびに村田さんが手を合わせてくれる

最新の主要ニュース7本

一覧

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

特集

一覧

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

スペシャルコンテンツ

一覧

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

ソーシャルランキング

一覧

この2時間のツイートが多い記事です

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。

アクセスランキング

一覧

この24時間に多く読まれている記事です

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。